「柴犬系雑種が2匹と、日本スピッツっていう種類の子がいます」
「スピッツ……?」
日本ってことは国の犬? 柴犬みたいな感じ?
「戦後に人気があった犬種で、真っ白な毛をした中型犬です。最近だと珍しい種類に入るかな」
「へぇ〜」
ピンときていない私に丁寧に説明してくれた。
博識だなぁ。大人っぽく見られるのも分かる気がする。中型犬ならジョニーよりも小さいのか。後で調べてみようっと。
「……ん?」
画面をスクロールしていると、何かに気づいたかのように彼がカメラロールを覗き込んだ。
「これ、絵?」
「はいっ。私、絵を描くのが趣味なんです」
指を差した写真をタップし、画面全体に表示する。
葉書の隅に描いた青い朝顔。夏休み前に中学時代の恩師に宛てた暑中見舞いのイラストだ。
綺麗に描けたのでSNSにも一部分だけ投稿している。
「上手いですね。僕も趣味で絵を描いてるんですよ。他の絵も見せてもらうことってできますか?」
「はい! もちろん!」
いそいそと絵専用のフォルダを開く。
趣味といっても、ここ最近は勉強ばかりしててあまり描いてないんだよね。とりあえず、新しいやつから順にたどっていこう。
「学校の近くに咲いていた紫陽花です」
「おおーっ。これは、絵の具?」
「いえ、水彩色鉛筆です。ほとんどの絵はこれで描いてます。お兄さんは何の画材を使ってますか?」
「僕も色鉛筆かな。あとは絵の具とか。草花とかの自然を描くことが多いですね」
「本当ですか⁉ 私もです!」
趣味、画材の種類、絵の対象物も同じ。すごい偶然だ。
じわじわと感情が高ぶる中、画面をスワイプして次の写真を見せる。
入学式の日の葉桜、中学卒業後に寧々ちゃんと観た桃の花、受験勉強の息抜きに出かけた先で見つけた梅の花。
そして最後に……。
「今年の年賀状に描いた絵です!」
「あけおめー!」と叫んでいる虎の絵を見せた。
これもSNSに載せていて、同級生からは【食われそう!】【目がギラついててこえー!】と感想をもらった絵だ。
「……あの、これっていつ描いたんですか?」
「冬休みです。クリスマスの後なので、26か27くらいだったと……」
チラッと目を動かすと、無表情で絵を見つめている。
さっきよりも反応が薄いな。リアルに描きすぎて驚かせちゃった⁉
「あの……違ったらすみません。もしかして、『二花』さんですか?」
見せたことを後悔していたら、真っ直ぐな眼差しで問いかけられた。
二花──それは、SNS上での私の名前。
この名前を知っているのは、アカウントをフォローしている同級生や、一部のクラスメイトのみ。
しかし、このお兄さんとは会うのは2回目。全く面識がない。
ということは……。
「そう、ですけど……もしかして、フォロワーさん?」
「はい。僕、以前DMでやり取りしていた、『フウト』っていう者なんですけど……」
聞き覚えのある名前が脳内に響き、心臓が早鐘を打ち始める。
数少ないフォロワーの中で、そう名乗っている人はたった1人だけ。
「嘘……っ、本当に……⁉」
「はい」
「私が教えた親子丼を作ったあのフウトさんですか⁉」
「はい」
淡々と返事をする彼だけど、開いた口が塞がらない。
「……まだ信じられないみたいですね。得意教科は家庭科と体育と数学。好きな食べ物はアイスと鶏肉。特に焼き鳥と唐揚げが好き。ユーザー名の由来は、2時2分の丑三つ時に生まれたから。ちなみに、先月の七夕の願い事は……」
「わぁぁぁ! 信じます! 信じますぅぅ!」
今日イチの声量で彼の声に被せるように叫んだ。
願い事を除いた全部はDMでやり取りした内容。特にユーザー名の由来は彼にしか話していない。
じゃあやっぱり、今私の目の前にいるのは、憧れの……。
「お久しぶりです。二花さん」
「お久しぶりです……っ!」
推しが、推しが私の名前を呼んでる……! そして笑いかけてる……!
これは夢ではなく現実なんですよね⁉ あぁ、だとしたら私は昨夜なんてことを……。でも、元気そうで良かった……。
「あのっ、あく……」
そう言いかけて右手を出したが、ハッと気づいて急いで引っ込めた。
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです」
ジョニーは何も悪くない。ただ、顔を舐められた時に手でガードしたから、よだれが付いている可能性がある。
家に犬が3匹もいるなら、そういうのは多少慣れてるかもしれないけど……やっぱり、推しとは綺麗な手で握手したいから。
「あの、一緒に写真撮ってもいいですか?」
「あー……ごめん。写真はちょっと……」
再び勇気を出したものの、断られてしまった。
……ですよね。SNSで繋がっているとはいえ、昨日会ったばかり。そりゃ警戒しますよね……。
「すみません……」
「いや、こっちこそ。俺、写真うつりが悪いからあまり撮られたくなくて。ごめんね」
申し訳なさそうに眉尻を下げた彼。
振り返れば、これまでの投稿の中に顔写真は1枚もなかった。顔出しなしで活動しているのなら、写真を拒むのも当然だ。
「スピッツ……?」
日本ってことは国の犬? 柴犬みたいな感じ?
「戦後に人気があった犬種で、真っ白な毛をした中型犬です。最近だと珍しい種類に入るかな」
「へぇ〜」
ピンときていない私に丁寧に説明してくれた。
博識だなぁ。大人っぽく見られるのも分かる気がする。中型犬ならジョニーよりも小さいのか。後で調べてみようっと。
「……ん?」
画面をスクロールしていると、何かに気づいたかのように彼がカメラロールを覗き込んだ。
「これ、絵?」
「はいっ。私、絵を描くのが趣味なんです」
指を差した写真をタップし、画面全体に表示する。
葉書の隅に描いた青い朝顔。夏休み前に中学時代の恩師に宛てた暑中見舞いのイラストだ。
綺麗に描けたのでSNSにも一部分だけ投稿している。
「上手いですね。僕も趣味で絵を描いてるんですよ。他の絵も見せてもらうことってできますか?」
「はい! もちろん!」
いそいそと絵専用のフォルダを開く。
趣味といっても、ここ最近は勉強ばかりしててあまり描いてないんだよね。とりあえず、新しいやつから順にたどっていこう。
「学校の近くに咲いていた紫陽花です」
「おおーっ。これは、絵の具?」
「いえ、水彩色鉛筆です。ほとんどの絵はこれで描いてます。お兄さんは何の画材を使ってますか?」
「僕も色鉛筆かな。あとは絵の具とか。草花とかの自然を描くことが多いですね」
「本当ですか⁉ 私もです!」
趣味、画材の種類、絵の対象物も同じ。すごい偶然だ。
じわじわと感情が高ぶる中、画面をスワイプして次の写真を見せる。
入学式の日の葉桜、中学卒業後に寧々ちゃんと観た桃の花、受験勉強の息抜きに出かけた先で見つけた梅の花。
そして最後に……。
「今年の年賀状に描いた絵です!」
「あけおめー!」と叫んでいる虎の絵を見せた。
これもSNSに載せていて、同級生からは【食われそう!】【目がギラついててこえー!】と感想をもらった絵だ。
「……あの、これっていつ描いたんですか?」
「冬休みです。クリスマスの後なので、26か27くらいだったと……」
チラッと目を動かすと、無表情で絵を見つめている。
さっきよりも反応が薄いな。リアルに描きすぎて驚かせちゃった⁉
「あの……違ったらすみません。もしかして、『二花』さんですか?」
見せたことを後悔していたら、真っ直ぐな眼差しで問いかけられた。
二花──それは、SNS上での私の名前。
この名前を知っているのは、アカウントをフォローしている同級生や、一部のクラスメイトのみ。
しかし、このお兄さんとは会うのは2回目。全く面識がない。
ということは……。
「そう、ですけど……もしかして、フォロワーさん?」
「はい。僕、以前DMでやり取りしていた、『フウト』っていう者なんですけど……」
聞き覚えのある名前が脳内に響き、心臓が早鐘を打ち始める。
数少ないフォロワーの中で、そう名乗っている人はたった1人だけ。
「嘘……っ、本当に……⁉」
「はい」
「私が教えた親子丼を作ったあのフウトさんですか⁉」
「はい」
淡々と返事をする彼だけど、開いた口が塞がらない。
「……まだ信じられないみたいですね。得意教科は家庭科と体育と数学。好きな食べ物はアイスと鶏肉。特に焼き鳥と唐揚げが好き。ユーザー名の由来は、2時2分の丑三つ時に生まれたから。ちなみに、先月の七夕の願い事は……」
「わぁぁぁ! 信じます! 信じますぅぅ!」
今日イチの声量で彼の声に被せるように叫んだ。
願い事を除いた全部はDMでやり取りした内容。特にユーザー名の由来は彼にしか話していない。
じゃあやっぱり、今私の目の前にいるのは、憧れの……。
「お久しぶりです。二花さん」
「お久しぶりです……っ!」
推しが、推しが私の名前を呼んでる……! そして笑いかけてる……!
これは夢ではなく現実なんですよね⁉ あぁ、だとしたら私は昨夜なんてことを……。でも、元気そうで良かった……。
「あのっ、あく……」
そう言いかけて右手を出したが、ハッと気づいて急いで引っ込めた。
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです」
ジョニーは何も悪くない。ただ、顔を舐められた時に手でガードしたから、よだれが付いている可能性がある。
家に犬が3匹もいるなら、そういうのは多少慣れてるかもしれないけど……やっぱり、推しとは綺麗な手で握手したいから。
「あの、一緒に写真撮ってもいいですか?」
「あー……ごめん。写真はちょっと……」
再び勇気を出したものの、断られてしまった。
……ですよね。SNSで繋がっているとはいえ、昨日会ったばかり。そりゃ警戒しますよね……。
「すみません……」
「いや、こっちこそ。俺、写真うつりが悪いからあまり撮られたくなくて。ごめんね」
申し訳なさそうに眉尻を下げた彼。
振り返れば、これまでの投稿の中に顔写真は1枚もなかった。顔出しなしで活動しているのなら、写真を拒むのも当然だ。