ピピッ、ピピッ、ピピピッ。
「んんー……」
頭上で目覚まし時計が鳴り出し、眉間にシワを寄せて手探りで時計を止めた。薄目で青白い光に照らされた障子を見る。
もう朝か……。
ゴロンと転がり、柔らかい布団から程よい硬さのある畳の上へ移動した。
ゆっくり起き上がって洗面所に向かい、顔を洗った後、静まり返った廊下を歩いて再び客間へ。膝から崩れ落ちるように、ふかふかの布団に倒れ込む。
今日も散歩に行く予定なのは分かってる。けど、まだ誰も起きてないから。だからあと10分だけ……。
◇
「いーちーかー! 起ーきーろー!」
枕元で大きな声が響いたのと同時に、床をドンドンと叩く振動が頭に伝わった。
もう……朝からうるさい。
お腹にかかったタオルケットを頭まで引っ張り上げる。
「起きろって!」
「うわっ」
すると、背中に触れていた柔らかい感触が消え、身体が一瞬浮いた後、全身に強い衝撃が走った。
「いったぁ……」
痛みに顔をしかめながら目を開けると、智が布団を持っているのが見えた。
ぼんやりした頭で思考を整理する。どうやら畳の上にほっぽり出されたようだ。
「何すんのよ! 起こすならもう少し優しくしてよ!」
「うるせぇな。何回声かけても全然起きなかったんだからしょうがねーだろ。早く起きて飯食え」
慣れた手つきで布団をたたむ智。
何こいつ……! なんでこんなに不機嫌なの⁉ 起きたばかりの人間に八つ当たりしないでよ!
イライラしつつ枕元に置いていた時計を手に取った途端、目を丸くした。慌てて起き上がり、襖を開ける。
「おお、一花ちゃん、おはよう」
「おは、よう……」
居間で新聞を読む祖父と、その足元でくつろぐジョニー。挨拶をして視線を壁掛け時計に移す。
夢、じゃ、ない……。
8時5分を指している時計を見た瞬間、私は二度寝に失敗したことを理解し、呆然と立ち尽くした。
──ミーンミンミンミンミン……。
「はぁ……最悪」
夏を感じさせる鳴き声が聞こえる祖父母の部屋で、化学のプリントに向かって溜め息をついた。
最悪なのは化学の宿題ではなく自分。二度寝に失敗した自分自身に対してだ。
第1章の問題を全て解き終え、ちゃぶ台に突っ伏す。
予定では、5時台に散歩に行き、6時台に帰宅。7時になる頃に朝食を取って、8時には宿題に取りかかるはずだった。
それなのに、宿題を始める時間に起きるなんて。待ち合わせの時間に起きるみたいなものだよ。
休憩していたら瞼が下がってきたので、肩をぐるぐる回して眠気を飛ばす。
夏休みに入ってから、いや、その前から、自由研究の観察のために早起きしていて、二度寝することは一切なかった。
ではなぜ今朝は睡魔に負けたのかというと……。
「ニャ~」
セミの声に混じって、鼻につくような声が聞こえた。
……そう、原因はこいつ。猫だ。
普段は11時にベットに入っているのだけど、今は曾祖母達の就寝時間に合わせて10時台に寝ている。昨夜も10時半に消灯し、眠りに入る前のうとうとした感覚を楽しんでいた。
そんな時……猫の威嚇する声が聞こえて、目が冴えてしまった。
縄張り争いをしていたのか、鳴き声だけじゃなく、ドタバタと暴れる音まで聞こえてきて。日付が変わっても全然寝つけなかったのだ。
──ツクツクボーシ、ツクツクボーシ。
再び溜め息をつくと、今度は別のセミが鳴き出した。
──ツクツクボーシ、ツクツクピー、ツクツクボーシ。
「っもう! うるさい!」
バンとちゃぶ台を叩いて大声で吐き捨てた。
一生懸命鳴いているだけで、セミには何の罪もない。けど今は、その不安定でぎこちない声が、失敗した私を嘲笑っているように聞こえる。
あの時布団で寝なければ。居間に戻らず、頑張って着替えるほうを選んでいれば。計画が崩れずに済んだのに。少しだけなら……の誘惑に負けた自分が悔しい。
フーッと深呼吸をして怒りを鎮め、化学のプリントを閉じて自由研究のノートを開いた。
夏休み前からつけ始めた草花と空の記録。今朝は観察できなかったけど、ほぼ毎日記録していたのもあり、8割は完成している。
雲も花も大体の種類は確認したし、あとは月だけかな。今日は1日中曇りの予報だから省略するけど。
パラパラとページをめくり、ざっくり見直した後、もう1つのノートを手に取る。
自由研究はいいとして、問題は……。
「ただいま〜!」
ページをめくっていると、玄関のほうから数日ぶりに聞く声が聞こえた。
「叔父さん! お久しぶりです!」
「おー! 智くん! って、うおっ! なんだこいつ!」
バタバタと廊下を走る2種類の音が家中に響き渡った。ジョニーも一緒にお出迎えしに行ったみたい。
「あっ、荷物こっちです。そっちはジョニーの部屋なので……」
「えっ! 犬の部屋⁉ いつの間に⁉」
「んんー……」
頭上で目覚まし時計が鳴り出し、眉間にシワを寄せて手探りで時計を止めた。薄目で青白い光に照らされた障子を見る。
もう朝か……。
ゴロンと転がり、柔らかい布団から程よい硬さのある畳の上へ移動した。
ゆっくり起き上がって洗面所に向かい、顔を洗った後、静まり返った廊下を歩いて再び客間へ。膝から崩れ落ちるように、ふかふかの布団に倒れ込む。
今日も散歩に行く予定なのは分かってる。けど、まだ誰も起きてないから。だからあと10分だけ……。
◇
「いーちーかー! 起ーきーろー!」
枕元で大きな声が響いたのと同時に、床をドンドンと叩く振動が頭に伝わった。
もう……朝からうるさい。
お腹にかかったタオルケットを頭まで引っ張り上げる。
「起きろって!」
「うわっ」
すると、背中に触れていた柔らかい感触が消え、身体が一瞬浮いた後、全身に強い衝撃が走った。
「いったぁ……」
痛みに顔をしかめながら目を開けると、智が布団を持っているのが見えた。
ぼんやりした頭で思考を整理する。どうやら畳の上にほっぽり出されたようだ。
「何すんのよ! 起こすならもう少し優しくしてよ!」
「うるせぇな。何回声かけても全然起きなかったんだからしょうがねーだろ。早く起きて飯食え」
慣れた手つきで布団をたたむ智。
何こいつ……! なんでこんなに不機嫌なの⁉ 起きたばかりの人間に八つ当たりしないでよ!
イライラしつつ枕元に置いていた時計を手に取った途端、目を丸くした。慌てて起き上がり、襖を開ける。
「おお、一花ちゃん、おはよう」
「おは、よう……」
居間で新聞を読む祖父と、その足元でくつろぐジョニー。挨拶をして視線を壁掛け時計に移す。
夢、じゃ、ない……。
8時5分を指している時計を見た瞬間、私は二度寝に失敗したことを理解し、呆然と立ち尽くした。
──ミーンミンミンミンミン……。
「はぁ……最悪」
夏を感じさせる鳴き声が聞こえる祖父母の部屋で、化学のプリントに向かって溜め息をついた。
最悪なのは化学の宿題ではなく自分。二度寝に失敗した自分自身に対してだ。
第1章の問題を全て解き終え、ちゃぶ台に突っ伏す。
予定では、5時台に散歩に行き、6時台に帰宅。7時になる頃に朝食を取って、8時には宿題に取りかかるはずだった。
それなのに、宿題を始める時間に起きるなんて。待ち合わせの時間に起きるみたいなものだよ。
休憩していたら瞼が下がってきたので、肩をぐるぐる回して眠気を飛ばす。
夏休みに入ってから、いや、その前から、自由研究の観察のために早起きしていて、二度寝することは一切なかった。
ではなぜ今朝は睡魔に負けたのかというと……。
「ニャ~」
セミの声に混じって、鼻につくような声が聞こえた。
……そう、原因はこいつ。猫だ。
普段は11時にベットに入っているのだけど、今は曾祖母達の就寝時間に合わせて10時台に寝ている。昨夜も10時半に消灯し、眠りに入る前のうとうとした感覚を楽しんでいた。
そんな時……猫の威嚇する声が聞こえて、目が冴えてしまった。
縄張り争いをしていたのか、鳴き声だけじゃなく、ドタバタと暴れる音まで聞こえてきて。日付が変わっても全然寝つけなかったのだ。
──ツクツクボーシ、ツクツクボーシ。
再び溜め息をつくと、今度は別のセミが鳴き出した。
──ツクツクボーシ、ツクツクピー、ツクツクボーシ。
「っもう! うるさい!」
バンとちゃぶ台を叩いて大声で吐き捨てた。
一生懸命鳴いているだけで、セミには何の罪もない。けど今は、その不安定でぎこちない声が、失敗した私を嘲笑っているように聞こえる。
あの時布団で寝なければ。居間に戻らず、頑張って着替えるほうを選んでいれば。計画が崩れずに済んだのに。少しだけなら……の誘惑に負けた自分が悔しい。
フーッと深呼吸をして怒りを鎮め、化学のプリントを閉じて自由研究のノートを開いた。
夏休み前からつけ始めた草花と空の記録。今朝は観察できなかったけど、ほぼ毎日記録していたのもあり、8割は完成している。
雲も花も大体の種類は確認したし、あとは月だけかな。今日は1日中曇りの予報だから省略するけど。
パラパラとページをめくり、ざっくり見直した後、もう1つのノートを手に取る。
自由研究はいいとして、問題は……。
「ただいま〜!」
ページをめくっていると、玄関のほうから数日ぶりに聞く声が聞こえた。
「叔父さん! お久しぶりです!」
「おー! 智くん! って、うおっ! なんだこいつ!」
バタバタと廊下を走る2種類の音が家中に響き渡った。ジョニーも一緒にお出迎えしに行ったみたい。
「あっ、荷物こっちです。そっちはジョニーの部屋なので……」
「えっ! 犬の部屋⁉ いつの間に⁉」