なるほど。番犬にはなりそうだけど、あまりにも無駄吠えが多いのも問題ものだよね。一時期姿を消してたのも納得だ。

「お待たせ〜」

 玄関の扉が開いて智が出てきた。

「もう! 遅いよ!」
「ごめん。ひいばあちゃんの話に付き合ってて、気づいたらこんな時間に……」

 手を合わせて必死に謝る智。

 ひいおばあちゃんを言い訳に使うな! ……でも、今回はガチの謝罪っぽいから許しますか。

 全員揃ったところで早速出発。今日は海には行かず、住宅街を回るとのこと。

 もしかしてスピッツを探しに行くのかな? なんて考えながら、日が昇って少し明るくなった曇り空の下を歩く。

「もう海の写真は撮らねーの?」
「うん。昨日で全部撮ったし」

 隣を歩く智に短く答えた。

 夜の海、朝の海、昼の海。そして昨日、散歩の途中で夕方の海を写真に残した。

 初日と同様付き添ってもらったので、今日も帰ったら卵焼きを作ることになっている。

「2日間お世話になったお礼に、特別に智のだけ特大サイズにするよ」
「……どうも」

 そっけない返事に思わず二度見した。

 なんかテンション低いな。特大サイズなのに、もっと喜ばないの?

「どうした? お腹痛い?」
「いや、別に」
「智くん、素直になっていいんだよ」

 頭上にハテナマークを浮かべていると、祖父がクスクス笑いながら話に入ってきた。

「素直? どういうこと?」
「智くんはな、一花ちゃんの作っただし巻き卵をもっと食べたいそうなんだよ」
「ちょっ、じいちゃん……っ!」

 えっ、じゃあさっきの質問、卵焼きを作ってもらうための口実が欲しかったってこと⁉

「そうなの?」
「……そうだよ。すげー美味かったから作り方教えてほしいくらいだよ」

 核心を突かれて開き直ったのか、ぶっきらぼうな口調に。

 好物なのは知っていたけど、そんなに気に入ってもらえてたなんて。

「ありがとう。ご飯作り手伝ってくれるなら教えるよ」
「マジ? いいの?」
「うん。それと、あの卵焼き、お父さんに教わったから。来たら伝えてあげて」
「叔父さんが? すげーな」

 父直伝だと知って驚いている様子。

 その感想、小学生の頃によくもらったっけ。

 怒るとうるさい反面、料理が得意な父。運動会の時も母に場所取りを任せて、家でお弁当を作っていたんだとか。

 他にも、運動神経や体格に背丈。何かと父親似なんだよね。

 顔もひいおじいちゃんに似てるって言われたし、私、男に生まれたほうが良かったんじゃないかな? いっそのこと男装してみる?

 自虐的思考を巡らせながら帰路に就き、一緒にだし巻き卵を作ったのだった。





「よっしゃ! 終わった!」

 英語のプリントを閉じて、背中と首を伸ばしてストレッチする。

 帰省3日目。先週からコツコツやっていた英語の宿題がようやく終わった。

 英語もわりと得意なほうではあるんだけど、数学のように科目が複数で、他と比べて量が多かったんだよね。

「お疲れ様」と自分を労りつつ、壁掛け時計に視線を移す。

 時刻はちょうど10時半。宿題も終わったことだし、休憩も兼ねてアイスでも食べますか。

 祖父母の部屋を後にして台所へ。帰省の記念に買ってもらったソーダ味の棒アイスを取り出し、封を開けてかぶりついた。

 ん〜! この爽快感のある味と氷のひんやり感! 勉強終わりの疲れた体に効く〜!

「ジョニー、行くよ、それっ!」
「おおーっ! ナイスキャッチ!」

 1人むさぼり食っていると、隣の部屋から祖父と智のはしゃぐ声が聞こえてきた。

 やけに静かだなと思ったら、別室で遊んでたのか。少し休憩したら私も参加しようかな。

 アイスを持ったまま居間に移動した。

 冷房は稼働しているけれど、祖母と伯母は買い物に行っているため誰もいない。つまり、今この空間は私だけのもの。

「ひゃっほー!」

 ゴロンと畳の上に寝転がる。

 涼しい部屋で、誰にも邪魔されず、ゴロゴロしながら大好物を食べる。最高に幸せだ……。

 近くにあった扇風機をつけようとしたその時、障子に人影がぬっと現れた。

「あら、どうも」

 開いた障子の隙間から見えた顔に慌てて起き上がる。

 ビックリした……。全然物音がしなかったから、てっきり自分の部屋で寝てるのかと思ってたよ。

「どうしたの?」
「これを、新しいのにしようと思ってね」

 曾祖母のしわしわの手が自身の額を指差した。剥がれかけた冷却シートを交換しにきたらしい。縁側で日向ぼっこでもしてたのかな。

「それなら私が持ってくるよ! 場所知ってるし!」
「そうかい? ありがとねぇ」

 座布団の上に座らせ、小走りで別室へ向かった。薬品類が入った引き出しから1枚取って居間に戻る。

「持ってきたよ! これで合ってる?」
「あぁ。お休み中にありがとねぇ、タダシさん」

 穏やかな笑顔で受け取った曾祖母だが、最後に発せられた名前に思わず口元が引きつった。

「……ひいおばあちゃん、私、一花だよ。タダシはあっち」
「あら、そうだったかね。ごめんねぇ」

 3回目の自己紹介をし、襖を開けて仏壇にある曾祖父の写真を指差す。