ジョニーと時々触れ合いつつ、道端に咲く花や空を撮影しては、気づいたことをメモ帳アプリに書き込む。

 嫉妬に狂ったあの日以来、SNSを開きたくなくて、極力スマホを使わず、一時期紙のメモ帳を使っていた。けど、やっぱりこっちが便利だったから結局戻ってきた。

 とはいえ、使っているとつい気になってしまうので、同級生達には悪いけど、通知はフウトさん以外全員オフにしている。

 再開するのは、宿題が全部終わった後かな。まぁ、いいねを押すかは、投稿内容と私のメンタルによるけど。

 住宅街を歩き回ること30分。東の空から太陽が昇ってきた。出発時は薄暗かった空が徐々に明るくなっていく。

 通りに出ると、ふわっとぬるい風が吹いた。

 あぁ、この爽快感のある匂いは……。

 視線を下ろしたら、ジョニーも目を細めて鼻をひくひくさせている。

「もしかして、また海に?」
「あぁ。早朝の綺麗な海を眺めに行こうと思ってねぇ」
「本当⁉ やったー!」

 中に入ると分かった途端、一瞬にして軽い足取りに。満面の笑みで横断歩道を渡った。

 狭い路地を抜けて階段を駆け上がり、高台の上から海岸を見下ろす。

「わぁっ! 綺麗……っ!」

 視界いっぱいに広がった光景に感嘆の声を上げた。朝日に照らされた海面が、ほのかなオレンジ色に輝いている。

 同じ海なのに、時間帯と天体が違うだけでこんなにも印象が変わるとは。

 この美しさ、写真に残す以外の選択肢はないでしょう。

 カメラアプリを起動させ、この位置から1枚撮影。次に、海岸に下りて1枚撮影。

 他にも、波打ち際や砂浜を撮ってみたり、はしゃぐジョニーを撮ってみたり。画角と被写体を変えて、シャッターボタンを押しまくった。

「どうだった? いい写真は撮れたかな?」
「うん! バッチリ!」

 海岸を後にして帰路に就く。

 夜の海と朝の海。早速絵日記のネタができた。帰ったらざっくり下描きしようっと。

「……あ、そうだ」

 脳内でイメージを膨らませていると、ふと昨夜の出来事を思い出した。

「ねぇ、この近くに、若くて綺麗な男の人って住んでない?」
「綺麗? どんな感じの?」
「えっとね……」

 記憶をたどり、特徴を並べる。

 細身の体型に涼し気な目元、上品かつ落ち着いた雰囲気。例えるなら、月夜に輝く王子様。

 話し方が丁寧だったから、恐らく年齢は私より上。20代前半かなと予想している。

「どう? 心当たりある人いる?」
「うーん。この辺りは若者が少ないからなぁ。それだけハンサムな人なら、一目見たら覚えてるはずなんだが……」

 毎日周辺を散歩している祖父でさえも、知らないのだそう。言われてみれば、ご近所さんも年配の人ばかりだったもんな。

「捜しているということは、何かあったのかい?」
「あー……」

 しまった、情報欲しさについ……。

 誤魔化そうとすればするほど不信感は増し、隠そうとすればするほど知りたくなるもの。

 この流れだと気になるのも当然だから、正直に話してしまおう。お父さんに話がいって、後で何か言われたら嫌だし。

 余計な心配をかけまいと、包み隠さず全て話した。

「ごめんね。智は何も悪くないから、責めないであげて」
「いやいや。無事ならいいんだよ。もしかしたら、一花ちゃんみたいに帰省してる人かもしれないねぇ。学生さんなら、ちょうど夏休みだろうし」

 帰省中の学生か。それなら普段見かけないはずだ。

 昨日で帰ってしまっているなら難しいけれど……もし、近所に泊まりに来ているのなら。もう1回会って、改めて謝罪がしたい。

 また会えますように。
 そう願いながら帰宅し、祖母と伯母と一緒に朝食の準備に取りかかった。





「あら? おでかけ?」
「うん。ちょっと海に行ってくる」

 昼下がり。玄関で靴を履いていると、祖母に声をかけられた。

「海? 海水浴?」
「ううん。絵日記のネタ用に、写真を撮りに行くの」
「あぁ! 宿題ね! 外、日射しが強いから気をつけてね」
「はーい!」

 くるっと振り向いて元気よく返事をし、曇りガラスの扉を開ける。

「おお! 一花ちゃん!」

 外に出ると、駐車場で祖父とジョニーが水遊びをしていた。

「おでかけかい?」
「うんっ。そっちはプール?」
「そうだよ。夏場は時々こうやって遊ばせているんだ」
「へぇ〜。良かったね〜」

 ペット用のプールに入っているジョニーの前にしゃがみ込む。

 教えてもらった情報によると、犬は人間よりも体温が高いらしく、季節の変わり目になると気温に適した毛に生え替わるのだそう。ハッハッと舌を出して呼吸するのも、体温調節のためなんだとか。

 でも、夏毛でもかなり暑そう。真夏に毛皮のコート着てるようなものだもん。

 気楽で羨ましいと思ってたけど、犬も犬なりの事情があって大変なんだなぁ……。

「うわぁ!」

 お疲れ様と言わんばかりに頭を撫でると、身を乗り出して顔をペロペロ舐め始めた。不意打ちの愛情表現に驚き、慌てて手でガードする。

 室内にいる時は、足元にくっついてくるだけだったのに……っ。そんなに嬉しかったの……?