三日間ぶりだ。
ようやくお前に会えるとこの胸の高鳴りを抑え、いざ目の前の扉を開けてみればそこにいた人物に目を疑った。
「あ゛?誰だテメェ」
男だ。
俺の知らない男が時雨の側に座っていた。
口元を黒いマスクで覆い隠し、目が合えば冷ややかな目線でこの俺を威嚇していた。
だが次の瞬間、時雨を見るとニコリと微笑みその面影を無くす。彼女を見れば、そんな彼には気づくこともなく素知らぬ顔で微笑み返している。
そんな二人の姿に俺の中では何かが切れた。
「あ、白夜様!お帰りなさいませ!」
時雨は立っていた俺の姿に気がつけば、パッと嬉しそうに顔を輝かせてパタパタとこちらに向かってやって来る。
「時雨…お前、まさか」
「え?あ!」
「時雨殿⁈」
そっからの行動は早かった。
俺は持っていた荷物を床へと落とせば、その様子に驚く彼女へ一気に距離を詰めた。その身を肩に担ぎ込めば、後ろから聞こえる男の声には無視をして一気に自室へと飛んだ。
「(あの男は一体なんだ⁈俺のいない間に…)」
可笑しくなったのか、自分でも訳の分からない様々な思考が頭を駆け巡る。パニックに近いのか冷静さに欠け、正しい判断の一つも出てはこない。
気分はどんどん焦る一方だ。
「白夜様、一体どうされたのですか⁈いえ、まず下して下さい!」
何が何だか分からず、ジタバタと暴れる時雨を片手越しに感じつつ、俺はそれを無視すれば奥へと繋がる寝室へと歩いていく。
扉を乱暴に開け放ち、ドカリと布団の上に彼女を下せば困惑気味の瞳がこちらを見つめていた。
「…白夜様?」
時雨は不思議に思い、上を見上げればそこには怒った様子の白夜がいた。顔からはゴッソリと表情が抜け落ち、怒りの籠った目だけが自分を捉えて離さない。
その姿に時雨はびくりと震えた。
「浮気か?」
「え?あ、」
白夜は瞬きする間もなく時雨を押し倒されれば、その場に組み敷いた。
「俺がいない間に浮気とはな。随分勝手なことしてくれてんじゃん」
「白夜様、何を言っ…ッ」
冷ややかな目で白夜は笑えば時雨の腕を一つにまとめ上げ、高い位置で固定する。手首にかかる力は強く、振りほどくことも動かすこともできない。
痛みを感じた時雨は思わず顔をしかめる。
「い、痛いです。放し…」
「あの男は誰だ?なぜお前の部屋に男がいる?三日会えなかった俺を差し置いて浮気とはな。まさかこの俺が浮気されるだなんて、夢にも思わなかったわ」
浮気?何を言っているの?
彼の言っていることが分からない。
私はただ、青龍さんと一緒に貴方の帰りを待っていただけなのに。
何とか誤解を解こうと彼を見つめた。
「白夜様、あの子は私の「…ねぇ」え?」
慌てて説明しようとすれば、それを遮ぎるようにして白夜様が顔を近づけてくる。お互いの距離が一気に近づくと、視界いっぱいに広がった彼の美しい顔に私は思わず息を吞んだ。
だが様子が可笑しい。
いつも向けてくれる甘い顔とは違う。
ギラギラとした目。
何かを狙い定めるかの如く、上から見下ろす顔が私を見つめる。その姿はまるで…。
「渡さねぇ。お前は誰にも…」
まるでその姿は獲物に飢えた一匹の獣のようだった。
「び、白夜様?」
私が問いかけてみても返事はない。
ただ一人、ブツブツと呟く彼に並ならぬ恐怖心を覚えた。
「お前は…お前は俺のもんなんだよ!その心も、体も。全部、全部だ!」
「!」
「渡さねぇぞ、誰にも渡さねぇ!」
彼は苦し気な瞳でそう声を荒げれた。
私を縛る手の拘束はどんどんと強くなっていくのを感じる。それに比例するように腕の痛みも強まっていく。
私はどうにか彼を上から退けようと試みるも、男性の力に適うはずもない。
「で、ですから、さっきから一体何の話を」
「その唇も許したのか?」
「…え?」
白夜様はピタリと動きを止めれば、拘束していた手を解いた。そして驚く私の顔をジッと見つめていたが、軈てその長い指で私の唇をするりと撫でた。
そのまま私の目元を手で覆えば、乾いた笑みをこぼす。
「はは、でも残念。渡さねぇし許さねぇよ?お前が他のもんを見つめんのも。誰かがお前を見つようとすんのも。お前は永遠に俺だけのもんだから」
「ッ、」
少しだけ開け離れた目元からは、光り輝くアメジストの瞳がこちらを覗いていた。
妖力を垂れ流して上から威圧すれば、私の体は自然と硬直してしまう。
「…白夜様、…んっ!!」
次の瞬間、白夜様は私の顎を掴めば口付けをしてくる。
あれ以来、キスすることなんてなかった。
私はその行為に目を見開けば、慌てて彼を上から退けようと胸板を押すもピクリとも動かない。
それどころか私の頭をもう片方の手で固定すれば、顎に添えた手を離すことなく方向を変えて何度も深い口付けをしてくる。
「んんっ…ちょ、やめっ、」
こんなに深いキスをされたのは初めてだった。
どうしたらいいのか分からない。
息は絶え絶えで、上手く呼吸ができない。
そのせいか脳に酸素が回らずぼんやりする。
苦しくてたまらない。
「いや、」
「…」
それでも白夜様が口付けを止めることはなかった。
動くことも逃げることも許されない。
私にはもはや、抵抗の意など残されていなかった。