「何が何だか意味分かんねぇけど、鬼頭家の土地で勝手なことしてんじゃねぇぞ」
白夜は体から妖力を少し垂れ流しにして相手を威圧する。周りにいた者達は、その強い妖力の気配に思わず体が硬直してしまった。
妖魔もまたその妖力に息を吞むと、ふらりと白夜の方へ近づいてきた。
「ア゛ァ?…人間だ。人間の…娘の二゛オイがする」
「!」
近寄る姿に警戒していた白夜だったがその言葉に驚いた。
「(まさかこいつ…俺の体から漂う時雨の気配に反応しているのか?)」
彼女とは契約後、お互いの力が流れている。
体から僅かにでも匂いが零れぬよう、徹底していたつもりが…コイツはその間を嗅ぎ潜ってきたということか⁈
「アァ…二ンゲンだ。寄越せ…そのムスメを寄越せ"」
「…」
「その肉グわせろ…。ア"ァ~肉がグイたい…寄越せ。ゾイヅ食わ゛せ"ろ!!」
「若様!!」
ユラユラと近づいて来た妖魔は突如として勢いをつければ、白夜へと飛びかかってきた。
そこに理性はなかった。
周りはこれに悲鳴をあげたが、本人は余裕の笑みで攻撃を避ければ手からは鬼火を放った。そして再び襲い掛かろうと向かって来る妖魔へと飛ばした。
「ギャーー!!」
妖魔は鬼火にあてられると苦しそうにして倒れ込んだ。
燃える体を仕切りに消そうと転げ回るが炎は勢いを増す。
そんな姿を白夜は冷ややかな瞳で見つめていた。
「食わせろ、ね。なんとも化け物らしい発言じゃねぇか。下位の分際で。俺様の花嫁に手を出そうつーなら容赦しねぇぞ」
白夜は瞳の笑わない表情で、げしげしと妖魔の体を踏んずけた。妖魔は鬼火で燃える体と彼の圧倒的な力に弱り切り、抵抗すらできずに低く唸り声をあげるばかりだ。
「鬼頭家の花嫁がテメェ如き、化け物に食われてたまるかよ。何が原因でこうなったかは知んねぇが、俺は今すんげー気分悪ぃから楽にいけるだなんて思うなよ?」
「アァ…肉…がグイた…い」
「チッ、まだ言ってんのかよ。もういいや、お前」
どのみち一回こうなってしまえばもう助からない。
朽ちることもせず、ただただ人間を求めていくだけ。
本能のままに肉を貪り、理性さえ失った体で一生さまよい続ける。
化け物になるとはそういうことだ。
だがこのままほっとくわけにもいかない。
鬼頭家が治めるこの地で問題を起こせば、他の者達へ被害が拡大してしまう。
ならばここで楽にしてやるほかあるまい。
白夜はその姿に呆れ、溜息をつくと早々に始末してやろうと手をかざした。すると炎は消え、そこには黒焦げの妖魔だけが倒れていた。
「はあ…」
息の根は消えているのかびくりとも動かない。
それを確認して立ち上がれば、周りからは歓声があがった。
「若様が妖魔を退治なされたぞ!!」
「流石ですな~。やはりあの方は鬼神様だ!」
四方八方から浴びせられる自分へ向けられた称賛の声。
色めき合う女達の声。
白夜は冷たい瞳でそれら全てを一瞥すると客から荷物を受け取り、それ以上その場の客達には目も向けずに歩き出した。
「…ああ、だから嫌なんだ」
嬉しくもなかった。
疲れているのか気分は最悪だった。
見守ることしかしない民衆も。
化け物の存在も。
自身の愛する者に向けられた、愛情とは真反対なクソのような感情も。自分を呼び止める客達の声には無視をすれば、通りをひたすら歩いていく。
「…時雨。ああ、俺の時雨」
愛しい彼女の名を呟いた。
ああ、会いたい。
たまらなく愛おしいお前に。
あんな感情如きに彼女を失うことだけはこの俺が許さない。
こんな姿の俺を見たら怖がらせてしまうだろうか。
たった今、俺は一人の妖を殺してしまったのだ。
だが怖がられてもいい。
それでもお前に会いたくて仕方がなかった。
働かない頭で妖術を発動させれば鬼頭家まで飛んだ。
目の前に佇む鬼頭家を見上げると静かに笑った。
ようやく帰ってこれた。
「若様がお戻りになられました!!」
中に入れば使用人達がこちらに向かって一斉に頭を下げた。タイミングがいいのか、そこにはお香の姿もあった。
「お香、アイツは?」
「お帰りなさいませ、時雨様でしたらお部屋の方に。首を長~くして若様をお待ちです。早く行って差し上げて下さい」
その言葉で俺の機嫌は最上級に高ぶった。
さっきまでの不機嫌さが噓のように消えていく。
ニヤニヤするお香に見守られ、部屋へと続く廊下を早足で進んでいく。
やっとだ。やっとお前に。
「時雨!!今、帰っ…あ゛?」