◇
「お待たせしました」
会計を済ませ、凪くんがいるタオル売り場に向かった。
「おっ、買えたみたいだね。で、結局どっちにしたの?」
「……ワンピース」
先ほどの彼と同じくらいの声量で返事をすると、やっぱりかと言わんばかりにふふっと笑われた。
「笑わないでよ……っ。凪くんは男の子で細いから分からないだろうけど、こっちは真剣なんだから……っ」
大声で言い放ちたい気持ちを抑え、震える声で言い返した。
楓に指摘されて、智には馬鹿にされて。クラスメイト数人にも、『少しふっくらした?』と突っ込まれた。
1人ならまだしも、複数人が口を揃えて言ったんだ。相当変わったんだと思う。
「ごめんっ。そんなに悩んでたなんて知らなかった」
普段と違う雰囲気に焦ったのか、慌てて謝ってきた。
「家と学校で、何度も似たようなこと聞かされてたから、今回もそうなのかなって……。本当にごめん!」
今度は腰を直角に曲げて頭を下げてきた。
……私、何やってるんだろう。毎日時間を作って会ってくれる人に、お店の中で謝らせて。しかも悲しい顔にまでさせて。
悪いのは笑った凪くんだけど、元は私が執拗に意見を求めたせいじゃないか。
「……私こそ、しつこく聞いてごめんなさい。家族って、お姉さん? 妹さん?」
「姉ちゃん。一花ちゃんと同じで、体型を気にしててさ」
初めて聞いた、彼の家庭事情。3人姉弟の末っ子で、お姉さんの愚痴を1個上のお兄さんと一緒に聞いていたらしい。
「可愛い服を見つけても、毎回『体型カバーできないから私には無理』って言ってて。着たいのに我慢して、それで人生楽しいのかなって思ってた」
「そうだったんだ……」
優しい凪くんにしては少し鋭い言い方だが、的を射ている。
我慢ばかりの人生なんて、楽しくないし苦しいだけ。でも、大人になったら我慢する場面も増えるだろうから、そういう時こそ自分を大切にしないと。
あれもこれもって、関係ないことにまで蓋をして、心の奥底に沈めちゃったら……。
「あとは、同じ部活の人かな」
ハッと我に返り、巡らせていた思考を止めた。
「へぇ、部活してたんだ。何部?」
「水泳部と美術部。姉ちゃんよりも、こっちのほうが酷かったかも。耳にたこができるくらい毎週聞いてたから」
かけ持ちしていることをサラッと言ってのけた凪くん。
そういえば、将来の夢も、水と絵に関する仕事って言ってたっけ。
「なんて俺も、昔は体型気にしてたんだけどね」
「太ってたの?」
「ううん、逆。今より痩せててさ。同級生からずっとからわれて、それが嫌で水泳始めたんだよ」
再びサラリと言ってのけた。
顔に加え、体型コンプレックス持ち。タイプは違えど、私と同じだ。
ちょっと待って。だとしたら私、さっき感情に任せてとんでもなく酷いことを……。
「ごめんなさいっ。私、全然知らなくて……」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃなくて。俺が言いたかったのは、周りの目や野次を気にしすぎないでってこと」
優しく諭す声が聞こえてゆっくり顔を上げる。
「それで自分のしたいことを諦めるの、すごくもったいないよ。話戻るけど、人に迷惑をかけない程度なら、好きな服を着ていいと思う。あれこれ囚われすぎてたら、心の健康にも悪いよ」
枕を見つめていた時と同じ、真剣な眼差し。
『もうやだ……っ、帰りたい』
心の健康と聞いて、以前自分が苦しまぎれに吐いた弱音が脳内をよぎった。
さっきの人生の話も腑に落ちたし、今だって、心に響くどころか、核心を何度も突かれて動揺している。
「あっ、ごめん。つい熱く……」
「ううん。……もしかして、過去に何かあった?」
恐る恐る尋ねると、目を伏せて静かに頷いた。
「俺も、周りの声に囚われてた時期があって。今の一花ちゃんが、その時の自分と似てたから……」
……そりゃそうだ。SNSでは、投稿する度に称賛される、輝かしいインフルエンサー。
だけど……中身は私と同じ、10代の高校生だもんね。
「マジごめん。せっかく遊びに来たのに、空気重くなっちゃった」
「ううん! 励ましてくれてありがとう」
女の子の扱いに長けている反面、ちょっぴり不器用なところがあったり。絵のモデルをすんなり引き受けてくれたと思いきや、苦悩を抱えていたり。
彼の人間らしい部分に触れて、ほんの少し、心の距離が縮まった気がした。
◇
気を取り直してネタ探し再開。2階をぐるりと回り、エスカレーターで1階へ。
父と智がいないかを時折確認しつつ、化粧品売り場や専門店をチェックした。
「一通り回ったし、少し休憩しようか」
「そうだね。じゃあ、そこのカフェに寄ってもいい?」
「うん。いいよ」
小腹も空いてきたので、休憩を挟むことに。イベント広場の近くにあるカフェに入った。
「凪くんは何も頼まなくていいの?」
「うん。そこまでお腹空いてないから」
チーズケーキとココアを注文した私に対して、凪くんは何も買わず。
冷房が効いてるとはいえども、今は真夏。室内でも熱中症になるって話、よく聞くし。何も飲まなくて平気なのかな……。
チーズケーキとココアを受け取って奥に進み、2人がけの席に座った。
「いただきます」
手を合わせて小さな声で挨拶し、チーズケーキを口に運ぶ。
ん〜! しっとりしてて濃密! 最近はダイエットのために控えてたけど、宿題頑張ってるし、今日くらいはいいよね!
「お待たせしました」
会計を済ませ、凪くんがいるタオル売り場に向かった。
「おっ、買えたみたいだね。で、結局どっちにしたの?」
「……ワンピース」
先ほどの彼と同じくらいの声量で返事をすると、やっぱりかと言わんばかりにふふっと笑われた。
「笑わないでよ……っ。凪くんは男の子で細いから分からないだろうけど、こっちは真剣なんだから……っ」
大声で言い放ちたい気持ちを抑え、震える声で言い返した。
楓に指摘されて、智には馬鹿にされて。クラスメイト数人にも、『少しふっくらした?』と突っ込まれた。
1人ならまだしも、複数人が口を揃えて言ったんだ。相当変わったんだと思う。
「ごめんっ。そんなに悩んでたなんて知らなかった」
普段と違う雰囲気に焦ったのか、慌てて謝ってきた。
「家と学校で、何度も似たようなこと聞かされてたから、今回もそうなのかなって……。本当にごめん!」
今度は腰を直角に曲げて頭を下げてきた。
……私、何やってるんだろう。毎日時間を作って会ってくれる人に、お店の中で謝らせて。しかも悲しい顔にまでさせて。
悪いのは笑った凪くんだけど、元は私が執拗に意見を求めたせいじゃないか。
「……私こそ、しつこく聞いてごめんなさい。家族って、お姉さん? 妹さん?」
「姉ちゃん。一花ちゃんと同じで、体型を気にしててさ」
初めて聞いた、彼の家庭事情。3人姉弟の末っ子で、お姉さんの愚痴を1個上のお兄さんと一緒に聞いていたらしい。
「可愛い服を見つけても、毎回『体型カバーできないから私には無理』って言ってて。着たいのに我慢して、それで人生楽しいのかなって思ってた」
「そうだったんだ……」
優しい凪くんにしては少し鋭い言い方だが、的を射ている。
我慢ばかりの人生なんて、楽しくないし苦しいだけ。でも、大人になったら我慢する場面も増えるだろうから、そういう時こそ自分を大切にしないと。
あれもこれもって、関係ないことにまで蓋をして、心の奥底に沈めちゃったら……。
「あとは、同じ部活の人かな」
ハッと我に返り、巡らせていた思考を止めた。
「へぇ、部活してたんだ。何部?」
「水泳部と美術部。姉ちゃんよりも、こっちのほうが酷かったかも。耳にたこができるくらい毎週聞いてたから」
かけ持ちしていることをサラッと言ってのけた凪くん。
そういえば、将来の夢も、水と絵に関する仕事って言ってたっけ。
「なんて俺も、昔は体型気にしてたんだけどね」
「太ってたの?」
「ううん、逆。今より痩せててさ。同級生からずっとからわれて、それが嫌で水泳始めたんだよ」
再びサラリと言ってのけた。
顔に加え、体型コンプレックス持ち。タイプは違えど、私と同じだ。
ちょっと待って。だとしたら私、さっき感情に任せてとんでもなく酷いことを……。
「ごめんなさいっ。私、全然知らなくて……」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃなくて。俺が言いたかったのは、周りの目や野次を気にしすぎないでってこと」
優しく諭す声が聞こえてゆっくり顔を上げる。
「それで自分のしたいことを諦めるの、すごくもったいないよ。話戻るけど、人に迷惑をかけない程度なら、好きな服を着ていいと思う。あれこれ囚われすぎてたら、心の健康にも悪いよ」
枕を見つめていた時と同じ、真剣な眼差し。
『もうやだ……っ、帰りたい』
心の健康と聞いて、以前自分が苦しまぎれに吐いた弱音が脳内をよぎった。
さっきの人生の話も腑に落ちたし、今だって、心に響くどころか、核心を何度も突かれて動揺している。
「あっ、ごめん。つい熱く……」
「ううん。……もしかして、過去に何かあった?」
恐る恐る尋ねると、目を伏せて静かに頷いた。
「俺も、周りの声に囚われてた時期があって。今の一花ちゃんが、その時の自分と似てたから……」
……そりゃそうだ。SNSでは、投稿する度に称賛される、輝かしいインフルエンサー。
だけど……中身は私と同じ、10代の高校生だもんね。
「マジごめん。せっかく遊びに来たのに、空気重くなっちゃった」
「ううん! 励ましてくれてありがとう」
女の子の扱いに長けている反面、ちょっぴり不器用なところがあったり。絵のモデルをすんなり引き受けてくれたと思いきや、苦悩を抱えていたり。
彼の人間らしい部分に触れて、ほんの少し、心の距離が縮まった気がした。
◇
気を取り直してネタ探し再開。2階をぐるりと回り、エスカレーターで1階へ。
父と智がいないかを時折確認しつつ、化粧品売り場や専門店をチェックした。
「一通り回ったし、少し休憩しようか」
「そうだね。じゃあ、そこのカフェに寄ってもいい?」
「うん。いいよ」
小腹も空いてきたので、休憩を挟むことに。イベント広場の近くにあるカフェに入った。
「凪くんは何も頼まなくていいの?」
「うん。そこまでお腹空いてないから」
チーズケーキとココアを注文した私に対して、凪くんは何も買わず。
冷房が効いてるとはいえども、今は真夏。室内でも熱中症になるって話、よく聞くし。何も飲まなくて平気なのかな……。
チーズケーキとココアを受け取って奥に進み、2人がけの席に座った。
「いただきます」
手を合わせて小さな声で挨拶し、チーズケーキを口に運ぶ。
ん〜! しっとりしてて濃密! 最近はダイエットのために控えてたけど、宿題頑張ってるし、今日くらいはいいよね!