分かってはいた。
この契約がとても危険なことを。
万が一にも自分の存在が隠世に広まってしまったら。
そう考えれば今後の生活を鬼頭家の中で安全に送り続けられるか確信なんて持てないのだから。
でも一つだけ分かることがある。
それは白夜様と共に。
この隠世で生きていくことは決して楽な道のりではないということ。
彼の存在は大きすぎる。
それは自分が十分理解している。
でもそれでも…
「私…白夜様が好きなの」
その気持ちは契約があろうとなかろうと。
今後何が起きようと決して変わることはない。
心のままに。
素直な気持ちで好きなんだと気づかせてくれたのは白夜様なのだ。そしてそんな彼もまた、私を好きだと言ってくれた。
あの日、彼から向けられた甘い言葉に優しさの目。
その全てに偽りはなく、お互いの中に潜む不確かなわだかまりが溶けた瞬間ともなった。
晴れて私達は初めて両想いになれたのだから。
好きだと言ってもらえたこと。
無能な自分の存在を認めてくれたこと。
その全てがただひたすらに嬉しくて。
気づいた時には彼を好きになっていた。
「確かに白夜様は自由奔放だし…性格も悪くて意地悪で変態でムカつくとこもある。でもね、人を見る目は誰よりも真剣で厳しくて、強く正しいと思う道に手を差し伸べてくれたことに変わりはないの。あの方は誰よりも周りを見て下さっている」
「…」
「契約が危険なことは承知している。でもどんな理由があれ、あの方の側にいると私は約束したの。彼一人を置いて現世に戻るつもりはない」
「…時雨殿」
「ごめんね、気持ちは嬉しいけど。それでも私は白夜様と生きていきたいの」
私は青龍さんを真っ直ぐに見つめてそう答えた。
すると彼は苦しそうな顔で下を向くと話さなくなってしまった。
青龍さん、ごめんね。
私の為を思って言ってくれたことは嬉しかった。
でもやっぱりダメなの。
例えこの契約にどんな理由があろうと。
私が彼の側を離れることはない。
愛してると言ってくれた。
だから私も彼を信じ続けたい。
甘えたい。
素直になりたい。
触れたい。
愛したい。
信じたい。
そして貴方と一つになれたら。
そんな様々な思考が頭を駆け巡る。
もっと彼のことを知りたいと、そう思う気持ちが日に日に高まっていくのを実感する。
「…僕は時雨殿の眷属。眷属は主人のご意思に従うのもまた役目」
「…青龍さん」
「時雨殿がそう仰るのでしたら。もうこれ以上、私からの干渉は致しません。ですがこれだけは覚えておいて下さい。僕はあくまで貴方様にお仕えする身、あの鬼を認めた訳ではありません」
「…分かった」
青龍さんは白夜様に納得がいっていないようだった。
どうしてそこまで彼の存在を嫌うのか。
隠世に私がいることで、体に害を及ぼすことを暗じて戻したがっているのならまだ納得がいく。
でもこれではまるで、、、
邪気そのものより、白夜様と私の仲を引き剝がそうとしているようではないか。
「ふぅ…、どうやらまだ上手く体が安定しないようです。この姿を保つのも難しくなってきたので一旦元の姿に戻りますね」
青龍さんがそう言うとポンっと音がして目の前に煙が立ち込めた。だが煙は直ぐに晴れると、そこにいたのは一匹の小さな青い龍だった。
「わあ、綺麗…」
ふわりと浮かび上がる青龍を観察する。
鱗は光に反射すると青から時に銀へと色素を変えて光り輝いている。長く艶のある銀色の触角に、頭から生える二本の逞しい角。
金色の手と脚。
よく見れば手には青色の玉を持っていた。
これが青龍の姿か。
人型の時とはまた違って、綺麗な姿をしている。
しばしその姿を堪能していれば青龍は私の方へと近づくる。そうしてためらうことなく、シュルシュルと私の腕に巻き付いていった。
白蛇だった頃と何ら変わらず、ここが安定地とでも言いたげに自分の体を巻き終えれば顔を上げて私を見上げた。
「ふふ、ミニ青龍も可愛いね」
「ここが一番落ち着くのですよ」
龍の姿になっても声は出せるようだ。
その頭を優しく撫でて上げれば青龍は気持ち良さそうに目を細めた。
「さて、じゃあ戻るよ」
柘榴も置けたことだし、早く母屋へ戻ろうと私は倉庫を後にした。