白鬼の封印師 二

本来、白夜の隣に立つ花嫁は妹の一華だった。
現世へ戻り、白夜とデートをする時雨は彼女と再会した。
酷く罵倒する妹が怖かった。
白夜を見つめる彼女の瞳はそれはそれは嬉しそうで。
見つめ合う二人の姿が頭から離れなかった。

「一華さんと会った日ね…本当は凄く怖かったんだ」

もし白夜様が彼女を選んでしまったら?
そんな不安が一瞬でも湧き上がってどうにかなりそうで。
だって本来、ここに来ていたのは彼女のはずだったわけだから。身代わりとして嫁がされてきた時雨とは違って、一華なら異能も素質もある。いつ役目を終えてもおかしくはなかった。
一華からすれば、白夜の存在は遥か前から想いを寄せていた相手。
名前も知らず、声をかけることさえ叶わない。
だがそれでも会える日を願って。
ずっと探し求めていた相手にやっと出会えたあの日、彼の隣にいた時雨を見て一体何を感じたのだろう。だが間違いなく、一華が向けた感情には怒りと憎しみがあった。
白夜を前に一度その姿を見てしまえば忘れろという方が難しい。
それがプライドの高い術家の女性なら尚のこと。
仕切りに白夜へ想いを寄せる一華。
そんな一華を気にも留めず時雨を想う白夜。
この上なく酷い劣等感を覚えた筈だ。
久野家の才女と称される一華が無能相手に負ける日が訪れようとは。
一体誰が想像できただろう。

「白夜様を信じていたはずなのに…。でもいざ目の前に一華さんが立つとどうしても不安で信じきれなかったの」
「でも若が選んだのは彼女じゃない。君だ」

また孤独になってしまうのだろうか。
泣きそうな程にここから逃げ出したい。
そんな欲望を必死になってこらえた。
結果として白夜は時雨から離れることをしなかった。
みじめに縮こまり、俯き怯えることしか出来なかった時雨を守ってくれた。
そして時雨の代わりに怒ってくれた。
心から救われた気持ちになったのだ。

「若は君と出会って変わったよ。投げやりな前までの性格も君といると丸くなっちゃうし。それだけ若は君を大事に思ってるってことだよ」
「そうかな?」
「ああ、そうさ。八雲家での一件でも。本来なら妖が術家に踏み入るなんて自殺行為もいいとこなのに。それでも若はたった一人で君を救いに行くって聞かなくてね」

そこまでして助けにきてくれたなんて…。
身を挺して自分を守ろうとしてくれたんだ。
やはり好きと言ってくれた言葉を信じて良かった。

「若は時雨ちゃんが大好きだから。心配しなくとも大丈夫」
「うん////」
「だから今朝のことも許してあげたら?」

白夜様のことは好き。
今朝は平手打ちをしてしまったことに若干の申し訳なさは残っている…が、つい鳳魅さんのペースに流されるところだった。

「…その手には乗らないよ?結局のところ、胸を揉まれたのは事実なんだから」
「あちゃ~いけると思ったんだけどな」

笑いながら鍋をかき混ぜる鳳魅。
時雨はムッとして軽く睨み付けた。

「もお!またその表情。絶対に面白がってるよね⁈」
「だって~あの鬼神様がまさか乳揉みの代償に平手打ちを受けるだなんて。そんなん前代未聞…クククククッ!!!」
「ちょ、何がそんなに可笑しいのよ!!」

腹を抱えて笑いこける鳳魅。
時雨は恥ずかしくなってたまらず言い返す。
冗談じゃない!
一体何が楽しくてこんな話をしなくてはならないのか。

「…相談した私が馬鹿だったわ」
「ごめんごめん。君を怒らせるつもりはなかったんだ。許しておくれよ」
「…」
「あ、そうだ!じ、じゃあ!!今度の休み明け、若に頼んで一緒に妖都へ連れて行って貰うってのはどうだい?」
「え?妖都??」

だんまりを決め込む最中、鳳魅から言われた言葉に目を丸くする。

「なんでも今回の術家との騒動が上にバレたみたいで。鬼頭家と狐野家が王家に呼び出されたみたいなんだよね~。本当なら当主の深夜君が出向くところだけど。今回は若が代行するみたいよ?」
「え、白夜様が⁈」

初めて聞いたその話題に思わず釘付けになる。
そう言えば白夜様も最近はやたらと忙しくしていたような、、、

「ん…時雨ちゃんは知らないようだけど。ああ見えて深夜君も結構な歳だからね。まあ元々患っている持病もあってか、最近はあまり部屋からも出れてないみたいだし」
「ご当主様が、、、」

知らなかった。
妖の容姿は若すぎて本当の姿が分からない。
隣にいる鳳魅を見てみても成人後から少し経った若者にしか見えない。それでも彼は百を超える妖。多くの妖は若作りをして美貌を保つようだ。

「白夜様が最近忙しそうなのって…当主様のことも含まれているの?」
「まあね。鬼頭家の仕事も今ではほぼ若が代行しているらしい。鬼頭家当主になる未来も遠い先じゃないのかもね」
「白夜様…」

白夜様は鬼頭家のご子息。
いずれは三大妖家を背負うトップになる。
何だかんだ仕事への文句は言いつつも、定められた自身の役割には責任を感じているのだろう。一緒の部屋で寝ていても起きれば隣にはもう居なかったり、日中も何処かに出かけているのか不在の日も多かった。
夜遅くに帰ってくることもざらにある。
どうして今まで忘れていたんだろう。
となれば心配になってくるのはやはり当主様の容態。

「私、後で当主様のとこに行ってくる!」

数回しか会ったことはない。
でも会えば優しく微笑み頭を撫でてくれる。
時雨が鬼頭家に居られるのも全てはあの日、当主様が歓迎してくれたお陰だ。

「深夜君も時雨ちゃんが来てくれるなら喜ぶさ」
「うん…ねえ鳳魅さん」
「ん~?」

時雨は不意に気になっていたことを思い出した。

「式神って未来を予知できたりとかするのかな?」

自身の中に宿る二体の式神。
彼らが夢の中で言っていた言葉がどうにも引っかかる。
それが何らかのお告げを意味するものだとしたら、、、

「未来予知?」
「うん、実はね…」

時雨は夢での出来事を鳳魅に話した。
式神は基本、表の世界に姿を表さない。
何をもって具現化してくれるかは不明だが、今回の言葉には違和感を感じる。

「なるほど、式神がね…」

聞き終えれば鳳魅は興味深そうに考え込んだ。

「もう直ぐ迎えが来るって。それって何のことだろうって。言葉も最近になって漸く理解できたばっかだから。知識が浅すぎて私には何も分からないから」
「確かに式神の歴史は古い。あの安倍晴明が使役していた式神レベルだとすれば。尚の事、邪険に扱うこともできないからねぇ…あ」
「ん?どうしたの?」

鳳魅はそこで何か思い出したかのようにポンっと手を叩いた。

「なら、尚のこと妖都に行くといい!あそこには図書館がある」
「図書館?」
「そ。隠世でも最古の図書館。妖都都立文庫書館にさ!」