奥の部屋にいても、一言一句ハッキリ届く父の声。耳を傾けてみると、あの部屋は昔はお父さんが使っていたらしい。
数年ぶりに帰ってきたら犬部屋になってるって、そりゃ驚くよね。っていうか、犬飼い始めたこと知らなかったのか。
一気に騒がしくなり、集中できそうにないため一旦中断。重い腰を上げて部屋を出る。
「あっ、一花。ちょっとこれ持ってって」
すると、荷物運びを手伝っていた智がスイカを渡してきた。
うわっ、重っ。1番デカいやつを買ったな。
両腕で抱きかかえて台所に運び、テーブルの上に置く。
お世話になってるから手伝うのは当然なんだけど……重い物は力がある人間が運んでもいいんじゃない? 今朝私のこと持ち上げて起こしたんだからさぁ。
内心文句を垂れつつ、今度は買い物袋を受け取り、バケツリレーのように運んだ。
◇
オードブルとお刺身を平らげたお昼の1時過ぎ。
「ねぇ、なんか面白いネタない?」
座布団を枕にして横たわっている父に尋ねた。
「ネタ? 何の」
「絵日記。まだ1個も思い浮かばなくて」
今日は散歩という名のネタ探しに行けなかったため、日記帳の上半分はまだ真っ白。
もう午後だし、そろそろ1つは得たい。
「ネタならいくらでもあるじゃないか。そのスイカとか、お父さんに奢ってもらったって書けば埋まるだろう」
起き上がりながら返答した父が、テーブルの上の食べかけのスイカを顎で差した。
メロンに続き、スイカも自分で切り分けたので、日記のネタとしては充分だけど……。
「違うよ。文章じゃなくて絵のほう」
「あぁそっち? なら、スイカを描けば?」
「ダメ。先月食べた時に描いたから」
即行で否定すると、「ええー……」と父の眉間にシワが寄った。
40日間に及ぶ夏休み。宿題は毎日しているので、【今日は数学が終わった】【今日は英語が終わった】など、書く内容がかぶってしまうのは仕方のないこと。
「別にいいんじゃないか? 少しくらいかぶったって」
「嫌。手抜きしてるって思われる」
だとしても、絵だけは、同じものは絶対描きたくない。実際SNSの投稿も、似たような写真は載せないよう心がけている。これは絵を愛する私の小さなこだわりだ。
「なら、この家は? 広いからネタはありふれてるし。あとは自然のこととか、近所のこととか」
「…………」
お父さん、それももう描いてるから。だからこうやって聞いてるんだよ。
トイレが男女別にあって、女子トイレは洋式の便器を置いただけのボットン便所だとか。
洗濯機が二槽式で、お風呂に追い焚き機能がついてないとか。
食べ物系だったら、ご飯がお粥みたいに柔らかかったり、味噌汁が薄味だったり。
他には、六等星くらいの小さな星が見える、若者が少なくて散歩中に珍しがられるなど。
ちょい都会育ちの自分には、見るもの触れるもの全てが新鮮で。大体のことは最初の3日間で全部描いてしまった。
分かりやすく黙り込んでいると、父の口から、はぁ……と溜め息が漏れた。
ここまでのやり取りで、なんとなく気づいた人もいるだろう。
夏休み前、かわちゃんに腹を立てたもう1つの理由は……。
「しょうがないだろう、田舎なんだから。ここは都会じゃないんだぞ」
毎日同じような日々の繰り返しで、描くものが思い浮かばなくなくなるという、ネタ切れに陥ることだ。
「ったく……どうしてお前はいつもいつも……」
繰り返された言葉が頭にチクッと突き刺さる。
そう、この状況に陥るのは、今回が初めてではない。小学生の頃も、絵の部分に力を入れすぎて、1日に4つも描いたことがあった。
当時から同じものは描かない主義だったので、毎年ネタ切れに悩まされていたのだけど……。
アニメキャラの握手会や、割り箸で小物を作る体験など、夏休み中は子ども向けのイベントが毎週のように開催されていて。外に行けば何かしらネタはあったのだ。
「娯楽が少ないところに行くのは分かってただろう? なんで前もって対策しなかったんだ」
しかし、ここはお店や娯楽施設が少ない田舎。
といっても、道路は整備されてるし、バスも毎時間来てるみたいだから、ど田舎ではないものの。近所のスーパーやコンビニまでは、徒歩だと1時間以上はかかるため、車が必須なのだそう。
そんな少々不便な町の唯一の娯楽は海。つまり自然のみ。
ここでも草花は観察したけど、ほとんどの種類は既に先月に描いていた。
恐れていたことがついに来てしまった。
「しょうがないでしょ! そっちが勝手に話進めたんじゃない! こっちにだって予定があるんだよ!」
「でも、出発まで1週間も空いてたじゃないか。充分立て直す時間はあっただろう」
拳に力を入れ、湧き上がった怒りを抑え込む。
当事者じゃないからって簡単に言って。何度も練り直すこっちの気持ちも考えてよ! 知らないだろうけど、今の計画、一度崩れたのを再構築したんだからね⁉
「まぁまぁ、そんな怒んなよ」
顔をしかめていると、智が宥めながら居間に入ってきた。どうやら廊下にまで聞こえていたようだ。
「ネタ切れで悩む一花ちゃんのために、とっておきの物を見つけたんだ。いるかい?」
「いる……っ! ちょうだい!」
藁にもすがる思いで即答した。
若干口調がおかしいのが引っかかるが、この際ネタに繋がるならなんでもいい。
数年ぶりに帰ってきたら犬部屋になってるって、そりゃ驚くよね。っていうか、犬飼い始めたこと知らなかったのか。
一気に騒がしくなり、集中できそうにないため一旦中断。重い腰を上げて部屋を出る。
「あっ、一花。ちょっとこれ持ってって」
すると、荷物運びを手伝っていた智がスイカを渡してきた。
うわっ、重っ。1番デカいやつを買ったな。
両腕で抱きかかえて台所に運び、テーブルの上に置く。
お世話になってるから手伝うのは当然なんだけど……重い物は力がある人間が運んでもいいんじゃない? 今朝私のこと持ち上げて起こしたんだからさぁ。
内心文句を垂れつつ、今度は買い物袋を受け取り、バケツリレーのように運んだ。
◇
オードブルとお刺身を平らげたお昼の1時過ぎ。
「ねぇ、なんか面白いネタない?」
座布団を枕にして横たわっている父に尋ねた。
「ネタ? 何の」
「絵日記。まだ1個も思い浮かばなくて」
今日は散歩という名のネタ探しに行けなかったため、日記帳の上半分はまだ真っ白。
もう午後だし、そろそろ1つは得たい。
「ネタならいくらでもあるじゃないか。そのスイカとか、お父さんに奢ってもらったって書けば埋まるだろう」
起き上がりながら返答した父が、テーブルの上の食べかけのスイカを顎で差した。
メロンに続き、スイカも自分で切り分けたので、日記のネタとしては充分だけど……。
「違うよ。文章じゃなくて絵のほう」
「あぁそっち? なら、スイカを描けば?」
「ダメ。先月食べた時に描いたから」
即行で否定すると、「ええー……」と父の眉間にシワが寄った。
40日間に及ぶ夏休み。宿題は毎日しているので、【今日は数学が終わった】【今日は英語が終わった】など、書く内容がかぶってしまうのは仕方のないこと。
「別にいいんじゃないか? 少しくらいかぶったって」
「嫌。手抜きしてるって思われる」
だとしても、絵だけは、同じものは絶対描きたくない。実際SNSの投稿も、似たような写真は載せないよう心がけている。これは絵を愛する私の小さなこだわりだ。
「なら、この家は? 広いからネタはありふれてるし。あとは自然のこととか、近所のこととか」
「…………」
お父さん、それももう描いてるから。だからこうやって聞いてるんだよ。
トイレが男女別にあって、女子トイレは洋式の便器を置いただけのボットン便所だとか。
洗濯機が二槽式で、お風呂に追い焚き機能がついてないとか。
食べ物系だったら、ご飯がお粥みたいに柔らかかったり、味噌汁が薄味だったり。
他には、六等星くらいの小さな星が見える、若者が少なくて散歩中に珍しがられるなど。
ちょい都会育ちの自分には、見るもの触れるもの全てが新鮮で。大体のことは最初の3日間で全部描いてしまった。
分かりやすく黙り込んでいると、父の口から、はぁ……と溜め息が漏れた。
ここまでのやり取りで、なんとなく気づいた人もいるだろう。
夏休み前、かわちゃんに腹を立てたもう1つの理由は……。
「しょうがないだろう、田舎なんだから。ここは都会じゃないんだぞ」
毎日同じような日々の繰り返しで、描くものが思い浮かばなくなくなるという、ネタ切れに陥ることだ。
「ったく……どうしてお前はいつもいつも……」
繰り返された言葉が頭にチクッと突き刺さる。
そう、この状況に陥るのは、今回が初めてではない。小学生の頃も、絵の部分に力を入れすぎて、1日に4つも描いたことがあった。
当時から同じものは描かない主義だったので、毎年ネタ切れに悩まされていたのだけど……。
アニメキャラの握手会や、割り箸で小物を作る体験など、夏休み中は子ども向けのイベントが毎週のように開催されていて。外に行けば何かしらネタはあったのだ。
「娯楽が少ないところに行くのは分かってただろう? なんで前もって対策しなかったんだ」
しかし、ここはお店や娯楽施設が少ない田舎。
といっても、道路は整備されてるし、バスも毎時間来てるみたいだから、ど田舎ではないものの。近所のスーパーやコンビニまでは、徒歩だと1時間以上はかかるため、車が必須なのだそう。
そんな少々不便な町の唯一の娯楽は海。つまり自然のみ。
ここでも草花は観察したけど、ほとんどの種類は既に先月に描いていた。
恐れていたことがついに来てしまった。
「しょうがないでしょ! そっちが勝手に話進めたんじゃない! こっちにだって予定があるんだよ!」
「でも、出発まで1週間も空いてたじゃないか。充分立て直す時間はあっただろう」
拳に力を入れ、湧き上がった怒りを抑え込む。
当事者じゃないからって簡単に言って。何度も練り直すこっちの気持ちも考えてよ! 知らないだろうけど、今の計画、一度崩れたのを再構築したんだからね⁉
「まぁまぁ、そんな怒んなよ」
顔をしかめていると、智が宥めながら居間に入ってきた。どうやら廊下にまで聞こえていたようだ。
「ネタ切れで悩む一花ちゃんのために、とっておきの物を見つけたんだ。いるかい?」
「いる……っ! ちょうだい!」
藁にもすがる思いで即答した。
若干口調がおかしいのが引っかかるが、この際ネタに繋がるならなんでもいい。