「確かに術家の人間には良い印象を持ちません。あの世界で生きてきた私からすれば、異能の有無がいかに先の未来を左右させるかが痛い程よく分かりますから」
時雨には術家の身でありながら異能がなかった。
他の花嫁達が異能に頼りながら暫くは生命維持を可能にさせている中、異能を使えない彼女にはそれが出来なかった。そう考えればあの日、役立たずと称された我が身で渡ったこの世界、即死してても可笑しくはない筈だったのだ。
だが何を思ったか、神獣は時雨に加護を与えその身から邪気への侵入を遠ざけた。加えて今では白夜との契約により、彼が保持する妖力との共有が可能だ。
本来ならばそれだけで花嫁にとってはこれ以上にない優遇扱いがされていると言える。
だが時雨は素直にその甘えに浸ることだけはしたくなかった。
花嫁達の生い立ちは痛い程よく理解しているつもりだった。異能持ちの彼女達を差し置いて、もし無能の自分がそんな優遇扱いをされているだなんて知られたりでもしたら。彼女達にとっては気持ちの良い話ではないだろう。自分にとってもそんな気持ちで白夜の隣には立ちたくはなかった。
そもそも自分は何もしないままの身で大人しく彼の後ろで守られるだけの存在にはなりたくはなかったのだ。
異能のない身でも自分らしく強く生きる。
それはプライドなんかじゃない。
心から望む、自分が自分の為に行うべき正しき選択。
だからこそ白夜は自分を婚約者として。
いずれは自分の妻として認めてくれたのだ。
ほだされた身で甘えることなく、自分の存在価値を下げることもなく前へ突き進んでいこうと思うのだ。
「いつかこの世界を嫌になる日が、きっとアンタにもやって来るわ。そうなった時、アンタはあのお方の側で今と同じ純粋な思いでお慕いすることはできるのかしら?」
お翠さんは射抜くような視線を向ける。
試されているのだろうか…
彼女からはそんな気配を感じ取る。
でも彼女からしてみれば、過去の花嫁達の様子からしても今後を生きる私に良い印象を持てないのだろう。
いつか他の花嫁達同様、私がここを嫌になったら。
その時、自分が彼に向ける目は一体何を意味しているのか。
「少なからず、私はここに隠世に来て良かったと思っています。今はどうとでも言えるだけのように思えますが。ですがあの家で生きた昔の自分から今の自分へ。本来の自分らしさへの心構えを再認識できたのは、他ならぬ白夜様がいたお陰です」
「…」
「白夜様を好きな気持ちに変わりはありません。きっとここに来て良かったと、そう胸を張って言える人生を必ず歩んで見せます」
「…そ」
お翠さんは一言だけそう言うとその後は何も言わなくなってしまった。目的の部屋までやって来た私は彼女に一礼すると中に入ろうとする。
「ねえ」
そんな私をお翠さんはそう言って呼び止める。
「私、やっぱアンタのこと嫌いだわ」
「え、」
私はその言葉に目を丸くした。
「アンタ相手じゃ、からかい甲斐さえ何の役にも立たなくてよ。でも…あの方がアンタを認めた理由、何となく分かるわ」
「お翠さん?」
「でも認めた訳ではないわ。せいぜいあの方に捨てられないよう頑張ることね」
それだけ言うとお翠さんは手に持っていた洗濯物を抱え直せば、啞然と立ち尽くす私をよそにスタスタと歩いて行ってしまった。
時雨には術家の身でありながら異能がなかった。
他の花嫁達が異能に頼りながら暫くは生命維持を可能にさせている中、異能を使えない彼女にはそれが出来なかった。そう考えればあの日、役立たずと称された我が身で渡ったこの世界、即死してても可笑しくはない筈だったのだ。
だが何を思ったか、神獣は時雨に加護を与えその身から邪気への侵入を遠ざけた。加えて今では白夜との契約により、彼が保持する妖力との共有が可能だ。
本来ならばそれだけで花嫁にとってはこれ以上にない優遇扱いがされていると言える。
だが時雨は素直にその甘えに浸ることだけはしたくなかった。
花嫁達の生い立ちは痛い程よく理解しているつもりだった。異能持ちの彼女達を差し置いて、もし無能の自分がそんな優遇扱いをされているだなんて知られたりでもしたら。彼女達にとっては気持ちの良い話ではないだろう。自分にとってもそんな気持ちで白夜の隣には立ちたくはなかった。
そもそも自分は何もしないままの身で大人しく彼の後ろで守られるだけの存在にはなりたくはなかったのだ。
異能のない身でも自分らしく強く生きる。
それはプライドなんかじゃない。
心から望む、自分が自分の為に行うべき正しき選択。
だからこそ白夜は自分を婚約者として。
いずれは自分の妻として認めてくれたのだ。
ほだされた身で甘えることなく、自分の存在価値を下げることもなく前へ突き進んでいこうと思うのだ。
「いつかこの世界を嫌になる日が、きっとアンタにもやって来るわ。そうなった時、アンタはあのお方の側で今と同じ純粋な思いでお慕いすることはできるのかしら?」
お翠さんは射抜くような視線を向ける。
試されているのだろうか…
彼女からはそんな気配を感じ取る。
でも彼女からしてみれば、過去の花嫁達の様子からしても今後を生きる私に良い印象を持てないのだろう。
いつか他の花嫁達同様、私がここを嫌になったら。
その時、自分が彼に向ける目は一体何を意味しているのか。
「少なからず、私はここに隠世に来て良かったと思っています。今はどうとでも言えるだけのように思えますが。ですがあの家で生きた昔の自分から今の自分へ。本来の自分らしさへの心構えを再認識できたのは、他ならぬ白夜様がいたお陰です」
「…」
「白夜様を好きな気持ちに変わりはありません。きっとここに来て良かったと、そう胸を張って言える人生を必ず歩んで見せます」
「…そ」
お翠さんは一言だけそう言うとその後は何も言わなくなってしまった。目的の部屋までやって来た私は彼女に一礼すると中に入ろうとする。
「ねえ」
そんな私をお翠さんはそう言って呼び止める。
「私、やっぱアンタのこと嫌いだわ」
「え、」
私はその言葉に目を丸くした。
「アンタ相手じゃ、からかい甲斐さえ何の役にも立たなくてよ。でも…あの方がアンタを認めた理由、何となく分かるわ」
「お翠さん?」
「でも認めた訳ではないわ。せいぜいあの方に捨てられないよう頑張ることね」
それだけ言うとお翠さんは手に持っていた洗濯物を抱え直せば、啞然と立ち尽くす私をよそにスタスタと歩いて行ってしまった。