「時雨殿、着きましたよ。起きてください」
ゆさゆさと揺さぶる感覚に目を開けてみる。
見ると視界に移るのは木製の天井をバックにこちらを見下ろす青龍さんの姿。
よく見れば彼の膝上に頭を乗せた状態で、私は頭を撫でられているではないか。
「ご、ごめんなさ~い!」
慌てて飛び起きれば彼は名残惜しそうに膝を見つめていた。だが不意にこちらへと顔を向ければ微笑んだ。
「いえ、自分の膝にご主人様を乗せて頭を撫でるというのは何とも気分が良いものですね。気持ちよかったですか?」
「ッ//」
は、恥ずかしい…。
まさか自分が異性の膝の上で寝てしまう日がくるとは。
いや、異性といっても彼は神獣だしな。
そこは別にいいのだろうか?
だがマスク越しとはいえ、彼は妙にお顔が優勝している。平然な顔でそんなことをさらりと言われ、恥ずかしがらない女性が何処にいる。
「はは、時雨殿。さては照れてますね」
「て、照れてなんかいないもん!」
「ふはっ、もんって。なんとも可愛いらしい」
吹き出す青龍さんについムッとした顔を向ければこちらへと伸びてくる白い手。
その手はするりと私の頬を撫でれば至近距離に彼の姿が確認できる。
互いに見つめ合うこと数秒。
私は顔を赤くすれば慌てて距離をとる。
「おやおや~?時雨殿、お顔が真っ赤ですよ?」
「ちょ、からかわないで!いいから早くご当主様のとこに行くわよ」
「おや、なんとも釣れない。ならばいっそのこと、この僕と結婚しちゃいませんか?」
「え?」
突然言われた告白の言葉に固まってしまうも、彼は私をジッと見つめていた。
「僕、結構本気です。それに少なくとも、あの鬼よりは貴方を幸せにして差し上げます」
「私は白夜様一筋ですし、彼以外の誰とも添い遂げるつもりはありません」
四神に求婚されてもなあ~
それはそれで困ってしまうではないか。
でも見るからに面白そうな顔をしてこちらを観察している。さては楽しんでやがるな。
「はは、それはそれは。ではまいりましょうか」
ひとしきり私をからかって満足したのか、青龍さんは立ち上がると手を差し出す。
私はムッとしながらもその手をとり、同じように立ち上がれば続くようにして歩き出す。
なんとも不思議なところだ。
構造的には鬼頭家と何ら変わりないようにも見える。
だが空は虹色にマーブリングされており、景色は何処までも続いていた。
「不思議なところだね」
「見たところ、ここは当主が形成する精神領域のようですね」
「精神領域?」
「妖が自身の精神に妖力を注ぎ込むことで展開させる異界の空間です。ここでは時間も止まっています」
見渡せば、確かに妙に周りが静かだ。
長く続く奥行きの木製でできた吹き抜けの長廊下をひたすら進んでいく。廊下は橋のようにも見えるためか、下は池となっており蓮の花が咲いていた。
「すごく綺麗な場所」
「時雨殿、当主は恐らくあちらにいるかと」
青龍さんが指差す視線の先にはひっそりと構える御殿が一つ。部屋に続く石階段を緊張の足どりで登っていく。
「時雨さんか」
「あ、お久しぶりでございます。ご当主様」