本来なら、白夜様の隣に立っていたのは妹の一華さんだった。現世へ戻り、彼とデートをしたあの日、私は彼女と再会した。
怖かった。
白夜様を見つめる彼女の顔はそれはそれは嬉しそうで。
見つめ合う二人の姿が頭から離れなかった。
「一華さんと会った日ね、本当は凄く怖かったんだ。もし白夜様が彼女を選んでしまったらって思うとどうにかなりそうで。本来なら、ここに来ていたのは彼女のはずだったわけだから」
一華さんからすれば、白夜様の存在は私が出会う遥か前から密かに想いを寄せていた相手だったのだ。
名前も知らず、声をかけることさえ叶わない。
だがそれでも、また会える日を願って。
ずっと探し求めていた相手にやっと出会えたあの日、その隣にいた私を見た時、彼女は一体何を感じたのだろうか。怒りと憎しみを含ませた顔で、私を睨みつけてきたのを今でも忘れられない。
だが白夜様を前に、一度その姿を見てしまえば忘れろという方が難しい。
それがプライドの高い術家の女性なら尚のこと。
仕切りに彼へと想いを寄せる彼女の姿に、この上なく酷い劣等感を覚えた。久野家の才女と称される彼女に無能な自分が勝てる要素なんて一つもなくて。
白夜様がこの手を振り切り、彼女の元に行ってしまったら。そう思ったら体が震えた。
「彼を信じていたはずなのに。でもいざ目の前に立つとどうしても不安で信じきれなかったの」
「でも若が選んだのは彼女じゃない。君だ」
また孤独になってしまうのだろうか。
泣きそうな程に逃げ出したい。
そんな意欲を必死になってこらえた。
それでも結果、白夜様が私の側を離れることはなかった。みじめな気持ちで俯き、怯えることしか出来なかった私を彼女から守ってくれた。
私の代わりに怒ってくれた。
心から救われた気持ちになったのだ。
「若は君と出会って本当に変わったよ。投げやりな前までの性格も君といると丸くなっちゃうし。それだけ若は君を大事に思っているってことだよ」
「そうかな?」
「ああ、八雲家での一件もそうさ。本来なら、妖が術家の家に踏み入るなんて自殺行為もいいとこなのに。それでも若はたった一人で君を救いに行くってきかなくてね」
私は彼に命を救われた。
だから今もこうして生きていられる。
身を挺して助けに来てくれたんだ。
やはり好きと言ってくれた彼を最後まで信じて良かったと思っている。
もう彼女達とも関わることはないのだから。
「若は時雨ちゃんが大好きだからね。心配しなくとも大丈夫さ」
「うん」
「だから今朝のことも許してあげたら?」
白夜様のことは好きだ。
今朝は平手打ちをしてしまったことに若干の申し訳なさは残っている。
が、つい鳳魅さんのペースに流されるところだった。
そうと来れば話は違うぞ。
「…その手には乗らないよ。結局のところ、胸を揉まれたのは私なんだから」
「ありゃま、いけると思ったんだけどな」
笑いながら鍋をかき混ぜる彼を軽く睨み付けた。
「もお、その表情、絶対に面白がってるわね⁈」
「だって~あの鬼神様がまさか、乳揉みの代償に平手打ちを受けるだなんて。そんなん前代未聞…クククククッ」
「ちょ、何がそんなに可笑しいのよ!!」
腹を抱えて笑いこける彼にたまらず言い返す。
冗談じゃない、一体何が楽しくてこんな話をしなくてはならないのか。
「もう…相談した私が馬鹿だったわ」
「ごめんごめん。君を怒らせるつもりはなかったんだ。許しておくれよ」
「…」
「あ、そうだ!じ、じゃあ!!今度の休み明け、若に頼んで一緒に妖都へ連れて行って貰ったらどうだい?」
「え?妖都??」
だんまりを決め込む中、鳳魅さんから言われた言葉に目を丸くする。
「ああ、なんでも今回の術家との騒動のせいで、鬼頭家と狐野家が王家に呼び出されたみたいなんだよね~。本当なら当主の深夜君が出向くところだけど、今回は若が代行するみたいよ?」
「え、どうして白夜様が⁈」
初めて聞いたその話題に思わず釘付けになる。
そう言えば白夜様も最近はやたらと忙しくしていたような、、、。
「あー、時雨ちゃんは知らないようだけど。ああ見えて深夜君も結構な歳だからね。あんな若くて綺麗な顔してちゃそうは見えないだろうけど。元々患っている持病があるんだ。最近はあまり部屋からも出れてないみたいだし」
「そんな…ご当主様が」
知らなかった。
妖の容姿では若すぎて本来の歳が分からない。
隣にいる鳳魅さんを見てみても成人後から少し経った若者にしか見えない。
「若が最近忙しくしているのもそのためさ。鬼頭家での仕事も今ではほぼ彼が代行している状態なんだ。若が鬼頭家の当主になる日も、もうそう遠い先の未来ではないのかもしれないね」
「白夜様…」
そうだ、白夜様は鬼頭家のご子息様なのだ。
分かってはいた。
いずれは三大妖家を背負うトップになるお方なのだと。
何だかんだ仕事への文句は言いつつも、定められた自身の役割には責任を感じているのだろう。
一緒の部屋で寝ていても起きれば隣にはもう居なかったり、日中も何処かに出かけているのか不在の日も多かった。
夜遅くに帰ってくることもざらにあった。
どうして今まで忘れていたのか。
となれば心配になってくるのはやはりご当主様の容態。
「私、後でご当主様のとこに行ってくる」
まだ数回しか会ったことはない。
だが会えば優しく微笑み頭を撫でて下さる。
自分が鬼頭家に居られるのも全てはあの日、対面した時に私の存在を歓迎してくてくれたご当主様のお陰だ。
「深夜君も時雨ちゃんが来てくれるなら喜ぶさ」
「うん。…ねえ鳳魅さん」
「んー?」
ふと、私はここにきて気になっていたことを思い出した。
「式神って未来を予知出来たりとかってするのかな?」
自身の中に宿る二体の式神が夢の中で言っていた言葉。
それがもし、何らかのお告げを意味するものだというのなら、、、
「未来予知?」
「うん、実はね」
私は夢での出来事を鳳魅さんに言って聞かせた。
彼らは基本、表の世界に姿を表さない。
何をもって具現化しているのかはサッパリだが、今回の言葉には何処かとっかかりを感じていたのだ。
「なるほど、式神がね…」
話し終えると鳳魅さんは興味深そうに考え込んだ。
「もう直ぐ迎えが来るって何のことなのかなって。言葉も最近になって漸く理解できたばっかだし、知識が浅すぎて何も分からないの」
「確かに式神の歴史は古い。あの有名な安倍晴明が使役していた式神のレベルとも同等ぐらいだとすれば。尚の事、邪険に扱うこともできないからねえ~…あ」
「?」
鳳魅さんは暫くして何かを思い出したかのようにポンっと手を叩いた。
「なら、尚のこと妖都に行くといいさ。あそこには図書館がある」
「図書館?」
「そうそ、隠世でも最古の大図書館。妖都都立文庫書館にさ!」