「何だと⁈藤宮家の巫女達は消滅したのではなかったのか?」
その言葉に男は驚きを隠せず、半開きの目をかっぴらけば分かりやすく動揺する。
「確かにその昔、神の血から生まれたとされる彼女達の存在は消滅したとも言われています。時代は巡り、今では御神の子が誕生する割合は1%にも満ちません。ですが生き残りがいたのです」
「…まさか」
男には思い当たるふしがあった。
壱都を見てみれば、ニコリと微笑んだままだ。
つまりはそれが肯定の意ということであろう。
「本人は上手く騙していたつもりだったでしょうが、私の御霊は誤魔化せません。それは陛下もよくご存知のはずです」
「まさか…信じられん」
まさかとは思っていたが、、、彼女が。
あれはたかが術師如きの異能など遠く足元にも及ばない、国でも屈指の力を誇る極めて重要な代物。
若干の違和感は感じつつ、見て見ぬふりをしてきたつもりではあったが。どうやら自分の考えはあながち間違ってはいなかったようだ。
「…死んだか。して、子の行方は?」
「無事です。神獣は彼女の元に」
「…そうか」
男は何処か安堵した様子を見せると気だるげに肩の力を抜いた。あの日、彼女を手元に置いておけばこうなることもなかったというのに。
だが今となってはそれも過去の話。
今さら何を思うことがあろうか。
「期限は?」
「まだ残っています」
「ならば見つけ次第、娘を藤宮家へ連れ戻すのだ。決してその血を途絶えさすでない」
御神の子が生きている。
今はそれだけでいい。
これを逃す手はない。
あるべき宝はあるべき場所にしまっておけばよいのだ。
「恐れながら陛下、娘に少々の問題が発生しております」
「問題だと?」
「はい。見たところ、純血の血が娘の存在を上手く囲っているようです。引き戻すには術師の力では少々手に余るかと」
「…鬼頭白夜か」
鬼頭家の噂は聞いていたが、やはり奴は生まれておったか。現世に目を向けるばかりでは、どうしても異界との通信に制限がかかるせいか碌な情報の一つ提供された試しがない。
こちらにしても、異界に住む奴らのことなど無関心。
娘さえ差し出し危害さえ加えられなければどうでも良かった。だが純血の血ともなるとそうもいかない。
奴の存在はいずれにしろ、かかる負担が大きすぎる。
「ふん、穢れた邪物め。奴らもまた厄介なものを生み出したものだ。…まあよい、そんなことは後にどうとでも出来る。今は娘達を最優先させろ」
「では、その許可を賜りたく」
「よかろう、綾瀬(あやせ)
男は枕元にいる自身の息子へと目を向ける。
「話は聞いたな。後のことはお前に任せたぞ」
「かしこまりました。では私達はこれで」
青年は美しい顔でクスリと笑うと綺麗に滴る髪をなびかせて立ち上がる。男へと一礼する壱都を引き連れれば、共にその場を後にした。
襖が閉じられると部屋には本来の静けさだけが残った。
男は天井を見上げ、「はあ」と深いため息をつくと左腕を上へと掲げた。
見ればそこには薬指にはめられた一つの指輪。
骨ばり、やせ衰えた指の中でも光を失うことなく銀色に光っている。
「…美椿、これがお前のやり方か。実に哀れなもんだ、そなたも…わしも」
目を閉じれば蘇る彼女の姿を暫く堪能する。
最後に彼女の姿を見たのはいつだったであろうか。
決して途絶えさせてなるものか。
今まで築き上げてきたこの地も。
自分の血も繋ぎとめておくためにも。
アレは息子の統治する世界には不必要なのだから。
どんな手段を使おうと、襲い掛かる脅威は徹底的に排除する。今度こそ、失敗は許されないのだから。