何故あんなことをしてしまったのか自分でも分からなかった。
ただ会いたくて。
それでも会えない自分にイラついて。
やっとの思いで家へ帰った時、彼女の隣にいたのは自分であったはずなのに。自分以外に向けられた彼女の笑顔が脳裏に焼き付けば、嫌で嫌で堪らなく苦しくて。
気づいた時にはこうなってた。
「時雨」
「…」
そっと呼びかけてみても、時雨からは返答がない。
暫くして泣き止んだはいいが今度は黙ったまま反応がない。
「(どうすればいいんだ)」
こういう時なんて声をかければ正解なのかが分からない。俺はどうすることも出来ずにいた。
すると時雨はゆっくりとした動作で自分の腕の中から立ち上がった。そしてそのまま何も言わずに部屋を出ようと歩き出す。
「時雨?」
「…」
返事はない。
俺は怖くなって彼女の動向を見守っていた。
「…い」
「え?」
「白夜様なんて…大っ嫌い」
「!」
後ろを振り返った彼女は涙目になりながらそう俺に言えば、勢いよくその場を駆け出した。
「あ、おい!」
俺が呼び止めるよりも先に、彼女は部屋を飛び出せばどこかへと行ってしまう。
焦った俺は急いで後を追うようにして部屋の外へ出るも、既に彼女の姿はなかった。
泣かせるつもりなんてなかったのに。
俺はただ、お前の喜ぶ姿を見たかっただけなのに。
ガシガシと頭をかけばその場に佇むことしかできない自分の姿が情けなかった。
どうしてこうも上手くいかないのか。
いつだって空回りしてしまう自分が悔しくて堪らなかった。
「は、ほんと。だっせーな俺」
追いかけたいのに足が動かない。
そもそも俺には彼女を追いかける資格があるのだろうか。
俺とアイツは繋がっている。
だから何処へ行こうと透視すればいくらでも分かるはずだろ。だったらやはり、早く彼女の元へ行ってやるべきではないのか。一度はそう思い、足を動かそうとしたが直ぐに立ち止まった。
「(いや、ダメだ。今だけはこの力に頼るのは)」
犯した罪をこんな簡単に終わらせようとする自分に抵抗があった。
自分は時雨を傷つけた。
自分の欲情のためだけに。
本能のままに彼女の体を貪ろうとしたのだ。
ならば尚のこと、瞳の力などには頼らずに自分自身の手で探しに行くべきではないのか?
会ったらちゃんと謝ろう。
今度はしっかり仲直りをしよう。
アイツに触れられるように。
アイツが俺を触れてくれるように。
俺は覚悟を決めればその部屋を後にした。

***
外は暗く薄っすらと茂る森の中、私は一人歩き続けていた。
「う…うっ、、」
涙が止まらない。
拭いたそばから溢れ出る大粒の涙に癒えない心の傷。
嚙まれた部位がじくじくと痛めば悲しくて堪らなかった。時間帯的にも遅い、暗くなった森の中をただひたすら泣きながら歩き続けた。
走って走って走り続けて。
気がつけば鬼頭家の裏手に位置する森の中にいた。
「…ここ、どこ?」
走ってきたはいいが、ここはいつも来ている場所とは違ったようだ。
普段なら灯籠の一つや二つ、道の傍らに置かれていても可笑しくはないはずなのにここには何もない。
周りを見回してみても、暗い森が辺りに広がっているだけで不気味だった。
怖い、でも今だけはあそこへ戻りたくはなかった。
一体彼にどんな顔をして会えばいいのだ。
私はただ、貴方に会いたくて仕方なかったのに。
あの日から実に三日も経ったのだ。
その期間、ご当主様に会ってようやく自分を認めて頂いて。
青龍さんとも仲良くなって。
貴方の帰りを今か今かと待ちながら、改めてここで頑張っていこうと張り切っていたとこだったのに。
「あ、青龍さん置いてきちゃったな」
白夜様の部屋へ連れて行かれてせいで、彼の存在を置き去りにしてしまった。
突然いなくなって心配しているだろうか。
特にお香さん。
若干の申し訳なさを感じつつ立ち止まれば、やっぱり戻ろうと来た道を引き返そうとした。
「ア゛ァ…」
「え?」
突如、向こう側からは不気味な謎の声が聞こえてくれば、何かがこっちに向かって歩いて来る音がした。
だがよく見えない。
目を凝らして向こう側へと意識を集中させれば、足音が段々と近づいてくる。それに伴い、声の正体も徐々にハッキリとしてくる。
「グルルルル…ア゛ァ…ア゛」
「ひっ、な、何?あれ」