「ッ、なんでだよ…時雨」
「んっ、白夜様。お願い、話を聞いて」
何を言っても今の白夜には言葉の一つも響かなかった。
だたひたすらに、目の前の者を守れ、犯せと。
理性が暴走するのに時間は残されていなかった。
言葉を遮るかの如く、交わされる口付けの数々に時雨の意識が朦朧としていった。
それでも最後の抵抗をするため顔を横へ思い切り背ければ、白夜様の動きがピタリと止まった。
「ッ、ハアハア」
「…」
ようやく離れた互いの口からは熱い吐息が漏れ出る。
どちらの唾液かも分からない、そんな二人を繋ぐ銀色の糸が口元からは垂れ下がっていた。
荒くなった呼吸を必死に元に戻そうとする時雨だったが、白夜からは静かになったっきり応答がない。
だが次の瞬間、白夜はその胸元へ手をかければ帯をほどこうとしてくる。
「い、いや、何を!」
「…あんな奴にお前を奪われるぐれぇなら。ならばいっそ今ここで。その全て俺が全部奪ってやる」
「!!」
再び、両腕を一つにまとめ上げられれば白夜様の指がするりと太ももを撫でた。
その感覚にびくりと体が反応する。
彼はそんな私にニヤリと笑えば、いやらしい手付きで頬を撫でた。
「いや…やめて。お願いです、話を」
「話なら終わった後にいくらでも聞いてやる。だがそうだな、まずはアイツを殺すとこから始めるか」
「何、言って…」
そう言う彼のその瞳に光はこもっていなかった。
「簡単に殺してなんかやるかよ。アイツが二度とお前に近づけねぇよう。その思い出も過去の記憶も全て。全て俺がこの手でじっくりと殺してやる」
本能のまま、目の前にいる獲物と狙いの標的物へと向けた苛立ちと激しい怒り。
妖力の気配は強まれば、辺りに置かれた物がその振動に耐え切れず、悲鳴をあげるようにしてガタガタと音を立て始めた。
私を射貫くその瞳は暗闇でもハッキリと分かる。
淡い、アメジスト色に光り輝いていた。
「(ダメだ!とてもじゃないが、今の彼は正気ではない)」
嫌だ、どうして…
なぜこんなことになったの?
一体、私が貴方に何をしたのだ。
怖くてたまらないのに何も言い返せない。
その瞳からは目を逸らすことができない。
抵抗も虚しく、ついに白夜様は私の胸元を大きく開けばそこへ顔を近付けた。
「い、いや!お願いやめて!!」
「なあ、いい加減大人しくしてろって。お前がいい子でいるうちは痛くしねぇからさ」
白夜様は冷たい瞳でこちらを見つめた。
私は顔を真っ青にさせながら必死に懇願した。
「誤解なんです!彼はそういうんじゃ、」
「ま~たソイツの話かよ。もういいや」
「ああ!!」
白夜は溜息を付けば、時雨の胸元へと顔を近付け、思い切りそこを噛んだ。
「ッ!(痛い!!)」
じくじくとした痛みを感じれば、目の前がチカチカする。彼は嚙んだ部分を勢いよく吸い上げると口を離して、今度は私に口付けしてくる。
「んんっ、いや!」
「…チッ」
いやいやと首を振り抵抗すれば、白夜様は舌打ちをした。そして今度は私の首元へと顔をうずめる。
「あ…いっ!」
ガリっとした感触の後、私は首を思い切り嚙まれた。
ずぶりと突き刺さった牙のような感触。
たらりと首からは赤い血が滴り落ちた。
白夜様はそれを見れば再び首元へと顔を鎮め、その血を舐め上げる。
「い、痛い。放して…」
痛くて仕方がない。
私は必死になってバタバタと足を動かすも、上から押さえつけられてるとあってか体は動かすことができなかった。
「はは、やっぱ甘いな。お前の血は」
ぺろりと舌なめずりをした白夜様が冷たく私に笑った。
血を舐めれば今度は口付け。
また血を舐めれば今度は胸元。
感情の籠らないその瞳が捕食する行為は堪らなく痛く、末恐ろしいものだった。
私の目には自然と涙が溢れた。
「…いや、もうやめて」
「!!」
「怖い、怖いよ…」
その一言で白夜はガバリと身を起こせば目を見開き固まる。ハッとした表情で時雨を見つめれば、そこに映った彼女の姿にみるみる顔を青くさせた。
拘束された手は圧迫を受けたせいか内出血している。
首や胸元は痛々しい噛み痕と赤く染まった痕が残る。
自身の牙で深く刺したであろう、首元からは赤い血が未だ滴り落ちていた。
「し、時雨…。お、俺は」
正気に戻ったのか、慌てて上から飛び降りた白夜に時雨はもう限界だった。溜め込んでいた涙がどっと溢れ返れば、わあっと泣き出した。
「怖い、怖いよ!!」
「時雨、ごめん、ごめんな!!俺、なんであんなこと」
白夜は慌てふためいて、時雨を起こせばギュッとその身を抱きしめた。
一体自分は何てことをしでかしてしまったのだろう。
必死になって自らが犯した過ちを深謝する。
だが時雨は泣き止むことなく声を出して大声で泣いていた。
「酷い、白夜様はあんまりです!!ずっと会いたかったのは私の方なのに。なのにこんな…こんな仕打ちを受けるだなんて!」
「時雨…。ごめん、ごめんな…」
取り乱した様子でブルブルと震えながら泣き続ける彼女を腕にかき抱く。白夜は罪悪感だけが残る頭で顔を真っ青にさせると何度も謝罪をし続けた。