外はすっかり暗くなっていたが繫華街のため、夜でも明るく多くの者達で賑わっていた。沢山の店が立ち並び、店の中からはしきりに客を呼び止める声が聞こえる。
「ま、こんなもんだな。これでようやく帰れる」
この三日間は白夜にとって地獄のような時間だった。
代理を務める身とあっては外部調査も致し方無いことであるが。
だが時雨との時間が設けられず、側で見守ることが出来ないせいか危ない目に遭っていないか心配で堪らなかった。
早く帰ってこの腕で抱きしめてやりたい。
今まで会えなかった分、今日こそは何としても一緒に居る時間を確保したい。たくさん話した後は一緒に寝れたらいいななんて、吞気に考えつつ帰路を急いでいた。
「きゃあ!!」
「!」
突如、前方からは女性の悲鳴が聞こえてきた。
見れば通りの向こう側、道の真ん中には人だかりが出来ていた。
「あ?なんだあれ」
正直早く帰りたいとこだったが、通り道ともあってか行かざる負えない状況。仕方なくそちらへと歩いて行けば、側にいた一人に声をかける。
「おい、これは一体何の騒ぎだ」
「こ、これは鬼頭の若様!!いけません、ここは危険です。早くお逃げ下さい!」
「あ?テメェ、一体何言って…!」
俺の姿に突如、慌て出した客達を不思議に思い、事の発端となっているであろうそちらへと目を向けてみる。
だがそこには信じられないものが映っていた。
「ア゛ァ…。グルル、、ァ゛」
見れば道の真ん中では一人の客が、女へ襲い掛かろうとしているのが見えた。
だがどこか様子が可笑しい。
血走った眼光と体からは黒い瘴気を放っている。
息も苦しそうで、もだえながら獣のような唸り声をあげている。意識は朦朧とし、正気を失っているのか今にも女に飛びかかろうとしていた。
「は?なんだよあれ」
「皆、逃げろ!!妖魔だ、妖魔が出たぞ!」
客の一言で他の客達は一斉に悲鳴をあげればその場から逃げ出す。
俺は訳が分からず立ち尽くす。
「若様、お逃げ下さい!妖魔です!」
「は?妖魔って…まさかアレ、妖が邪気に耐え切れずに憔悴化した姿か⁈」
妖は妖力と比例して邪気を生み出す。
邪気は妖にとって非情に有害なもの。
耐性が効かなくなれば体は朽ちて、やがては死んでしまう。そんな中でも一番厄介なのは、死ねなかった場合のパターンだ。
だが花嫁のお陰で空気は澄んでいるはずなのに。
「…おい噓だろ。妖が化け物になりやがった」
白夜がその姿を見たのは生まれて初めてのことだった。
その姿から目を離すことができない。
花嫁との契約の力が有効な今、隠世の妖が邪気に侵されるだなんてこと。
そんなのは絶対に有り得ないというのに。
一体、何がどうなっているというのだ。
「あぁ…いや。だ、誰か…誰か助けて」
女は目の前にいる妖魔にすっかりおびえ切ってしまい、座り込んだ姿勢のまま動けないでいた。
必死に周りに助けを求めるも、周りは妖魔の姿に恐れを成し、逃げるか遠くから見守ることしかできない。
何より、化け物の体から出る濃い瘴気の邪気には必死に鼻を抑えていた。
「…ったく、面倒ごとばかり起こしやがって」
「若様?」
「おい、これ持ってろ」
白夜は側にいた客に持っていた袋を預ければ、ずかずかと道の真ん中まで突き進んでいく。
突然現れた白夜の存在に妖達は驚くとその動向を見守っていた。
「わ、若様⁉いけません、お戻り下さい!」
「鬼神様、それに近づいてはなりません!!」
客達のそんな声には耳を傾けることもなく、白夜は妖魔となった妖の元まで近寄る。
「おいテメェ、勝手な真似してくれてんじゃねぇぞ」
「ア゛ァ…き、鬼神…」
「へ~、化け物になっても俺のことは分かるみてぇだな」
白夜は半ば挑発気味に妖魔へと話しかけた。
妖魔は女から白夜へと標的物を変えれば低い声でうなり始めた。ハアハアと息を荒げ、吐き出すごとに口からは黒い邪気をこぼす。
その濃い邪気に白夜は思わず顔をしかめた。