昨日も訂正したのに、また間違えられた……。

 でも、しょうがないか。

 祖父母の年齢を考えると、年は恐らく90代後半。会話はできるとしても、物覚えが悪いのなら認知症になっているのかもしれない。

 長年会ってなかったから記憶が薄れるのは仕方のないこと。私だってあまり覚えてなかった。

 けど、さすがに3回は、ちょっとショックだな。

 貼るのに手こずっていたので補助することに。色素が抜けた白い前髪をそっと上げる。

 あっ、これ……。

 額にうっすら残る傷痕に視線を奪われた。
 腰が曲がった姿やしわしわの手と同様、この傷痕もなんとなく記憶にある。

『ねぇねぇ、おでこについてるのなあに?』

 ……思い出した。今みたいにシートを貼るお手伝いをしてて、ふと気になって聞いたんだ。

 だけど、その直後にお父さんから怒号が飛んできて。いきなりだったから怖くてわんわん泣いたんだった。

 芋づる式のように次々と記憶が甦る。

 確か後で理由を聞いたはずなんだけど、ダメの一点張りで。他の人に聞いても教えてもらえなくて、それでまた泣いたんだっけ。

「……ねぇ、このおでこの傷、どうしたの?」

 シートを貼った後、さも今見つけたと言わんばかりに尋ねた。

 ここにはおじいちゃんもおばあちゃんも、香織おばさんも智もいなければ、お父さんもまだ来ていない。私達2人だけ。

 真相を知る絶好のチャンス……!

「あぁ、これかい?」
「うん!」

 懐かしい返事に瞳孔をかっ開く。ドキドキとワクワクで、心臓がそわそわしている。

 薄さからしたらだいぶ昔のものみたいだけど……どうか、まだ覚えていますように。

「この傷はねぇ、私が小学生の頃にできたんだよ」
「そうなんだ。走ってて転んだとか?」
「いや、階段から飛んだ時に」
「ええっ⁉」

 予想の遥か上をいく答えに口をあんぐりと開けた。着地に失敗して顔面から地面に突っ込んだとのこと。

 階段から飛び降りたって、野性的だな……。

 でも、昔はゲームとかスマホとか、遊ぶものなんてそんなになかっただろうし。外遊びが普通の時代だったんだもんね。

 今の雰囲気とは正反対でビックリだけど……一体どこに怒鳴る要素があるんだろう?

「痛かった……よね?」
「あぁ。血がまぶたにまで垂れてきてねぇ、赤ちゃんみたいに泣いたよ。たーくんに手当てしてもらったんだけど、なかなか止まらなくて」

 血の感触を覚えているほど、鮮明に記憶が残っていた様子。ただ、新たに登場した名前が気になってしょうがない。

 たーくん……? 君付けなら男の子、だよね? 一緒に遊んでた友達かな?

「それで、私の家まで着いてきてもらって、お父さんに話したらこう怒られて……」

 尋ねようとしたのだが、独り言を呟くように話を進めていて、口を挟むタイミングが掴めない。こんなに饒舌になった姿は初めて見たかも。

 もしかして、原因ってこれ……?

「ただいま〜」

 すると、玄関の開く音と同時に伯母の声が聞こえた。足音がだんだん近づいてくる。

「ただいま。あら、一緒にいたの?」
「は、はいっ」

 襖が開き、くるっと振り向いて返事をした。

 帰宅して一気に騒がしくなったのにも関わらず、曾祖母の口は一向に止まらない。

「あのっ、すみません、ひいおばあちゃんが……」

 私一人では手に負えず、助けを求めた。

 しかし……。

「それでもたーくんは、私のことを……」

 話し続ける曾祖母を見た途端、伯母の目が大きく開かれた。言葉を発することもなく、呆然と立ち尽くしている。

 やはり尋ねてはいけなかったのか……と思ったその時。

「とうとう聞いてしまったのね……」





「幼なじみ?」
「そう。家が近所で、毎日一緒に遊んでたんだって」

 居間に全員集まり、伯母の話に耳を傾ける。

「『傍にいたのになんで注意しなかったんだ! まだ嫁入り前なのに!』ってお父さんが怒って、それにタダシさんが、『僕が責任を取ります!』って答えたんだよね?」
「あぁ、そうだよ。本当にかっこよかった」

 曾祖母に優しく語りかけて確認する伯母。

 たーくんの正体はタダシ。曾祖母の夫で、私の曾祖父だった。

 説明によると、怪我した曾祖母を家まで送り届けた曾祖父が高祖父に……曾祖母の父に怒られて、そのはずみで嫁にもらう宣言をしたとのこと。

 小学生の言うことなんて、たかが知れるだろうと、当時は軽く捉えていたそうなのだけれど、曾祖母が本気にしてしまい、猛アタック。毎日のようにアプローチしたのだそう。

「一途だったんですね」
「ええ。本当は両想いだったんだけど、ひいおじいちゃん、なかなか素直になれなくてね。毎回あしらってたそうなの」
「ええっ⁉ じゃあどうやって結婚までこぎつけたんですか⁉」
「見かねた家族が『貰ってください』って、頭を下げに行ったんだって」

 およそ10年に渡って愛を伝え続けた曾祖母。健気な姿と一途な想いに、両親だけでなく、家族全員の心が動いた。

 その光景を見た曾祖父の家族も、『自分の気持ちに正直になれ』と、曾祖父の背中を押して……めでたく婚約。トントン拍子で事が進み、曾祖母の18歳の誕生日に結婚したという。

 ひいおじいちゃんの男気もすごいけど、10年も同じ人に想いを寄せ続けたひいおばあちゃんもすごいな。もはや一途な愛で結ばれたというより、執念で押しきったんだなと感じるよ。

「今も鮮明に覚えてるくらいラブラブだったのか〜。だから子だくさ……」