朝食を終えて一息ついた、土曜日の9時過ぎ。
「おじいちゃん、これはハンドル? 鏡?」
「それはハンドル。鏡はこっち」
「ねぇ、余ったやつでヘルメット作っていい?」
「もちろん。ひいおじいちゃんも喜ぶと思うよ」
祖父と智の3人で居間のテーブルを囲み、組み立てられた爪楊枝と割り箸に、小さく切ったキュウリとナスをくっつける。
今日はお盆初日。なので、曾祖父のために精霊馬と精霊牛を作っているのだ。
「にしても、ひいじいちゃんが原付乗りだったとはな〜」
「意外だよね〜」
相槌を打ちながらハンドル部分に爪楊枝を挿し込む。
今作っているのは原動機付自転車。自動車の運転免許を持ってなかった曾祖父にとって、相棒のような存在だったらしい。
祖父が言うには、長年愛用していたので喜んでもらえるかなと思い、毎年作っているとのこと。
親思いで素敵だなぁと感動したけれど、1つ気になることが。
「でもさ、なんで両方とも原付なの?」
尋ねようとした矢先、まるで私の疑問を代弁するかのように智が口を開いた。
「それは、思い出深いからだよ」
「ええーっ。キュウリで迎えるのって、早く帰ってきますようにって意味だったよね? 遅くならない?」
私の手元にあるキュウリの原付に智の視線が落ちた。
智の言う通り、精霊馬と精霊牛の野菜にはそれぞれ意味がある。
キュウリは『早く帰ってきますように』という願いから、足が速い馬を。
ナスは『ゆっくり帰れますように』という願いから、足が遅い牛に見立てているらしい。
「大丈夫。今日中に着けばいいから」
「そうは言っても……原付って30キロまでしか出せないんでしょ? あと高速道路も走れないって」
「へぇ、そうなんだ。詳しいね」
「兄ちゃんが乗ってるんだよ。ひいじいちゃん、長時間運転できるかなぁ」
ナスをくっつけながら心配する智。
天国から私達がいる世界までどのくらいの距離があるのかは分からないけど、長時間の運転は疲れるよね。ましてやお年寄りに。新幹線や飛行機の座席のほうが足腰に優しいと思うけどなぁ。
「自転車は論外だし、他に運転できるのって戦闘機くらいじゃね?」
「だよね! 思い出深いし速いし!」
目を合わせ、うんうんと頷く。
昔の写真を見せてもらった時に教えてくれた情報によると、若い頃は戦闘機を操縦していたんだとか。
慣れ親しんだ原付もいいかもしれないけど、速度に関しては断然そっちのほうが上だし。何より、愛しの妻と子孫達に早く会えそう。
「戦闘機……確かにそれも思い出深いが、いい思い出と言えるかどうかは……」
2人で話を進めていると、祖父がおもむろに口を開いた。
気まずそうな苦い笑み。その瞬間、私達は失言したことに気づいた。
「ごめん……」
「ごめんなさい……」
「いやいや。おじいちゃんこそ、説明不足でごめんね」
謝罪で返されてしまった。
違うよ。説明不足じゃなくて、私達の想像力がなかっただけ。
よく考えたら、曾祖父が生きていたのは戦時中。軍服を着ていたということは、死と隣り合わせの環境にいたということ。
仲間が負傷した姿や、空に旅立つ姿を見てきたかもしれないのに……。
「……実は、戦闘機を見ると、切ない思い出がよみがえると言われてな。それで迎えるのは複雑だろうと思って原付にしたんだよ」
軽々しく口にしたことを後悔していると、少し目を伏せて語り始めた。
曾祖母と結婚した翌年に入隊した曾祖父。
その凛々しい容貌から、新人の中でも一目置かれていたそうなのだけど、不器用だったせいか、毎日失敗ばかりで上官に怒られていたらしい。
自分には才能がないのではないか。ここにいては足手まといなのではないか。
次第に優秀な同期と比べ始め、しまいには、兵士と名乗る資格なんてないと、自分を責めるようになったのだと。
「毎日怒られるのはつらいね……」
「あぁ。しかも弱音を言えない環境だったから、より苦しかったみたいでな」
みんなが寝静まった頃に声を殺して泣いていて、最初の1年間は毎晩のように枕を濡らしていたのだそう。
写真で見た印象からは想像もつかないけれど、現代なら大学生の年齢。社会人なら1年目や2年目。子供から大人になる時期だもん、不安が募るのも当然だ。
苦悩を抱えながらも、数年間の厳しい訓練に耐え続け、現役生活が終了。家に戻ったが、すぐ召集がかかり、また離れ離れに。
再び訓練を受け続けること数ヶ月──いよいよ戦地に向かう日がやってきた。
切磋琢磨してきた同期達と抱擁を交わし、戦闘機に乗り込んだそうなのだけれど……。
「向かう途中で、エンジントラブルが起きてな……」
飛び立ってわずか数分後、突然エンジンが止まってしまい、海に不時着。全身大怪我を負ったが、高度が低かったことが幸いし、一命を取り留めたのだという。
「どうして止まったの? 変なボタンでも押したとか?」
「いや、それはないと思う。不器用ではあったが、その分人一倍練習していたみたいだから。それに、途中までは飛行できていたし」
「じゃあ、どこかが壊れてたとか?」
「うーん、それも大破したからなんとも……」
「おじいちゃん、これはハンドル? 鏡?」
「それはハンドル。鏡はこっち」
「ねぇ、余ったやつでヘルメット作っていい?」
「もちろん。ひいおじいちゃんも喜ぶと思うよ」
祖父と智の3人で居間のテーブルを囲み、組み立てられた爪楊枝と割り箸に、小さく切ったキュウリとナスをくっつける。
今日はお盆初日。なので、曾祖父のために精霊馬と精霊牛を作っているのだ。
「にしても、ひいじいちゃんが原付乗りだったとはな〜」
「意外だよね〜」
相槌を打ちながらハンドル部分に爪楊枝を挿し込む。
今作っているのは原動機付自転車。自動車の運転免許を持ってなかった曾祖父にとって、相棒のような存在だったらしい。
祖父が言うには、長年愛用していたので喜んでもらえるかなと思い、毎年作っているとのこと。
親思いで素敵だなぁと感動したけれど、1つ気になることが。
「でもさ、なんで両方とも原付なの?」
尋ねようとした矢先、まるで私の疑問を代弁するかのように智が口を開いた。
「それは、思い出深いからだよ」
「ええーっ。キュウリで迎えるのって、早く帰ってきますようにって意味だったよね? 遅くならない?」
私の手元にあるキュウリの原付に智の視線が落ちた。
智の言う通り、精霊馬と精霊牛の野菜にはそれぞれ意味がある。
キュウリは『早く帰ってきますように』という願いから、足が速い馬を。
ナスは『ゆっくり帰れますように』という願いから、足が遅い牛に見立てているらしい。
「大丈夫。今日中に着けばいいから」
「そうは言っても……原付って30キロまでしか出せないんでしょ? あと高速道路も走れないって」
「へぇ、そうなんだ。詳しいね」
「兄ちゃんが乗ってるんだよ。ひいじいちゃん、長時間運転できるかなぁ」
ナスをくっつけながら心配する智。
天国から私達がいる世界までどのくらいの距離があるのかは分からないけど、長時間の運転は疲れるよね。ましてやお年寄りに。新幹線や飛行機の座席のほうが足腰に優しいと思うけどなぁ。
「自転車は論外だし、他に運転できるのって戦闘機くらいじゃね?」
「だよね! 思い出深いし速いし!」
目を合わせ、うんうんと頷く。
昔の写真を見せてもらった時に教えてくれた情報によると、若い頃は戦闘機を操縦していたんだとか。
慣れ親しんだ原付もいいかもしれないけど、速度に関しては断然そっちのほうが上だし。何より、愛しの妻と子孫達に早く会えそう。
「戦闘機……確かにそれも思い出深いが、いい思い出と言えるかどうかは……」
2人で話を進めていると、祖父がおもむろに口を開いた。
気まずそうな苦い笑み。その瞬間、私達は失言したことに気づいた。
「ごめん……」
「ごめんなさい……」
「いやいや。おじいちゃんこそ、説明不足でごめんね」
謝罪で返されてしまった。
違うよ。説明不足じゃなくて、私達の想像力がなかっただけ。
よく考えたら、曾祖父が生きていたのは戦時中。軍服を着ていたということは、死と隣り合わせの環境にいたということ。
仲間が負傷した姿や、空に旅立つ姿を見てきたかもしれないのに……。
「……実は、戦闘機を見ると、切ない思い出がよみがえると言われてな。それで迎えるのは複雑だろうと思って原付にしたんだよ」
軽々しく口にしたことを後悔していると、少し目を伏せて語り始めた。
曾祖母と結婚した翌年に入隊した曾祖父。
その凛々しい容貌から、新人の中でも一目置かれていたそうなのだけど、不器用だったせいか、毎日失敗ばかりで上官に怒られていたらしい。
自分には才能がないのではないか。ここにいては足手まといなのではないか。
次第に優秀な同期と比べ始め、しまいには、兵士と名乗る資格なんてないと、自分を責めるようになったのだと。
「毎日怒られるのはつらいね……」
「あぁ。しかも弱音を言えない環境だったから、より苦しかったみたいでな」
みんなが寝静まった頃に声を殺して泣いていて、最初の1年間は毎晩のように枕を濡らしていたのだそう。
写真で見た印象からは想像もつかないけれど、現代なら大学生の年齢。社会人なら1年目や2年目。子供から大人になる時期だもん、不安が募るのも当然だ。
苦悩を抱えながらも、数年間の厳しい訓練に耐え続け、現役生活が終了。家に戻ったが、すぐ召集がかかり、また離れ離れに。
再び訓練を受け続けること数ヶ月──いよいよ戦地に向かう日がやってきた。
切磋琢磨してきた同期達と抱擁を交わし、戦闘機に乗り込んだそうなのだけれど……。
「向かう途中で、エンジントラブルが起きてな……」
飛び立ってわずか数分後、突然エンジンが止まってしまい、海に不時着。全身大怪我を負ったが、高度が低かったことが幸いし、一命を取り留めたのだという。
「どうして止まったの? 変なボタンでも押したとか?」
「いや、それはないと思う。不器用ではあったが、その分人一倍練習していたみたいだから。それに、途中までは飛行できていたし」
「じゃあ、どこかが壊れてたとか?」
「うーん、それも大破したからなんとも……」