白鬼の封印師 二

形代は中央に蝶の模様が刻まれていて、そこからは僅かに霊力の匂いが漏れ出ているように感じる。時雨はふと気になっていたことを聞いてみた。

「あの、貴方は何者なんですか?」
「ん?僕かい?」
「さっきまで確かにここには私しかいなかったはずなのに。式神のことも。私の名前も。既にご存知のようでしたので」

彼は目をパチクリさせたが直ぐにニコリと微笑んだ。

「何者でもないさ。僕はただの神主だよ。宮を護るね」
「宮?」

どういうことだろう。
微笑むだけの彼はそれ以外のことは教えてくれなさそうだ。
神主ということは何処か神社でお勤めでもしているのか。
そもそも彼は人間なのか?
ここは隠世、現世ではない。
花嫁でもなければ人間であろうと立ち入り許可ができない場所にどうやって来たというのだ。時雨は妖魔が彼を陰陽師だと言っていたのを思い出す。着ている服は袴姿で足には下駄。微かに漂う気配は何か異質なものを感じる。

「妖魔は貴方を陰陽師だと言っていました」
「陰陽師でもある。だが本来はただの神主であることに変わりはない。そして僕は君を迎え(・・)にきたんだ」
「迎え?」

瞬間、式神達のお告げが脳裏をよぎる。
迎えにくる、、、
もう直ぐ迎えにやって来る、、

「御神の子。君には藤宮の血が流れている。君は宮に帰らねばならない。僕は君を連れ戻すためここに来た」
「…御神の血。では貴方の言う宮とは…母の実家を意味しているのですか?」

彼はそれに何も言わない。
だが無言は肯定とも言える。
その物言いからは時雨の母親を知っているのも恐らく明白だろう。
一体、何者なんだ。

「ま、詳しくは今度教えてあげるよ。君にはその力がある。だから大人しく着いて来てくれるかな?」

彼はそう時雨に手を差し出した。
この手を取れば母のことが知れる。
つまりは現世に連れて行かれるということ。

「お母さんの実家…」

藤宮家。
行ってみたい。
何故か行かなければならない気もする。
だが差し出された手を見つめるも素直に取る気にはなれなかった。

「あの私…行けないです、、ごめんなさい」
「鬼頭家に嫁いだ身を気にしてる?それともあの鬼神から逃げられない、その代償が心配?」
「そんなこと!」

見透かすように時雨の手首に目を向けた彼の視界から逃げるよう顔を逸らす。その言葉を否定するかの如く、慌てて首を横に振るも彼は依然として時雨をジッと見つめていた。
違う、ここに来たことに後悔なんてしていない。
救われたんだ。
白夜様に助けて貰った。
愛してる。
でも現世に行くということは…
今後、自分がここへ戻ってこれる保障があるのか分からない。

「…白夜様をお慕いしております」

母のことは確かに気がかり。
ずっと知らなかったあの問をここで晴らしたい。
できることなら直ぐにでも藤宮家に行ってみたい気持ちもある。
でもそれ以前に白夜様から離れたくない。
現世に行くことは白夜様と離れ離れになるということ。
それだけは嫌だ。

「彼を置いて現世に行くなんて無理です」

だからきっぱりと断った。
差し出された手を受け取らないでいれば向こうはビックリしていた。

「おや…それは困ったな。てっきり僕は君がここにいること事態に抵抗があるものとばかり思っていたのに」
「私にとってここは救いともなった大切な場所です。白夜様の存在も。私は…彼を愛してます」
「!」

そんな言葉に彼は目を見開いた。

「彼と離れる訳にはいきません。申し訳ありませんが、そのお願いにはお応えできません」

そう言えば彼は空で静止したままの腕を見つめ、困ったように笑った。

「それを言われちゃうとなぁ~どうも許婚の身としては参っちゃうな(笑)」
「え、…」
「ま、いいや。今は時間もない。僕も御霊を使いすぎてもう切れそうだし。仕方ないけど今日はお暇するよ」

彼はヘラリと笑ったかと思えば向こう側を見つめる。

「…来るね」
「?」
「正直なとこ、()だけは回収しときたかったけど。加護を与えてる身じゃ引き剝がしも困難か。さてはアイツめ…先手うったな」

一瞬、冷たい視線を向けた気がした。
向こうに何が見えているのだろう。
座った時雨の位置からでは詳しく確認することができない。

「無理やりは趣味じゃないんだ。今回は諦めよう。でもね、君はいずれ現世へ戻ることになる」
「一体、どういう意味ですか⁈」

時雨が再度、彼へ問いかけようと口を開いた時。

ーー時雨殿~~~!!!

「お、来た来た。じゃあね、時雨さん。近いうちにまた来るから。それまでよ~く考えといて」
「あ、ちょ、、!」

すると彼の体が段々と薄れていっているのが見えた。
慌てて呼び止めようとするも、彼は一瞬にしてその場から消えれば姿はなかった。