曾祖父の家の縁側で、星のない空を眺めながら夜風に当たる。

 お盆前の8月中旬。毎日熱帯夜が続く蒸し暑い時期だけど、旧暦ではもう秋らしい。

 目を閉じて、庭に植えられた草木から聞こえる虫の声に耳を澄ます。

 昨日は静まり返ってたのに、今日は大合唱してるな。鳴いているのは……スズムシとコオロギ? 代表的なやつしか知らないからあとは分かんないや。

「凪くん、スイカ食べるかい?」

 後ろの障子が開き、おぼんを持った曾祖父が顔を覗かせた。

「うん! けど、なんか多くない?」
「あぁ、特大サイズを買ったらしくてな。良かったらっておすそ分けしてもらったんだよ」

 隣に腰を下ろしてスイカが乗ったお皿を渡してきた。

 程よく厚みがある手のひらサイズの三角形が3つ。曾祖父いわく、親戚にもらったのだそう。

 美味しそうだけど、全部食べきれるかな。まだ晩ご飯の満腹感が残ってるからちょっと心配。

 お皿を膝の上に置き、両手でそっと持ち上げて先端部分にかぶりついた。

 ん、甘っ。いつもは塩をかけることが多いけど、これはそのままでもいける。親戚さん、お目が高い。

「昼間に食べるのもいいが、夜に食べるのも風情があっていいねぇ」
「そうだね」

 返事をして庭を見渡す。

 一花も今頃聴いてるのかな。あ、でも虫嫌いだったっけ。セミの抜け殻を描くの、頑なに拒否してたし。

 セミの次はスズムシかよって、眉間にシワ寄せて宿題やってたりして。

 想像を巡らせながら、柔らかくなったスイカを飲み込む。

「最近、何かいいことでもあったのかい?」
「っ……!」

 しかし、不意に飛んできた質問に動揺してしまい、食道ではなく気管に入り込んだ。

「ごめんねぇ、驚かせて」
「ううん……っ」

 背中を擦ってもらい、肺から押し出すように咳をする。数回繰り返すと、のどの奥の違和感が消え、胸を撫で下ろした。

「なんで、そう思ったの?」
「ここが、ちょっと嬉しそうに見えたから」

 しわしわの手で自身の頬を指差した。

 ぼんやり考えてただけなのに、そんなに緩んでたのか……。

「もしかして、好きな子?」
「いや……」

 違うよ。そう言いかけたけれど、口ごもった。

 好きか嫌いかだったら好き。嫌いなら、わざわざ毎日会わないし。

 SNSの交流も。コメントを返したり、書き込んだり。DMで個別にやり取りだってしない。

 でも、恋愛としての好きかどうかは……。素直で可愛いなとは思うけど。

「なら、気になっている子?」

 黙り込んでいたら、さらに深掘りしてきた。月どころか月明かりさえ出ていないのに、瞳がキラキラしてる。あと表情も。

 どうやらひ孫の恋愛事情が気になってしょうがない様子だ。

「気になってるというより、友達。SNSのフォロワーなんだ」

 ここでハッキリさせないと、今度は祖母に尋ねるかもしれない。これ以上話を広められたくなかったので簡潔に答えた。

「えすえぬえす……あぁ! 写真をみんなに紹介するやつか! ふぉろわーは、ファンみたいな人だっけ?」
「うん。数日前に偶然会って」

 片言で1つずつ確認する曾祖父。

 曾祖父も若い頃、趣味で絵を描いていたらしく、話をしたら興味を持ってくれて。こっちに来てからはよく絵の話題で盛り上がっている。……まぁ、まだ1枚も見せることができてないんだけど。

「それで……SNSを放置してる理由を話そうか、迷ってるんだよね」

 出会いから今日までの出来事をざっくり伝えた後、悩みを吐き出した。

「その絵については、お友達は何て?」
「『忙しいだろうからゆっくりで大丈夫だよ』『生きてる間は何年でも待つから』って」

 スイカを置いて俯く。

 彼女の言った通り、3年生になると進路決めが本格的に始まるため忙しくなる。

 ただ、プロフィールには学生であることは書いているので、丸1ヶ月更新がなくても、『勉強で忙しいのかな?』と捉えるであろう。

 だがしかし、約束の絵に関してはそうはいかない。

 頼まれたのは3月中旬。今は8月だから、5ヶ月近くも待たせてしまっている。それに、進捗状況も一切伝えていない。

 一花はああ言ってくれたけど……絶対気になってるはずだよな。

 放ったらかしてごめんね。本当はもう完成してるんだって言いたいけど……。

「そうか……。まぁ、会えたのなら話したほうが、お友達もホッとするだろう」
「だよね……」
「ただ、凪くんのことだから、何か事情があるんだよね?」

 心を読み取られたのと同時に図星を突かれて、ピクッと肩を揺らした。

 対面できて嬉しかった反面、心の底では、どう説明しようか悩んでいた。

 消息を絶っていた理由、絵を贈れない理由、連絡先の交換を拒否した理由。

 本当は全部話してしまいたいんだけど、事情が複雑に重なって、何から話せばいいのか……。

「……うん。その子も、色々と悩んでて。余計悩ませたらどうしようって思ってるんだ」

 1つ1つ説明したとしても、まず一花の心が問題。

 素直で真っ直ぐだから、話に聞き入ってしまうかもしれないし、最悪の場合、精神状態を脅かしてしまう恐れもある。

 大切な人の人生を、自分の言動で振り回したくない。

 そう伝えると、「凪くんは優しいねぇ」と目を細め、その声色のまま語り始めた。

「ひいじいちゃんは、無理に全部話さなくてもいいと思うよ。お友達のことが心配なのも分かるが、凪くん自身の心も大切」
「……うん」
「でも、その様子だと打ち明けたいんだな?」