味わっていると、凪くんが頬杖をついてクスクス笑い始めた。
「な、何?」
「幸せそうに食べるなぁって」
フォークをケーキに刺す手が止まり、カーッと顔の熱が急上昇する。
私の馬鹿……! いくら空腹だからって人前でがっつきすぎだよ……!
「まじまじと見ないでよ……」
「ごめんごめん。じゃあこれならいい?」
「いや、逆に食べづらいよ」
その場で目を閉じた彼にツッコミを入れた。
今日の今日まで、真面目で真っ直ぐな人かと思ってたけど、意外にもお茶目で可愛げのある人だったんだな。なんて言ったら、またムキになって怒ってきそうだから胸の中に秘めておくけど。
「……あ、写真撮ってなかった」
半分食べたところで、絵日記用の写真を撮るのを忘れていたことに気づいた。
スマホのカメラを起動し、お皿とフォーク、マグカップの位置を調整して1枚撮影。
お店のライトがいい感じに当たって、食べかけだけどオシャレな雰囲気が出てる。秋服の次はこれを描こうかな。
「……それ、SNSに載せるの?」
撮った写真を確認していると、凪くんが神妙な面持ちで尋ねてきた。
「しないよ。最近は宿題に集中するためにやめてるから」
「そう……」
安堵したような反応を見せるも、表情には影が落ちたまま。
どうしたんだろう……? さっきまで楽しそうに笑ってたのに。落差激しくない?
「どこか具合悪い?」
「あぁいや。ファンにバレそうになった時のことを思い出して」
そうだった。凪くんは以前、このショッピングモールでファンと鉢合わせちゃったんだった。
笑顔が消えるくらい、深刻な顔になるということは……。
「もしかして……その現場って、ここ?」
「……うん。ちょうど一花ちゃんが座ってる場所。そこで写真撮ってSNSに載せたら、女の子2人組に声をかけられたんだ」
恐る恐る尋ねてみたら、まさかのビンゴ。
私、バレそうになった時の状況を丸々再現してたの⁉
彼のアカウントにアクセスし、当時の投稿写真を元に詳しく話を聞かせてもらう。
「あっ、これだよ」
スクロールする指を止めて、彼が指差した写真をタップした。
投稿日時は1年前の夏。写っているのは、美味しそうなフルーツサンドとコーヒー。
一見、なんの変哲もない写真に見えるけれど……。
「このフルーツサンド、ご当地限定のメニューでさ」
「ご当地⁉ でも、お店なら沢山あるんじゃ……」
「うん。だけど、その中でも販売店舗が限られてたんだよ。それだけでもかなり範囲は絞られるのに……俺、リアルタイムで投稿して……」
全身の皮膚がゾクッと粟立った。
写真の下には【おやつなう】の文字。つまり、『今ここにいます』と全世界に発信しているようなもの。顔出ししてなくても、声をかけられる恐れは充分ある。
怖くなり、急いで画面をトップページに戻した。
「位置情報は付いてなかったんだよね?」
「うん。だからケーキの情報だけで特定したんだと思う。声かけられた時はマジでビビった。心臓破裂するんじゃないかってくらいバクバクして。なんとか平然を装ったからバレずに済んだけど、もし……」
「やめて、それ以上はやめて」
思わず彼の口を塞いでしまいたくなるほど、当事者でない私でさえ、恐怖で心臓が嫌な音を立てている。
ここで顔写真撮られてたらって考えると……。ダメだ、これ以上の想像は無理。とにかく、凪くんが無事で本当に良かった。
「これがきっかけで、場所が一発で分かるような写真は載せなくなった。景色の写真とかも、少し日を置いて投稿したり、特徴のある建物が写らないようにして……。徐々に外の写真を減らしていったよ」
切ない眼差しで写真を眺めている。
言われてみれば、こうやって振り返ると、秋から冬にかけて絵の写真のほうが若干多い。これも、彼女達に勘づかれないため……だったのかな。
「一花ちゃんは8割方食べ物と絵の写真だけど、景色の写真も昔載せてたよね? 三日月のやつ。あれはそこまで問題はないとは思うけど、今後もし載せるならマジで気をつけてね」
「きっ、気をつけます……っ」
恐怖が収まらず、震え声で返事をした。
SNSやネットの使い方は、始める前に家族と先生に教えてもらっていた。けど、言葉の重みは圧倒的に凪くんのほうが上。
思い出したくないはずなのに、私のために……。
──ピンポンパンポーン。
すると、午後4時を知らせる館内放送が流れてきた。
「わっ、もうこんな時間か。あとはどこか見たいところある?」
「食料品売り場。長寿のお祝い用に買いたいのがあって」
「了解。まだ時間あるし、ゆっくりでいいからね」
昨日と一昨日に引き続き、またも胸の内を読み取られてしまった。
本音を言うと、もう少し2人でゆっくり話したい。でも、いい思い出がない場所に長時間居座らせたくない。気遣いは嬉しいけど、ごめんね。
謝罪を含んだ眼差しで頷き、残ったケーキを丸々口の中に放り込んだ。
◇
「本当に何も飲まなくて良かったの?」
「うん。ここに来る前に味噌汁飲んできたから」
カフェを後にして食料品売り場へ向かう。
何も注文しなかった凪くんがどうしても気になって聞いてみたら……味噌汁って。塩分補給にはなるけど、結構歩き回ったし、のどは渇いているはず。
「それだけで足りる? もしかして金欠なの?」
「…………」
「な、何?」
「幸せそうに食べるなぁって」
フォークをケーキに刺す手が止まり、カーッと顔の熱が急上昇する。
私の馬鹿……! いくら空腹だからって人前でがっつきすぎだよ……!
「まじまじと見ないでよ……」
「ごめんごめん。じゃあこれならいい?」
「いや、逆に食べづらいよ」
その場で目を閉じた彼にツッコミを入れた。
今日の今日まで、真面目で真っ直ぐな人かと思ってたけど、意外にもお茶目で可愛げのある人だったんだな。なんて言ったら、またムキになって怒ってきそうだから胸の中に秘めておくけど。
「……あ、写真撮ってなかった」
半分食べたところで、絵日記用の写真を撮るのを忘れていたことに気づいた。
スマホのカメラを起動し、お皿とフォーク、マグカップの位置を調整して1枚撮影。
お店のライトがいい感じに当たって、食べかけだけどオシャレな雰囲気が出てる。秋服の次はこれを描こうかな。
「……それ、SNSに載せるの?」
撮った写真を確認していると、凪くんが神妙な面持ちで尋ねてきた。
「しないよ。最近は宿題に集中するためにやめてるから」
「そう……」
安堵したような反応を見せるも、表情には影が落ちたまま。
どうしたんだろう……? さっきまで楽しそうに笑ってたのに。落差激しくない?
「どこか具合悪い?」
「あぁいや。ファンにバレそうになった時のことを思い出して」
そうだった。凪くんは以前、このショッピングモールでファンと鉢合わせちゃったんだった。
笑顔が消えるくらい、深刻な顔になるということは……。
「もしかして……その現場って、ここ?」
「……うん。ちょうど一花ちゃんが座ってる場所。そこで写真撮ってSNSに載せたら、女の子2人組に声をかけられたんだ」
恐る恐る尋ねてみたら、まさかのビンゴ。
私、バレそうになった時の状況を丸々再現してたの⁉
彼のアカウントにアクセスし、当時の投稿写真を元に詳しく話を聞かせてもらう。
「あっ、これだよ」
スクロールする指を止めて、彼が指差した写真をタップした。
投稿日時は1年前の夏。写っているのは、美味しそうなフルーツサンドとコーヒー。
一見、なんの変哲もない写真に見えるけれど……。
「このフルーツサンド、ご当地限定のメニューでさ」
「ご当地⁉ でも、お店なら沢山あるんじゃ……」
「うん。だけど、その中でも販売店舗が限られてたんだよ。それだけでもかなり範囲は絞られるのに……俺、リアルタイムで投稿して……」
全身の皮膚がゾクッと粟立った。
写真の下には【おやつなう】の文字。つまり、『今ここにいます』と全世界に発信しているようなもの。顔出ししてなくても、声をかけられる恐れは充分ある。
怖くなり、急いで画面をトップページに戻した。
「位置情報は付いてなかったんだよね?」
「うん。だからケーキの情報だけで特定したんだと思う。声かけられた時はマジでビビった。心臓破裂するんじゃないかってくらいバクバクして。なんとか平然を装ったからバレずに済んだけど、もし……」
「やめて、それ以上はやめて」
思わず彼の口を塞いでしまいたくなるほど、当事者でない私でさえ、恐怖で心臓が嫌な音を立てている。
ここで顔写真撮られてたらって考えると……。ダメだ、これ以上の想像は無理。とにかく、凪くんが無事で本当に良かった。
「これがきっかけで、場所が一発で分かるような写真は載せなくなった。景色の写真とかも、少し日を置いて投稿したり、特徴のある建物が写らないようにして……。徐々に外の写真を減らしていったよ」
切ない眼差しで写真を眺めている。
言われてみれば、こうやって振り返ると、秋から冬にかけて絵の写真のほうが若干多い。これも、彼女達に勘づかれないため……だったのかな。
「一花ちゃんは8割方食べ物と絵の写真だけど、景色の写真も昔載せてたよね? 三日月のやつ。あれはそこまで問題はないとは思うけど、今後もし載せるならマジで気をつけてね」
「きっ、気をつけます……っ」
恐怖が収まらず、震え声で返事をした。
SNSやネットの使い方は、始める前に家族と先生に教えてもらっていた。けど、言葉の重みは圧倒的に凪くんのほうが上。
思い出したくないはずなのに、私のために……。
──ピンポンパンポーン。
すると、午後4時を知らせる館内放送が流れてきた。
「わっ、もうこんな時間か。あとはどこか見たいところある?」
「食料品売り場。長寿のお祝い用に買いたいのがあって」
「了解。まだ時間あるし、ゆっくりでいいからね」
昨日と一昨日に引き続き、またも胸の内を読み取られてしまった。
本音を言うと、もう少し2人でゆっくり話したい。でも、いい思い出がない場所に長時間居座らせたくない。気遣いは嬉しいけど、ごめんね。
謝罪を含んだ眼差しで頷き、残ったケーキを丸々口の中に放り込んだ。
◇
「本当に何も飲まなくて良かったの?」
「うん。ここに来る前に味噌汁飲んできたから」
カフェを後にして食料品売り場へ向かう。
何も注文しなかった凪くんがどうしても気になって聞いてみたら……味噌汁って。塩分補給にはなるけど、結構歩き回ったし、のどは渇いているはず。
「それだけで足りる? もしかして金欠なの?」
「…………」