実際父にも、『安定した仕事に就いてほしい』と言われたことがあったため、なかなか表に出せずにいた。
だけど凪くんは──。
「素敵な夢だね。ちょっと感動しちゃったよ」
「そ、そう? 計画立てるの下手くそなのに、無謀って思わない?」
「全然。そういうのはこれから練習していけばいいんだし。下手って言ってるけど、途中まででも予定通りに進んだなら、そこは自信持っていいと思うよ?」
その瞬間、空を覆っていた雲が切れて、間から光が漏れ始めた。
「……ありがとう」
「うん。っていうか、なんか晴れてきたね。あれさ、絵日記のネタにピッタリじゃない?」
撮りなよと促され、海面に向かってスマホのカメラを構える。
くすんだ海面に射し込む一筋の光。なんだか凪くんみたい。
「これで1個埋まったね!」
「う、うんっ!」
最初から無理だと決めつけず、可能性を信じる。
できなかったことよりも、できたことに目を向ける。
将来を悲観しないで前向きに考えるその姿に心を打たれた。
◇
「本当に、今日はありがとうございました」
「いえいえ。力になれたのなら光栄です」
弱い日射しが降り注ぐ午後5時半。誰もいない高台で深々と頭を下げた。
愚痴を聞いてもらって、励ましてもらって。さらには手までスケッチさせてもらって……何から何までお世話になってしまった。
「明日の分は考えてるの?」
「いや、まだ」
夏休みは残り3週間弱。ネタがありふれた地元に帰るのは4日後なので、その場しのぎでは終われない。
あと他にあるのは……食べ物系? 毎日3食のご飯とか? でも、それこそネタ切れだって思われちゃいそう。
かといって、セミの抜け殻には頼りたくないし……。
「この辺でいったら海しかないもんね。町に行ってみたら何かあるかもだけど」
「町って、新幹線の駅があるところの?」
「ううん、そっちじゃなくて、毎日買い出しに行くほうの。あそこ、中心部にショッピングモールがあるんだよ」
初めて聞く情報に目を丸く見開いた。
スーパーとコンビニくらいしか見たことなかったから全然知らなかった。近所のスーパーまでは車で十数分だったから……中心部だと20分くらい?
時間は少しかかるけど、新幹線がある大きな町までに比べたらだいぶマシだ。
「都会ほどの大きさはないから、ちょっと物足りなく感じるかもしれないけど」
「いやそんな! あるだけでも充分だよ! でも、送ってもらえるかなぁ」
「大丈夫だよ。宿題のためなんだから話せば分かってくれるって。もし明日行くなら、案内しようか?」
最後に放たれた言葉が脳内で何度も再生される。
「えっ……いい、の?」
「うん。一花ちゃんの予定さえ空いていれば」
嘘っ、一緒にお出かけできるの⁉ やったぁ!
「ただ、1つ条件というか……」
「条件? 何?」
「俺と話す時、あまり大声で話さないでほしい」
喜んだのも束の間。頭上に大きなハテナマークが浮かんだ。
「……私、そんなに声大きかった?」
「いや、そうじゃなくて。実は、昔あそこで……」
言いにくそうに話を切り出した凪くん。
どうやら以前、ファンの人に声をかけられたことがあったらしく。話し声が大きいと目立ってしまうため、なるべくボリュームを抑えてほしいのだと。
振り返ってみれば、今まで凪くんと会ったのも、全部誰もいない場所だったっけ。
「無理言ってごめんね」
「ううん。大丈夫。気をつけるね」
年月は経っているとはいえ、警戒するのも当然。だって凪くんは、SNSで一切顔出しをしていない。つまり、投稿写真から情報を特定したということ。恐怖を覚えるに決まってる。
今みたいなお喋りができないのは残念だけど、会えるだけでもありがたいんだから。感謝しなきゃ。
「あっ、じゃあ連絡先交換していい? 何かあった時のためにさ」
「あー……」
スマホを取り出すと、気まずそうに視線を逸らされた。
引きつった口角、泳ぐ目、開いたまま動かない口。その先の言葉を待たなくても分かる、交換したくないんだと。
ファン絡みでトラウマがあるから乗り気じゃないのは分かる。けど、そんなあからさまな反応されたら悲しいよ。そもそも提案したの凪くんなのに……。
「信用……できない?」
「違うよ! 信じてる! その、友達にパスワード変えられちゃって、今スマホが使えないんだよ。だから交換しても、連絡が取りづらいんじゃないかなって……」
謝ったと思いきや、言い訳が始まった。
えええ? 本当に? 警戒してるわりにセキュリティガバガバだなぁ。なんか嘘っぱちく聞こえるんですけど。
でも……もし本当なら、SNSの更新とDMの返事ができなかった理由って、それだったり……?
「……分かった。今日は沢山お世話になったから、凪くんの気持ちを優先します」
「ありがとう」
渋々了承し、時間と場所を念入りに確認。不安が和らいだのか、引きつっていた口元が緩んで、両目も三日月のように緩やかな弧を描いている。
もう、ズルいよ凪くん。聞きたいことが山程あったのに、その笑顔で全部吹っ飛んじゃったよ。
口を尖らせながらも、推しとデートできるという現実に心を弾ませたのだった。
だけど凪くんは──。
「素敵な夢だね。ちょっと感動しちゃったよ」
「そ、そう? 計画立てるの下手くそなのに、無謀って思わない?」
「全然。そういうのはこれから練習していけばいいんだし。下手って言ってるけど、途中まででも予定通りに進んだなら、そこは自信持っていいと思うよ?」
その瞬間、空を覆っていた雲が切れて、間から光が漏れ始めた。
「……ありがとう」
「うん。っていうか、なんか晴れてきたね。あれさ、絵日記のネタにピッタリじゃない?」
撮りなよと促され、海面に向かってスマホのカメラを構える。
くすんだ海面に射し込む一筋の光。なんだか凪くんみたい。
「これで1個埋まったね!」
「う、うんっ!」
最初から無理だと決めつけず、可能性を信じる。
できなかったことよりも、できたことに目を向ける。
将来を悲観しないで前向きに考えるその姿に心を打たれた。
◇
「本当に、今日はありがとうございました」
「いえいえ。力になれたのなら光栄です」
弱い日射しが降り注ぐ午後5時半。誰もいない高台で深々と頭を下げた。
愚痴を聞いてもらって、励ましてもらって。さらには手までスケッチさせてもらって……何から何までお世話になってしまった。
「明日の分は考えてるの?」
「いや、まだ」
夏休みは残り3週間弱。ネタがありふれた地元に帰るのは4日後なので、その場しのぎでは終われない。
あと他にあるのは……食べ物系? 毎日3食のご飯とか? でも、それこそネタ切れだって思われちゃいそう。
かといって、セミの抜け殻には頼りたくないし……。
「この辺でいったら海しかないもんね。町に行ってみたら何かあるかもだけど」
「町って、新幹線の駅があるところの?」
「ううん、そっちじゃなくて、毎日買い出しに行くほうの。あそこ、中心部にショッピングモールがあるんだよ」
初めて聞く情報に目を丸く見開いた。
スーパーとコンビニくらいしか見たことなかったから全然知らなかった。近所のスーパーまでは車で十数分だったから……中心部だと20分くらい?
時間は少しかかるけど、新幹線がある大きな町までに比べたらだいぶマシだ。
「都会ほどの大きさはないから、ちょっと物足りなく感じるかもしれないけど」
「いやそんな! あるだけでも充分だよ! でも、送ってもらえるかなぁ」
「大丈夫だよ。宿題のためなんだから話せば分かってくれるって。もし明日行くなら、案内しようか?」
最後に放たれた言葉が脳内で何度も再生される。
「えっ……いい、の?」
「うん。一花ちゃんの予定さえ空いていれば」
嘘っ、一緒にお出かけできるの⁉ やったぁ!
「ただ、1つ条件というか……」
「条件? 何?」
「俺と話す時、あまり大声で話さないでほしい」
喜んだのも束の間。頭上に大きなハテナマークが浮かんだ。
「……私、そんなに声大きかった?」
「いや、そうじゃなくて。実は、昔あそこで……」
言いにくそうに話を切り出した凪くん。
どうやら以前、ファンの人に声をかけられたことがあったらしく。話し声が大きいと目立ってしまうため、なるべくボリュームを抑えてほしいのだと。
振り返ってみれば、今まで凪くんと会ったのも、全部誰もいない場所だったっけ。
「無理言ってごめんね」
「ううん。大丈夫。気をつけるね」
年月は経っているとはいえ、警戒するのも当然。だって凪くんは、SNSで一切顔出しをしていない。つまり、投稿写真から情報を特定したということ。恐怖を覚えるに決まってる。
今みたいなお喋りができないのは残念だけど、会えるだけでもありがたいんだから。感謝しなきゃ。
「あっ、じゃあ連絡先交換していい? 何かあった時のためにさ」
「あー……」
スマホを取り出すと、気まずそうに視線を逸らされた。
引きつった口角、泳ぐ目、開いたまま動かない口。その先の言葉を待たなくても分かる、交換したくないんだと。
ファン絡みでトラウマがあるから乗り気じゃないのは分かる。けど、そんなあからさまな反応されたら悲しいよ。そもそも提案したの凪くんなのに……。
「信用……できない?」
「違うよ! 信じてる! その、友達にパスワード変えられちゃって、今スマホが使えないんだよ。だから交換しても、連絡が取りづらいんじゃないかなって……」
謝ったと思いきや、言い訳が始まった。
えええ? 本当に? 警戒してるわりにセキュリティガバガバだなぁ。なんか嘘っぱちく聞こえるんですけど。
でも……もし本当なら、SNSの更新とDMの返事ができなかった理由って、それだったり……?
「……分かった。今日は沢山お世話になったから、凪くんの気持ちを優先します」
「ありがとう」
渋々了承し、時間と場所を念入りに確認。不安が和らいだのか、引きつっていた口元が緩んで、両目も三日月のように緩やかな弧を描いている。
もう、ズルいよ凪くん。聞きたいことが山程あったのに、その笑顔で全部吹っ飛んじゃったよ。
口を尖らせながらも、推しとデートできるという現実に心を弾ませたのだった。