最高冠位と評された逸材が再びこの地に現れた。
それは鬼頭家にとって、大いなる力への地位確立と今後の立ち位置を再確認するに相応しい材料が約束されたのだ。
彼がいる限り、妖達のパワーバランスは乱れることなく一定を保ち続ける。下手に近づき鬼頭家の怒りを買うよりも、与えられた場所で大人しくするほかなくなったからだ。
脅威と羨望が期待される白夜様の存在は、王家でさえその存在を要注意人物と捉えるほどだ。彼が生きている限り、この世のバランスが乱れることはない。
だが、ご当主様はその結果として愛する人を失った。
例え世界に貢献しようとも、唯一愛した女性が子供と先の未来を思い、自らの命を絶ってしまったことを悲しまずにはいられるだろうか。
「…後悔か。してないと言えば嘘になるかもしれん。だが白夜が生まれた日を憎んだことは一度だってなかった。これでようやくアイツは母親として。私は父親として、当主としてその役目を果たせたのだから」
ご当主様は笑いながら私へと微笑んだ。
自分の子供を守るため、その命を犠牲にしてでも役目を果たし最後には花のように散っていった母親。
今思えば母上もそんな人だった。
未来を思い、術師との接触をしてまで私を最後まで守り抜いてくれた。
やはりどの世界でも子を持つ母は誰よりも強い。
「ここは私が手持ちの妖力から構成した精神領域だ。気休め程度ではあるが、時間が止まるここに居ればこの命も多少なりと保つことができる。まだ死ぬわけにはいかぬ。やらねばならぬ役目が私には残っている」
「役目?」
「近いうち、正式に白夜を鬼頭家当主へ任命するつもりでいる。そうなればアイツには、そなたとの正式な婚姻を結ばせねばならぬしな」
「ご当主様…そ、それは」
白夜様が鬼頭家当主に正式に任命されれば、次に決まるのは結婚事情。
それはつまり、鬼頭家の正妻として。
隠世を共に背負うに相応しい人材が、正式に国によって認められるということ。
それが意味するのは…。
「何もかもが投げやりで、自由気ままな態度には何度頭を悩まされてきたことか。だがそんな息子が、今回自分の意で初めてそなたを花嫁として認めた。ならば私が言うことはもう何もない。そなたに白夜を任せたい」
「!!」
「そなたを次期鬼頭家当主の妻として。現鬼頭家当主であるこの私が正式にそれを認めよう」
深夜は向き合ったままの姿勢を正せば、時雨にそう告げる。
時雨はただただ驚くばかりで言葉が出てこなかった。
鬼頭家当主が自分を白鬼の妖の妻として認めた。
今は驚くばかりで頭では何も考えられない。
「異能力は妖にとって、今後の世界を左右させるうえでも極めて貴重な力の源。強い妖にはそれだけ強い異能が必要となる。白夜の場合、それが保てないのであれば邪気をくらい続け、いずれは醜い化け物に変幻するやもしれん」
「!!」
「だが先のことなど誰にも分からぬ。今はただ愛する人をこの手で見つけ、自身の意で世界を変えようとする我が子に反対する義務は私にはない。ならば息子にはそちの力が必要じゃて」
「ご当主様…」
「どんな未来が来るかは分からぬ。それだけ白夜の存在は大きすぎるのだ。最悪の場合、隠世は滅びてしまうかもしれぬ」
「ッ、」
「だがそれでもアイツには未来を生きる義務がある。どうか息子を支えてやってはくれぬか?」
真剣染みた顔からは、いつも放つ妖力とは対照に強い威厳を感じられた。
比較的落ち着いている様子には何ら変わりはないが。
感じ取る気配は鬼頭家当主そのものだった。
圧倒的な支配力と自身の息子へと向けた温かい親心。
それら全てを背負った鬼の姿が目の前にはあった。
「ご当主様」
私は約束した。
この先どんな未来が起ころうとも彼と共に生きていくと。その意を再確認すれば、私はご当主様へと向き直り深く頭を下げた。
「ご承知の通り、私には異能がございません。それは今後、あの方を支える上では最も深刻な影響を及ぼすこととなるでしょう」
だがそれでも…。
「それでも、私は彼と共にこの世界で生きると固く約束致しました。ならば私はどんな事があろうとあの方のお側に。そのお役目、謹んでお受けいたします」
そんな私の様子にご当主様は静かに微笑めば頭を撫でた。頭を上げれば視界に映る、真っ赤なその瞳には優しさの籠る眼差しが入り混じっていた。
私はそれに酷い安心感を覚えれば、ご当主様へと微笑み返したのだった。