白鬼の封印師 二

「終わったか」

彼は服についた埃を手でぱっぱと払うと固まったまま動けないでいる時雨の元までやってくる。

「大丈夫かい?もう妖魔は死んだ、だから安心して」
「妖魔?」
「邪気の影響を強く受けた妖の成り果てただ。こうして見たのは初めてだったようだね」
「妖魔、、、あれが」

過去、現世に現れ多くの人間を食べ殺し、邪気に耐え切れず暴走した怪物。話には聞いていた。だけど実際に目で見ればその恐ろしさに体が震えてしまった。問題なのはどうして妖魔が鬼頭家の敷地にいるのか。
まさかあの妖魔は鬼頭家の使用人?
自分に異能がないせいで邪気に当てられてしまったとかだったら?
だとすれば白夜様達は大丈夫か?
もしかしなくても自分の存在が影響を与えているのだとすれば、、
考えたくもないマイナスな思考しか溢れ出てこない。
怖くて怖くてたまらなかった。

——いつかこの世界を嫌になる時が来る。若様の側で今と同じく純粋な気持ちでお慕いすることはできるのかしら?

お翠に言われた言葉を思い出す。
妖が妖魔になったら。
それが愛する人だったら?
愛することもできず自分を喰らおうとしたら?
そうなった時、自分は何を抱くのだろう。
会いたい…今すぐ貴方に会いたい。
会って声を聞きたい。
抱きしめて愛を囁きたい。

「白夜様…」

彼の姿を想像すれば急に悲しくなった。
涙をこらえつつその場に小さくうずくまる。
ここにはいない彼へ。
ただ愛してる気持ちばかりが大きくなれば怒りなんてもうない。

「よしよし、怖かったね」

彼はブルブルと震える時雨を見かねればその身を抱きしめ頭を撫でる。白夜以外の男性にこうして触れられるのは初めてだったため、時雨は緊張した。でも何故だろう…この妙に懐かしい、不思議な違和感は。

「辛い時は泣けばいい。誰も君を咎めたりしない。君は何も悪くない」

落ち着いたトーン。
心地よい手付きと触れる感覚。
優しく頭を撫でられる度、不思議と彼の存在に安心感を覚えていく自分が怖かった。

「…ありがとうございます。もう平気です」
「そ?なら良かったよ」

顔を上げた時雨は落ち着きを取り戻せば距離を取る。
彼はそんな様子にもニコリと笑えば、「よいしょ」と声を漏らして立ち上がり、懐から何かを取り出す。

「君が封印してた式神ついてなんだけど。この呪符に回収しといたから。体も軽くなっただろ?」
「そう言えば…」

思い返せば式神達が飛び出して行ってから妙に体がスッキリした。重くのしかかっていた荷物が一気に無くなったような感覚。それまでの気怠さが噓のようだ。

「これは非常に強力かつ非常に厄介なものだ。使役ともなれば最悪命を天秤にかけるぐらいは必要。本来はこうした呪符で保管することが原則。いつまでも体に憑依させておくことはできない。君に負荷をかけないよう僕が預かっておこう」

時雨がこくりと頷けば、彼は再び呪符を懐にしまう。
考えてみれば神獣の加護が無効化された時、体は常に不調だった。
邪気の影響だと思っていたが、そもそも白夜の妖力があった。今思えば式神を取り込んだことで体に負荷がかかった可能性が大きい原因ではないだろうか。

「さてと、後は」

彼はまたも懐を漁れば今度は別の何かを取り出した。

「あっちも回収しとかないとね」

目を向けた先には妖魔のいた場所で静止する蝶。
形代を向ければ蝶はひらひらと中へ吸い込まれていった。

「これでよし。こっちの回収も完了」
「さっきの蝶ですか?」
「そ。実はこれ結構な優れものでさ。僕が一から厳選した珍虫達を使って作った御霊なんだ。今回は奴とも相性が合うと思ってね」

そう言うと彼は形代を差し出す。

「持っておくといい。式神は僕が封印しちゃって君には返せないし。いざという時に役に立つ」
「でも…」
「気にする必要はない。御霊は通常、形代に封印されていて体に憑依することもない。普段の僕ならまず使うこともない試作品。代わりに君が貰ってくれるならそれに越したことはない」
「…ではありがたく頂戴致します」

時雨は差し出された神代を受け取ると彼は満足そうに微笑んだ。