「終わったか」
彼はぱっぱと服についた埃を手で払うと、何も言えず固まったままの私の元へ戻ってくる。
「怖かったかい?もう妖魔は死んだから、安心して大丈夫だよ」
吞気な顔でニコリと微笑むその姿からは、とてもさっきまで怪物を退治していた者とは考思えなかった。
「妖魔?」
「邪気への影響を強く受けた妖が醜い怪物に成り代わった姿だよ。見るのは初めてだったようだね」
「妖魔…あれが」
過去、現世に現れ多くの人間を殺し、邪気に耐え切れなくなった妖の化け物。
話には聞いていたけど。
こうして見るのは初めてのことだった。
「ッ、すみません」
気づけば体がブルブルと震えていた。
どうして妖魔が鬼頭家の敷地にいるの?
まさか、あの妖魔は鬼頭家の使用人だった方では?
私の異能力が働かないせいで、邪気に当てられてしまった被害者だとしたら。
考えたくもないマイナスな思考しか溢れ出てこない。
怖くて怖くてたまらなかった。
——いつかこの世界を嫌になる時がやって来る。そうなった時、アンタはあのお方の側で今と同じ純粋な思いでお慕いすることはできるのかしら?
お翠さんに言われた言葉を思い出す。
妖が妖魔になったら。
それが愛する人だったら?
愛することもできず自分を喰らおうとしたら?
そうなった時、私は彼に何を抱くのだろうか。
会いたい…
今すぐ貴方に会いたい。
会って抱きしめて、その声を聞きたい。
そんな彼の姿を想像すれば、急に悲しくなった。
涙をこらえればその場に小さくうずくまった。
ここにはいない、彼への愛する気持ちばかりが強くなれば寂しくて仕方なかった。
「よしよし、怖かったね」
「!!」
彼はブルブルと震える時雨を見かねるとその身を抱きしめ頭を撫でた。
白夜以外の男性にこうして抱きしめられるのは初めてのことだったため、時雨は謎に緊張した。でも不思議と懐かしい気配を感じ取れば嫌ではなかった。
「辛い時は泣けばいいさ。誰も君を咎めたりはしない。君は何も悪くない」
「ッ、…」
落ち着いたトーン。
心地よい手付きへの感覚。
優しく頭を撫でられる度、不思議とこの人の存在に安心感を覚えていく自分が怖かった。
「…あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そう?なら良かったよ」
暫くして顔を上げた私は幾分か落ち着きを取り戻していた。
彼はそんな様子にニコリと笑い、「よいしょっと」と声を漏らして立ち上がれば懐からは何かを取り出す。
「そう言えば君が封印してた式神達についてなんだけど、隙をついてこの呪符の中へ回収しといたから。体も軽くなっただろう?」
「あ、そう言えば」
思い返せば式神達が飛び出してからは体がいっきに軽くなった気がする。
例えるなら、重く体にのしかかっていた荷物が一気に全部無くなったかのような感じ。
「これは非常に強力で使役には危険が伴う。本来はこうした呪符で保管することが義務づけられているものだから、体に入れておくことはできない。君に負荷をかけないよう僕が預かっておくよ」
私がこくりと頷けば、彼は懐へと呪符を仕舞う。
考えてみれば神獣の加護が効かなかったあの期間、私の体は常に不調だった。邪気の影響だと思っていたが、それなら白夜様の妖力がある。
もしかすれば、式神を取り込んだことによって起きた体への負荷が原因だったのではないだろうか?
「さて、後は」
彼は懐をあさればもう一つ別の何かを取り出した。
見ればそれは先程も使っていた形代だ。
「あっちも回収しとかないとね」
目を向けた先には妖魔のいた場所で静止する蝶の姿が。
彼が形代を向ければ、蝶はひらひらとその中へ吸い込まれていった。
「よし、これでこっちの回収も完了」
「それって、さっきの蝶ですか?」
「そ。実はこれ、僕が一から厳選した珍虫達を使って作られた御霊なんだ。今回は奴とも相性が合うと判断してね」
そう言うと彼は形代を私へと差し出した。
「持っておくといい。式神は僕が封印しちゃってもう君には返せないし。いざという時に役に立つ」
「でも…」
私なんかが貰っていいものだろうか。
形代とは言え、彼が創ったものだ。
さっきはあんなにも大きかった妖魔を倒してしまうほど強い能力を持っていた。
それを私なんかが使役できるとは到底思えないが。
「気にする必要はない。御霊は通常、形代に封印され体に憑依される心配もない。普段の僕ならまず使うこともないだろうし、君が貰ってくれるならそれに越したことはない」
「…で、ではありがたく頂戴致します」
私が差し出された神代を受け取ると、彼は満足そうに微笑んだ。
彼はぱっぱと服についた埃を手で払うと、何も言えず固まったままの私の元へ戻ってくる。
「怖かったかい?もう妖魔は死んだから、安心して大丈夫だよ」
吞気な顔でニコリと微笑むその姿からは、とてもさっきまで怪物を退治していた者とは考思えなかった。
「妖魔?」
「邪気への影響を強く受けた妖が醜い怪物に成り代わった姿だよ。見るのは初めてだったようだね」
「妖魔…あれが」
過去、現世に現れ多くの人間を殺し、邪気に耐え切れなくなった妖の化け物。
話には聞いていたけど。
こうして見るのは初めてのことだった。
「ッ、すみません」
気づけば体がブルブルと震えていた。
どうして妖魔が鬼頭家の敷地にいるの?
まさか、あの妖魔は鬼頭家の使用人だった方では?
私の異能力が働かないせいで、邪気に当てられてしまった被害者だとしたら。
考えたくもないマイナスな思考しか溢れ出てこない。
怖くて怖くてたまらなかった。
——いつかこの世界を嫌になる時がやって来る。そうなった時、アンタはあのお方の側で今と同じ純粋な思いでお慕いすることはできるのかしら?
お翠さんに言われた言葉を思い出す。
妖が妖魔になったら。
それが愛する人だったら?
愛することもできず自分を喰らおうとしたら?
そうなった時、私は彼に何を抱くのだろうか。
会いたい…
今すぐ貴方に会いたい。
会って抱きしめて、その声を聞きたい。
そんな彼の姿を想像すれば、急に悲しくなった。
涙をこらえればその場に小さくうずくまった。
ここにはいない、彼への愛する気持ちばかりが強くなれば寂しくて仕方なかった。
「よしよし、怖かったね」
「!!」
彼はブルブルと震える時雨を見かねるとその身を抱きしめ頭を撫でた。
白夜以外の男性にこうして抱きしめられるのは初めてのことだったため、時雨は謎に緊張した。でも不思議と懐かしい気配を感じ取れば嫌ではなかった。
「辛い時は泣けばいいさ。誰も君を咎めたりはしない。君は何も悪くない」
「ッ、…」
落ち着いたトーン。
心地よい手付きへの感覚。
優しく頭を撫でられる度、不思議とこの人の存在に安心感を覚えていく自分が怖かった。
「…あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そう?なら良かったよ」
暫くして顔を上げた私は幾分か落ち着きを取り戻していた。
彼はそんな様子にニコリと笑い、「よいしょっと」と声を漏らして立ち上がれば懐からは何かを取り出す。
「そう言えば君が封印してた式神達についてなんだけど、隙をついてこの呪符の中へ回収しといたから。体も軽くなっただろう?」
「あ、そう言えば」
思い返せば式神達が飛び出してからは体がいっきに軽くなった気がする。
例えるなら、重く体にのしかかっていた荷物が一気に全部無くなったかのような感じ。
「これは非常に強力で使役には危険が伴う。本来はこうした呪符で保管することが義務づけられているものだから、体に入れておくことはできない。君に負荷をかけないよう僕が預かっておくよ」
私がこくりと頷けば、彼は懐へと呪符を仕舞う。
考えてみれば神獣の加護が効かなかったあの期間、私の体は常に不調だった。邪気の影響だと思っていたが、それなら白夜様の妖力がある。
もしかすれば、式神を取り込んだことによって起きた体への負荷が原因だったのではないだろうか?
「さて、後は」
彼は懐をあさればもう一つ別の何かを取り出した。
見ればそれは先程も使っていた形代だ。
「あっちも回収しとかないとね」
目を向けた先には妖魔のいた場所で静止する蝶の姿が。
彼が形代を向ければ、蝶はひらひらとその中へ吸い込まれていった。
「よし、これでこっちの回収も完了」
「それって、さっきの蝶ですか?」
「そ。実はこれ、僕が一から厳選した珍虫達を使って作られた御霊なんだ。今回は奴とも相性が合うと判断してね」
そう言うと彼は形代を私へと差し出した。
「持っておくといい。式神は僕が封印しちゃってもう君には返せないし。いざという時に役に立つ」
「でも…」
私なんかが貰っていいものだろうか。
形代とは言え、彼が創ったものだ。
さっきはあんなにも大きかった妖魔を倒してしまうほど強い能力を持っていた。
それを私なんかが使役できるとは到底思えないが。
「気にする必要はない。御霊は通常、形代に封印され体に憑依される心配もない。普段の僕ならまず使うこともないだろうし、君が貰ってくれるならそれに越したことはない」
「…で、ではありがたく頂戴致します」
私が差し出された神代を受け取ると、彼は満足そうに微笑んだ。