白鬼の封印師 二

二日目の朝。
身支度を済ませれば外の空気を胸いっぱい吸い込む。
妖都の街は朝も変わらない活気を見せ、多くの交通で行き交う妖や音が耳を駆け巡る。白夜を見送れば一人静かに過ごして朝を迎えた時雨は異様な静寂を宿すこの部屋の中、内心心細かった。
いつもは何だかんだ言って一緒に眠っていた。
横にいてくれるだけで確かな安心感があって、彼の温もりは不思議と安眠にも繋がっていた。鬼頭家ではそんな白夜を独り占めできるのは時雨だけの特権でもあった。だがそれはひとたび外に出てしまえば三大妖家としての立場を嫌でも感じる。朝になってもなお、自分の横には愛する人はいてくれないのだから。

「おはようございます、花嫁様」

襖が開けばお薫が顔を出す。
時雨達の滞在期間、身の回りの世話係として雇われた彼女とは昨日もあれから何度か話す機会はあった。白夜が留守中、手持ち無沙汰な時雨の為に宿の案内や話し相手になってくれたお陰で快適に過ごすことができた。

「朝食をお持ち致しました。本日のご予定は決まっていますか?」
「はい!少し街に出て観光でもしようかと思います」
「そうですか!妖都は有名な観光名所も多いですし。楽しんで下さい!」

朝食を済ませれば支度を整える。
するとお薫は手紙のようなものを差し出す。

「こちら、鬼頭の若様から花嫁様にと」
「白夜様が⁈」


ーーーーーーー
おはよう
昨日はあれから大丈夫だったか?
一応、あのあと遅く帰ってきたけど寝てたから起こさないでおいた。
今日も遅くなると思うから、神獣の側を離れるな。
俺の妖力も入ってるし、大丈夫だと思うけどくれぐれも気を付けろ。
愛してる
ーーーーーーー

綺麗な筆使いで書かれたその文に笑みを浮かべる。
帰ってきてたんだ。
疲れていたせいかぜんぜん気がつかなかった。
朝起きたらもういなかったから。
時雨は手紙の内容を確認後、大事にそれを懐にしまった。

「ではいってきます」
「いってらっしゃいませ!…花嫁様!何もないとは思いますが、その呪符と髪飾りを肌に離さず持ち歩いて下さいね」
「え?」
「ふふっ、その髪飾り、人間の姿を隠すまじないがかかっているようですので。恐らく若様ですね(笑)」
「あ」

時雨が頭に手をやれば、そこにはあの日、白夜からプレゼントされた椿の簪。すっかり気に入ってて普段から愛用するようになっていたものだが、まさかそんな効果を果たしていたなんて、、、
一階に下りればそこには温泉の他、卓球場やマッサージコーナー、美容サロンに岩盤浴など多数の施設が設置されていて圧巻してしまう。流石は妖都でも有数の老舗旅館なだけある。
全国でも五本の指に入るらしい。
だが実質の長は三大妖家。
御三家の管理あって成り立つここも全ての権限は上にある。

「ひぇ…恐ろしすぎる。あ、そう言えば船を貸し出していたっけ?」

昨日、来る途中で見かけた大きな川。
沢山の客を乗せた船が川を下る光景が印象的で乗ってみたいと思っていた。
決めた、まずは船に乗ってみよう。
外の景色を船の上から眺めるなんて素敵じゃない?
季節も今は秋で紅葉が見頃ろを迎える時期だしタイミングもバッチリ!
そうと決まれば行くしかない。
時雨はさっそくウキウキしながら船着き場へと向かった。

「ちょっと?そこのあなた」
「?!」

だが到着して直ぐ、目の前には一人の女性が前を塞いだ。
フリルのついた西洋風な可愛らしい着物と童顔が特徴的なその女性はたいそうご立腹である。イライラしたように扇子を口元にあてて睨んでいた。

「あなた昨日鬼頭家の若様と一緒にいたわよね?若様とはどういう関係で?」
「え、」

突然やって来て何を言い出すのか。
彼女は腕を組み直せば気に入らないと言いたげに時雨を睨むのを止めない。綺麗な顔をしているし妖だろう。時おり甘い蜂蜜のような匂いが鼻をかすめ、顔に見合わず着物から覗く大きな谷間が嫌でも目に入れば本人も特別隠してる訳ではなさそう。

「ちょっと!聞いてるの??」
「あ、はい。白夜様のことですよね?」
「白夜様…ですって?」

彼の名前を聞けば彼女は大きく反応した。
何かまずいことでも言っただろうか。
それには顔をわなわなと震わせていた。

「彼は私の婚約者なのよ?他人のアンタが彼を…ましてや名前呼びなんかしないで!!」
「婚約者?」

どういう事⁈
時雨は耳を疑ってしまった。
有り得ない…だって白夜様はそんなこと一度も…ましてや婚約者が他にいるなんて初耳だ。

「そうよ、彼と私は相思相愛でお互い深く想い合ってるの。最近は一緒にいて、昨日だってデートしたんだから!」

デート⁈
それを聞いてハッとした。
確かに白夜様はここで仕事があるからとあの後も部屋を出て行った。
大事な先約があるからと、どうしても外せない用事だと足早に去って行く姿を想像すれば、それはまさかだとは思っていたがそんなこと信じたくもなかった。

「彼はとても忙しい方なの。だから私にも普段は会って下さらない。でも昨日デートに誘ってくれたの!忙しい合間を縫ってちゃんと私にだけは時間を割いてくれる。昨日だって会えて嬉しいって喜んでいたんだから」
「そんな…」
「早く会いたくて彼の泊まる宿だって事前に調べたんだから。でも来てみてビックリよ。なんなのよあなた!彼の側をウロチョロなんかして」

彼女は凄い剣幕で扇子をコッチに突きつければ、その顔からは怒りを通り越してもはや憎しみの目をしていた。感情のコントロールが上手くできないタイプのようで暫くすれば体からは妖力を流す。

「どう彼に言い寄ったか知らないけど、彼は私の婚約者なの。お父様にお願いして正式に縁談を結んで貰ったんだから。だから邪魔しないで!目障りなのよ、あなたみたいなブス」
「違います!白夜様は私の婚約者で…それで私が彼の花嫁です」
「は⁈何を勘違いしてんのよ!いい加減にして!!これ以上、私を怒らせないで!」

地雷を踏んだのか、向こうは既に攻撃する気満々のよう。
時雨はビクビクと震えていればドン!っという音に続いて体が傾く。気づけば彼女に突き飛ばされていた。

「勝手なこと言わないで!彼は私の婚約者なの。アンタみたいな小娘ごとき、彼の目にも止まらぬというのに」

不愉快、そう口にすると時雨に向かって手をかざす。
攻撃される!!
今度こそ身の危険を感じて動けなくなってしまう。

「うるさい」