形代を見れば中央には蝶の模様が描かれていた。
気のせいか、そこからは霊力の匂いが漏れ出ているようにも見える。
私はふと気になっていたことを聞いた。
「あ、あの、貴方って何者なんですか?」
「ん?僕かい?」
「さっきまでは確かにここには私しかいなかったはずなのに。式神のことも私の名前も既にご存知のようでしたので」
彼は一瞬、目をパチクリさせたが直ぐにニコリと微笑んだ。
「ふふ、何者でもないさ。僕はただの神主だよ。宮を護るね」
「宮?」
どういうことか分からず問いかけてみるが、彼はただ微笑むだけ。神主ということは、何処かの神社にお勤めでもしているのだろうか。
そもそも彼は人間なのか。
そもそもここは隠世であって現世ではない。
花嫁でもなければ人間であっても立ち入りは許可できない世界だ。
だが私は先ほど妖魔が彼を陰陽師だと言っていたのを思い出す。
「妖魔は貴方を陰陽師だと言っていましたが」
彼の着ている服は至って普通の袴服ではあり、足元には下駄を履いていた。でも纏う気配が変わっているように思えて不思議だった。
「陰陽師として勤務もしているよ!だが本来はただの神主であることに変わりはない。そして…僕は君を迎え(・・)にきたんだ」
「迎え?…それって!」
瞬間、私は式神達の言っていた言葉を思い出した。
もう直ぐ迎えに来る。
それってもしや、このことを意味して告げられたお告げだったということ??
「御神の子。君は美椿殿の、藤宮の血が流れている。君は宮に帰らねばならない。僕は君を連れ戻すためにここに来たんだ」
「…母上の血。では貴方の言う宮とは母上の実家を意味しているのですか?」
彼の口から御神の子が出るとは思わなかった。
母上のことも知っているかのような物言い。
一体、この人は何者なのか。
「まあ詳しくは君の未来の住まいとも言えるけど。君にはその力がある。だから大人しく僕に着いて来てくれるかな?」
彼はそう言えば私へと手を差し出した。
今この手を取れば、私は母上の実家、つまりは現世に連れて行かれるということだ。
「母上の実家…」
藤宮家だっけ?
確かに行ってみたい。
そこで何か確実な情報を得ることができるというのなら。
でも…。
「あの…私」
差し出された手を見つめるも取る気にはなれなかった。
「鬼頭家に嫁いだ身を気にしてる?それともあの鬼神から逃げられないことが問題?」
「そんなこと!」
その言葉を否定するかの如く、慌てて顔をあげれば彼は私をジッと見つめていた。
違う、私はここに来たことに後悔なんてしていない。
むしろ救われたんだから。
でも現世に行くということは。
今後、私がここに戻ってこれる保障が果たして存在するのか否か。
それが分からないからこそ先には進めなかった。
「…私は白夜様をお慕いしております」
母上のことは気がかりだ。
できることなら直ぐにでも藤宮家へ戻りたいと思っている。
でもあの方から離れたくない。
現世に行くことで彼と離れ離れになってしまうというのなら。それが例え、母上関連であったとしても。
行きたいとは思えなかったのだ。
「彼を置いて現世に行くなんて無理です」
「おや、それは困ったな。てっきり僕は、君はここにいること事態に抵抗があるものとばかり思っていたよ」
「私にとってここは救いともなった大切な場です。白夜様の存在も。私は…彼を愛してます」
「!」
そんな私を彼はビックリした顔で見つめた。
「彼と離れる訳にはいきません。ですので申し訳ないのですが、そのお願いにはお応えできません」
差し出された手を取ることなくそう告げる。
申し訳ないが、今の私に彼を手放すという選択肢はない。彼は空で静止したままの腕を見つめ、軈て顎に手を添えると考えこんだ。
「うーむ、それを言われちゃうとなぁ。どうも許婚の身としては参っちゃうんだよね~」
「え、どういう…」
「ま、いっか!今は時間もない。僕の御霊も使いすぎてもう切れそうだし。仕方ないけど今日は大人しく退散するよ」
彼はヘラリと困った顔で笑えば向こう側を見つめた。
「…来るね」
「え?」
「正直なとこ、()だけは回収しときたかったけど。加護を与えてる身じゃ引き剝がしは困難か。さてはアイツめ、先手うったな」
見つめる視線の先には何が見えているのだろう。
座る自分の位置からでは確認することができない。
「無理じいは趣味じゃないし、今回は諦めるよ。でもね、君はいずれ現世へ戻ってくることになる」
「!」
それは一体、どういう意味なのだろうか。
私は再度、彼へ問いかけようとして口を開く。

ーー時雨殿~

「あ、あの声は!」
「お、来た来た。じゃあね時雨さん、近いうちまた来るから。それまでよく考えといて」
彼はそう言うと、その体は徐々に薄れ消え始めていく。
「あ、ちょっと!」
慌てて私は呼び止めようとするが、彼は一瞬にしてその場から消えれば姿はどこにも見えなくなってしまった。