私は一息つくようにしてソファーへと座り込むと深い溜息をついた。もう何が何だか理解できない。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
いつの間に用意してくれていたのか。
私の目の前にお茶を置く彼の様子をチラリと盗み見ればバチリと目が合ってしまう。
気まずくて顔を背けてしまったが、彼はニコニコと嬉しそうに私を見つめた。そしてそのまま私の後ろ側へと回り込み立ち位置についた。
後ろから私を観察しているのかやけに視線を感じる。
どうにも居心地が悪くてしょうがない。
助けを乞うように鳳魅さんへと目を向けるも、シーシャー片手に吞気にお茶を飲んでいる始末。
「あ、あの…貴方は本当に白蛇さんなのですか?」
仕方がないので後ろに体を向けて彼に話しかけてみる。
「はい、今は青龍ですが」
「青龍…」
ふと、攫われた研究所の壁に四神の絵が描かれていたのを思い出す。
話が正しければ元は封印されていた神獣。
その後は母上によって破壊され、逃がしたとされるのが彼というわけか。
「いや~にしても大変だったね。ただの神獣にしては何かと引っ掛かる点があったし、只者ではないと薄々ながら感じてはいたけど。でもまさか四神を司る神獣だったとはね」
そう言えば以前、白蛇さんを見つけ初めてここに連れて来た時から鳳魅さんは特殊な存在だって話していたっけ。
「邪気を払い、四方の方角を司る四つの化身とはまさに我らのこと。太陽の来光、水陰(みかげ)の流れ、富の象徴と成功への繫栄、東を司る神獣、東の春・青龍。今は時雨殿にお仕えする眷属でもあります」
「それほどまでに強い力を持ち合わせる四神の身でウチの時雨ちゃんに加護をねぇ~。どうしてだい?」
「それは私もずっと気になっていたんです。どうして私と契約してくれたのですか?」
普通に考えたら可笑しな話である。
ただ異能を持たないと言った理由だけで、神の領域に近い彼らが安易に手を差し伸べることなどしないだろう。
あの白夜様にでさえ契約をしなかったのだ。
なぜここにきて私なんかと契約をしたのか。
「それは時雨殿、貴方様が御神の子であるからです」
「御神の子?」
「神聖な力を持った誉れ高き存在のことです。僕達にとって特別であるのは勿論、神達にも。時雨殿、貴方は特別なのですよ」
「私が…特別?」
どういうことだろうか。
自分は異能を持たないただの人間に過ぎない。
強いて言うならば生まれが術家であったことぐらいで一般家庭ではないということぐらいだ。
「もっと早く貴方様にお会いしたかった。しかし弱体化の影響で、なかなか本来の力を発揮出来ずにここまで引き摺ってしまった。正直あの日、鬼に拾われていなければ危なかった」
鬼?あ、白夜様のことか。
そう言えば私が見つけるまでの間は白夜様がお世話してたんだっけ??
「御神の血はとても貴重なのです。備わる力は強力でありつつ、生まれてくる確率も比較的低い。神が産んだ子とも称される彼女達の存在に我ら神獣が行うべき役目はその身を護り加護を与えること。それがこの世界において大いにその威力を発揮させるのです」
「なるほど。蛇は変化前、だから変化すれば蛇は龍へ。つまりは有為転変を起こすわけね。にしても時雨ちゃん、君凄いじゃないか!」
「いや、もう何が何だか…」
いきなり過ぎて全く話がついていけない。
つまり青龍さんの話から察するに私はその御神の子という存在で、このたび神獣の四神こと青龍さんに契約なる加護を貰ったと?
八雲家での出来事を思い返せば、確かにそんな話題が出たような気もする。
だが詳しくは分からない。
なにせあの時は、途轍もなく具合が悪かったせいでまともに話を聞けるような状況ではなかったからだ。
「御神の子よ。再びその身にお仕え出来るこの日をどれほど心待ちにしていたことか。我らが主君、この身をかけて命が尽きるその瞬間まで。誠心誠意そのお役目務めさせて頂きます」
「!!」
青龍さんは私の横までやって来ると片膝をついた。
そしてひざまずいた姿勢のままそう告げれば、驚き硬直する私へ頭を深く下げたのだった。