唐突にそんなことを言われ内心焦ってしまう。
反応に困り男性を見れば、その顔は笑ったままで。
視線は未だ自分の手に握るネックレスへと釘付けのようだ。
「えっと…」
今ここで素直に外せば、自分が人間であることがバレてしまう。結界の中に入って来たということは、彼もそんじゃそこらの妖とは何かが違うのだろう。
漂う気配も美しい容姿も他とは格段に違う。
一体何者なのか。
「君さ、本当に鬼神君の知り合いってだけなのかい?」
「え?」
暫くして口を開いた彼はそんな質問をしてくる。
私は質問に戸惑い男性を見ていれば彼の目の色が変わった。そうしてゆっくりと私の首元に顔を近づければ、次の瞬間にはスンっと匂いを嗅ぎだす。
「おっと、」
突然の行為にビックリしてしまい慌てて彼の胸を力いっぱい押し返せば案外すんなりと離れてくれた。
「いや~ごめんごめん。どうにも甘い匂いがしたもんだからつい、、」
「甘い匂い?」
少し苦しそうにして鼻をすする姿を不思議になってみつめる。甘い匂いだなんて言われても、何か香水をつけてきた覚えはない。
自分の体を確認するよう匂いを嗅いでみるも、彼の言う甘い匂いなんてものは一切しなかった。
「あ~くさい。意識してたら余計に鼻につく匂いだ」
「私には何も感じませんが」
「うそ~そんなベッタリ彼の匂いくっつけといて、当の本人はそれに気づいていないとか、、。それ、そこらの妖からしたら致死量レベルにやばいよ」
「え、そんなにですか?」
「それは言わばマーキング、強く寵愛されてる証拠だ。妖がそうやって匂いをつける行為は、周りにそれが誰のものであるかを知らしめるためさ」
白夜様が私にそんなことを?
でも確かに言われてみれば…僅かながらも妖から視線を感じる時があった。とは言え、そこまで頻度は多くなかったから気にしていなかったが。
彼らも見てきたところで何かしてくる訳でもなかった。
「…でもさ~、本当に鬼神君は君を寵愛しているのかな」
男性はどこか確信をついたかのような顔でニヤリと笑っていた。今の顔は実に不気味で、できることなら早く逃げ出したいとさえ思ってしまう。
「君から鬼神君の匂いがしてるって意味では、君は鬼神君のお気に入り。妖の寵愛ほど相手に攻撃できる恐ろしい武器はない。そう考えれば、鬼神君が君を大人しくここまで野放しにするとは到底思えないはずなのに」
「…」
話しながら移動する彼を黙ってみつめる。
結界の中は私達の他には誰もおらず、下の階にいる妖達の声すら届かない。
私の中では緊張感が走った。
「僕、見ちゃったんだよね~。彼が他の女とイチャついてる姿を」
「!!」
「それもついさっきのことだよ。華街通りに入って行く後ろ姿を見かけたんだけど、あの通りって色恋沙汰による問題が頻発しやすいからさ~」
私はその話にビックリして目を見開く。
白夜様が他の女性とそんな場所に??
そう言われればさっき出会った彼女の姿が頭をちらつく。
「まあチラリと見えただけだから何とも言えないとこあるけど。でも特徴的なあの白髪に妖力の気配からして、まず鬼神君でなければおかしい。綺麗な女の子と腕を組みながら楽しそうに歩いてたっけ?」
「そんな…」
彼から言われる内容に言葉が出てこない。
本当に…本当なの?
だとしたら、さっきまで彼女が言っていたことは全てが事実だということ。
「噓、噓よそんな…だって、、」
「自分はこんなに愛されてるから浮気なんて有り得ないって?はは、随分とお優しい思考回路だね……でもね、忘れちゃだめだ。彼が鬼頭白夜であることを」
「!!」
彼は追い打ちをかけるようにどんどんと話を切り出す。
「鬼神の生まれ変わりであると称される彼が、誰か一人のためだけに何かを犠牲にするだなんて。そんな甘い考えで彼が君の心に寄り添っているだなんて本気で思ってる?」
その問いに啞然としたまま声が出ない。
彼の言葉が痛く体に突き刺さる。
「彼は自分以外の他者に何の期待も持たない。常に冷酷非道で孤高に佇む。それこそが妖共が認めた彼の居場所であって、これから先もそれが変わることはない。現に愛されてると君が信じた結果がこれだ。今だって彼は他の女と一緒にいる」
「やめて…」
「ふふ。さっきも言ったけど」
彼は優雅な足取りで目の前へとやってくれば、再び視線をネックレスへと向ける。
「そのネックレス、何か強力な力が籠っているね。きっと君がここまで無事に辿り着けたのは、その匂いも存在(・・)も全ては公の場に分からないよう鬼神君が細工したものとみた」
匂いに存在って、、、じゃあこの人、まさか最初から私を…。
思わず顔を上げればバチリと合わさる視線。
その目は美しく、どこか怪しげに細くなる。
「ふふ、その様子、どうやら気づいたみたいだね。そうさ、僕は最初から君の正体には気づいていた。ネックレスで身を守っていたとはいえ、僕にとっては全てがお見通しだ」
獲物を狙うかのような目付き。
ぺろりと舌なめずりをする姿に、カタカタと体が震えれば、自分の身の危険を察知する。
「鬼頭家に嫁入りした娘の噂は聞いていたけど。でも正直、唯我独尊・完全無欠の鬼神君相手じゃ、もって一か月だと思っていたのに。時雨ちゃん、君はそんな僕()の期待を大きく裏切った」
「…あ!」
こっちが抵抗するまもなく、彼は私が握るネックレスへと手を伸ばせば、それを奪い取ってしまう。
「あはは!!やっぱりね!見なよ時雨ちゃん、君の正体がこの瞳にバッチリ映ってるよ~」
「か、返して!!」
慌ててネックレスを取り返そうにも背が高いせいで手が届かない。
必死に手を伸ばすそんな私を彼は面白そうに観察している。
「これで分かったろ?所詮は君もこうして姿がバレたとこで、鬼神君がやって来ることはないって」
「ッ」
「寵愛まで受けてんのに変だね~。あ、もしかして新しい彼女との時間の方が楽しくて君はもう要らなかったりして」
「やめて…」
私が何も言えずにいれば、彼は笑い出した。
「あはは、いいね~。その絶望で染まった時の顔、実にゾクゾクする。まあでもそろそろ頃合いかな」
いつの間に取り出したのか、見れば彼の手には一枚の呪符があった。
私はもの凄く嫌な予感がした。
「君にとっては幸せなままでいたかっただろうけど。その幸せを最初に裏切ったのは他ならぬ彼自身だ。なら君がここにいる必要はもうないと思うんだけど…どうかな?」
「何を言って…」
「僕もね、こんなこと本当はしたくないんだよ?でも君を思えばこそ、君にはまだまだ僕を楽しませて欲しいんだ」
「!!」

ーーリン!!

聞いたことある音が辺りへと響き渡る。
そうして襲い掛かるのは強い眠気への作用。
「な、何を…」
「やあ、時雨さん、この間ぶりだね」
目を閉じる前、視界に映ったのはあの日、森で助けてくれた男性。
「約束通り、君を迎えに来たよ。今はいい子だからこのままお眠り」
ふわりと頭を撫でられれば眠気は驚異に達する。
それでも最後に考えるのは、やはり愛おしいあなたへの存在。
「白夜様…」
発したはずの言葉は音を成さず、私は深い闇へと飲み込まれていった。
「ようこそ藤の宮へ」