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場所は変わってここは鬼頭家の中。
黒雲(くらくも)』と書かれた札が下がる、ある部屋の中では死んだように机へうなだれる男が一人。机の上に置かれた大量の書物には目も暮れず、頻りに机へ頭を打ち付けては何かをブツブツと呟いていた。
「一体、いつまでそうしているおつもりですか?」
鬼頭家での仕事は山積み。
三大妖家として、王家の側近としても隠世では司令塔のような役目を果たす。
最近では厄介な術家との騒ぎも相まって仕事の量は格段に増え、満足に寝る暇さえ与えられない状況。
男は疲れた様子でかけていた眼鏡を正すと、自身の主人へと声をかけた。
「嫌われた…確実に嫌われた」
答えのなっていないその返答にため息をつく。
今日は朝からずっとこんな調子である。
ただでさえ白い顔を更に蒼白へと変化させたこの男は、片頬に小さな赤いもみじ型の手形をつけて部屋へと入室してくるなり机へと伏せると微動だにしない。
ようやく声を出したかと思えばこの始末だ。
「…またですか。一体、いつになったら貴方はそのイヤイヤ気を起こさなくても済むようになるのですか。上からの指示も貯まる一方で、誰かさんの放棄したその後処理は誰がするとでも?」
「は、無理難題ばっか押し付けやがる雑魚どもが。そんな野郎に時間ロスをくらうぐれぇなら、時雨との時間を優先する方が賢明な判断だろ。誰が良い子ちゃんに従うかよ」
顔を上げた白夜は数ある書類に対し、おえ~っとした表情を向けた。
「そんな大嫌いな貴方の時間ロスも、五割方は貴方ご自身がお作りになられているということ。どうぞお忘れなく」
「なんだかね~。なあ撤夜、お前どう思う?」
「どう思うとは?」
「良いムードを平手打ちで拒否った時雨か胸を触りたかったが故に甘んじてそれを受け入れた俺。どっちが悪い?」
「貴方です」
晒し読みする書類からは目を離すことなくその問いに答える。
何を聞いてくるのかと思いきや。
そんな下らない自分勝手なことをしでかしておいて被害者ぶる、この唯我独尊・傍若無人の態度を隠そうともしない我が主人(変態野郎)にはほとほと呆れてものも言えない。
「この俺に平手打ちする女なんざ初めてだ。いつもは顔を赤らめる奴らばっかだったから。つーかこんなにも優勝しきった顔、世界中どこ探してもいないだろ」
「そんな顔だけが取り柄の貴方が平手打ちだけで済まされたんです。彼女も婚約者とはいえ貴方にとっては今後、それが毛嫌いへの意思表明でなければいいのですがね」
「は?嫌われてねーし。つーかなんでお前はそもそもそう言う答えになる訳?」
「貴方が言ったことをお返ししたまでですよ。確実に嫌われた、と」
「…お前ってたまにそういうとこあるよな。この俺に平然とそんな口ききやがって」