式神。
それは鳥や動物、時に人型へと姿を変えれば命令を忠実に実行するしもべとなり、その目的に応じて陰陽師が自在に使役していたものとされている。鬼神と称される式神は守護霊から、妖怪、悪心、人の魂と使われたものの性質や容姿は多岐に渡り、創造仮定において三つに分類されていた。

思業式神。
陰陽師の思想が込められ、その思念から創造された式神。
姿形を自在に変えることが可能で陰陽師の能力が強ければ強いほど式神の力を強化できるため、実力がダイレクトに反映される。

擬人式神。
主に紙札や藁人形、草木で作られた人形に霊力を込めて創られた式神。
意思を持つものは上位、持たないものは下位とされ、式札が術法によって使用されると使役意図に合わせた重複を可能とさせる。

悪行罰示神。
過去に悪行を行った霊を退治、服属させた式神。打ち負かし、自身の身に服従させても陰陽師の能力が低ければ逆に式神に飲み込まれてしまうため非常に危険度が高いともされている。

あれから一体どれほどの時間が経ったのだろう。
真っ暗な森の中、木々の間からは月明かりが零れれば辺りを照らし始める。
今、私の目の前には唸り声をあげる化け物が一匹と何処からか現れた謎の男性が一人。
一体、これから何が始まるというのか。
私は緊張の面持ちで相手の行方に意識を集中させていた。
「これはまた…随分と手荒にしてくれたものだな」
「ア゛ァ?なんだ貴様…退け、女をグわせろ!」
彼は尚も式神を喰らい続ける怪物の姿にやれやれと顔を呆れさせた。そんな彼の存在に気が付いた化け物は手からは式神の残骸を離して立ち上がる。
次の瞬間、口からは黒い瘴気の魂を吐き出せば彼に向けて勢いよく放った。
「おっと、そうはさせないよ」
男性は手をかざしてこれを遮れば向かってきた瘴気の魂はその場で散る。見れば彼の正面には謎の結界盤が浮かび上がっていた。
「…お前、もしや陰陽師カ?」
自分の攻撃をもろともしない彼の様子に化け物は驚いていた。
「おや、妖魔にしては珍しい。意思を測れれば僕の正体にも気づいたか」
怪物はピタリと動きを止め、攻撃を中止させれば暫くは彼を見つめていたが、何かを感じ取ったのか徐に口を開いた。
「…陰陽師ダァ。アァ…ニグダらしい。二グタらジい過去の象徴物が今我の目の前にオル。貴様ら一族が昔、我ら妖族にしたゴト、ゼッタイに許さん!!」
怪物は怒りの籠った目で体を巨体化させた。
ガチガチに固まった肉体で上から見下ろすようにして威嚇すれば、強い瘴気を吐き出した。
周りには黒い靄が立ち込め、視界を狭める。
離れていても感じ取れる、腐敗の進んだような強い悪臭には思わず私も顔をしかめた。
「はは、まあ君がそう思うのは仕方がないことさ。お前達、妖を祓ったのは我ら陰陽師を主体とした人間。この世に封印され、人間を食らうこともできずに憎しみ、飢えるだけの人生はさぞ過酷だっただろう」
「白々しい!!我ら妖を貶めた負の元凶め。貴様らさえ生まれてこなければ、我らの世はもっと強くあれたはずなのに!!」
怪物は怒り狂うと彼を凄い剣幕で睨み付けた。
そんな中、彼はどこまでも冷めた目で怪物の方を見上げていた。
「…へえ。だがその力を代償にお前達は過去、一体何人の罪もない人間を現世で喰らった?どうやらこれ以上、話しを続けるのも無駄なようだ。悪いけど、お前を今ここで祓わせてもらうよ」
怪物はその言葉を聞くと、可笑しそうに大声で笑い始めた。
「ガハハハ!このゼカイに生きる我ら妖に、たかが下級の陰陽師ゴトきお前に何かできる⁈あのドキとは状況がちガうゾ!!」
勝敗が決まっているかの如く笑い続ける怪物を前に、彼は静かに微笑んだ。
「…さあ、それはどうかな?」