そうだ、所詮用意したとこで無駄。
よっぽどのことがなければ、この男が資料に目を通す機会なんて早々ない。それほどまで、仕事という概念には放棄的な態度を表しているから。
でも何をやらせても、その余裕気な顔はぶれることがなかった。
「…また使ったのですか?」
その瞳があればこそ、何も見なくとも全てが見通せると?
だがそれは貴重な能力なのだ。
本来ならば、こんなことに使用するのは正直控えて頂きたいとこなのに。
「その瞳がどれほど貴重なものか。全く何度言ったら」
「あ~時短時短。つーか、んな薄っぺらな資料送ってきたとこで意味ねぇってそれ。ならわざわざこっちが顔出す義理ねぇよ」
徹夜はそんな言葉に書類へと目を向けた。
するとタイミングよく、お目当ての資料は一番上に乗っていた。
この会社は近年、事業を拡大しつつある大手企業の一つだ。最近になってからは鬼頭家との繋がりを持とうと拍車をかけ始めている。契約すれば鬼頭家にとってもそれなりに悪くはない話だと思っていたのだが。
どうやら我が主人はお気に召さないよう。
「本当にやめるんですか?」
「お前、その資料ちゃ~んと見た?よく見て見ろ、ご丁寧にこんな見合いの釣書まで送付してきやがって」
白夜はそう言い、徹夜の元から資料をひったくると数枚資料をぺらりと捲り、あるページを開いてみせた。
するとそこには女性の顔写真が。
いつの間に目を通していたのか。
「契約ついでに娘を嫁がせ、力つけようと悪足搔きしてんのバレバレ。しかもコイツ、噂では専らの親バカらしいじゃん?」
確かに噂には聞いたことがある。
この会社を経営する男には娘が一人いるようで、男はたいそうこの娘に心酔し溺愛しているようだった。
しかも最悪なことに、以前何気なく娘が一人外出中のところ、ふらりとそこを通りかかったらしい我が主人に、娘は見事にハートを撃ち抜かれてしまったという話だ。
それからは寝ても覚めても彼のことが頭から離れないと、哀れに思った父親が事業と並行して見合いを持ち掛けてきたという算段か。
「貴方もつい最近まで見合い話が絶えませんでしたからね。しかしまた鬼頭家へ見合いとは。なかなか酷なことをなさる」
「権力もねぇうちから人の顔色伺おうなんざ、百年早ぇつーの。ほんとそういうとこ腹立つ」
「ですが調べたところによりますと、娘は心底貴方様に心酔気味のご様子。最近では食事も満足に喉を通らないと聞きますが」
「は?気色悪ぃ。だから行きたくねぇんだよ。変に勘違いされても後々面倒だ。社風すら惹かれねぇし見込みなしだ」
うげっと顔を歪ませ、盛大に溜息をついた様子を察するに、本気で契約する気はないようだ。
「まあ、今回ばかりは私もどうかと思いましたがね」
「だろ?んなくだらねぇ取引に馳せ参じる義理はねぇ、シカトこいてろ。その紙くずは後で捨てとけ」
もしや面倒ごとがここまで大きくなったのって。
ある意味アンタが仕事放棄してまでぶらつくことがなければ、未然に防げていた話ではないのか?
まあそんなこと口が裂けても当の本人には言えないが。
「あーどうすっかな~。こっちも似合いそうだし」
「…」
一体、この男はさっきから何をしているのだ。
本来ならば長時間立ち止まることもない。
いかにも女性専用の品が立ち並ぶブース通りを男が二人。どうにも居心地が悪いったらない。