「ッ、時雨殿⁈」
青龍さんは目の前に割り込んできた私を視界に捉えると慌ててその腕を寸前のところで止めた。
見れば刀剣は私の頭ギリギリのラインで静止されているのが確認できる。
「あ、危なかった…」
「な、なんという無茶なことを!!もう少しで切ってしまうとこでしたよ!」
「ご、ごめん。ご当主様が危ないと思ったら体が勝手に」
あと少し遅れていたらご当主様の身が危なかったかもしれない。
こればかりは冗談では済まされない。
そう思った時には既に体が動いていたのだ。
「勘弁して下さいよ…。一歩間違えれば、僕は大切なご主人様をこの手で失っていたかもしれない」
「本当にごめんなさい。でもご当主様を切ろうだなんて、そんなの絶対にダメだからね!!」
慌てた様子の青龍さんに、一括お説教を入れれば彼はしょんぼりとした態度で大人しくなった。
「は!ご当主様、お怪我はございませんか⁈」
私は慌てて後ろを振り返れば、ご当主様は比較的落ち着いた様子で私達の様子を観察していた。
「ああ、問題ない。鬼頭家当主であるこの私が、こうして誰かに庇われたのは初めてのことだ。はは、誠に面白い子じゃな」
ご当主様はそう言うと愉快そうに笑い始めた。
その余裕気な様子には思わず悔し気に眉をしかめる青龍さんだったが、私が怒りの目を向ければ大人しくなる。
「…どのような形であれ、ご当主様の身に何かあってはなりません」
「なるほど。確かに何事にも動じないその心意気に偽りはなかったようだな。例えソイツに私を殺すことができなくとて、そちはどんな結果であれ、私を庇おうとしたことに変わりはなさそうじゃ」
「え?」
私は驚き、青龍さんの方を見てみれば、彼は「はあ」と大きく溜息をついた。
「アンタを殺したくても、この領域に居たんでは俺の攻撃も無効。領域の中ではそれを形成する者に対してこちらは圧倒的不利。神獣とて敵わない」
この世界は深夜が作り上げた特殊な精神領域。
そんな領域内で圧倒的な力を誇るのは、それを形成させた深夜本人であって領域内に引き込まれた外部者からの攻撃はまず敵わない。故に、ここでの支配権は全てが深夜次第というわけである。
青龍の攻撃に動じなかったのはそのためだ。
「もお~それを分かっていながら何故あんな真似したの?一歩間違えれば大惨事になっていたのよ⁈」
「…どんな形であれ、この鬼は時雨殿を侮辱しました。大事な我が主君があんなにも傷ついたお姿。僕には耐えきれなかった」
「…青龍さん」
私のためにそこまで…。
尚も悔しそうにグッと握り拳を作る青龍さんを見ていると、どうしても責めることはできなかった。
だが今後を考えれば、やはり彼には厳しくするのも主人としての役目なのかもしれない。
「ありがとう。私の為にそこまでしてくれたってことは十分伝わったよ。でも、例え青龍さんでも私の大切な人達に手を出すことだけは許さないよ」
「!時雨殿…」
「ご当主様、今回はうちのものが大変失礼致しました。彼には後で私からよく言っておきますゆえ、どうかお許し下さい」
私は失態をしでかした青龍さんに代わり、ご当主様へと頭を下げた。
「よい。今回はやり過ぎた私の落ち度でもある。白夜の話だけでは、本当にそなたを信じていいものかが正直分からなかったのじゃ」
「…ご当主様」
「私ももう先は長くない。そうなった時、アイツには次期当主としての役目がある。鬼頭家を背負うということは時代を引き継ぐということ。生半可な側目を置かせるわけにはいかんのだ」