白鬼の封印師 二

母屋では既に鳳魅が何やら作業をしていた。

「ご苦労様。そっちは後日また使うから。取り敢えずは倉庫の方へ運んどいてくれるかい?時雨ちゃん、案内してあげて」
「分かった。青龍こっち」

母屋を出て突きあたりを少し進んだ所にある倉庫に案内する。
扉を開ければそこには収穫された柘榴が既に沢山置かれていて、他にも薬草や穀物も多く置かれていたため穀物倉庫のようだった。

「ここでいいですか?」
「うん!運んでくれてありがとう」
「お安い御用です。また収穫する際はお声がけ下さい」
「うん!じゃあ戻ろっか」

青龍が部屋の奥にカゴを下したのを確認してお礼を言えば、時雨は扉に向かって背を向けた。

「時雨殿」
「ん?ッ、、!」

だが名前を呼ばれ振り返れば、青龍が自分の直ぐ真後ろに立っていた。
少し距離があったにもかかわらず、音もなく一気に詰め寄られたせいかビックリしてしまう。

「…時雨殿は幸せですか?辛くはありませんか?」
「え?」

突然そんなことを言われ戸惑ってしまう。
青龍を見てみれば、人当たりの良さそうな顔でこちらを見下ろしているけれど。何だろう…瞳の奥底で感じ取れるのはまた何か違った感情。白夜様に見下ろされる時とはまるで違う感覚。
時雨は不思議と怖さを覚えた。

「…幸せだよ?」

久野家での生活を思い返せば今は本当に幸せだ。
地獄のようで。
牢獄に閉じ込められたような厳しい生活を強いられることもない。
何より自分を無能だと蔑まれることもない。
鬼頭家に来てからは本当に良縁に恵まれた。
自分らしく生きていられていることが心地良かった。

「毎日が楽しいの。現世とは違って大変なことも多いけれど。それでも良い人達に出会えて凄く感謝しているし。それに…白夜様とも出会えたから////」

白夜との出会いは時雨とって大きな救いだ。
白夜のお陰で今の自分がいる。
だから時雨はここで…白夜の側で生きていたかった。

「あんな契約をされても?」
「あんな契約?」
「あの鬼と交わした契約のことです」

不意に青龍は時雨の手首を掴むと指の腹でするりと撫でた。
意識すると現れる。
そこを覆うのは鎖型を宿した模様。
お翠の一件で初めて白夜の部屋を訪れた時に付けられたものだ。
助けて欲しいと。
そう懇願した際、白夜は頼みをきくことを条件に契約を持ちかけた。
結べば互いを繋ぎ止め、決して切れることはない。
結べば最後、双方に解除することは不可能となる。
そんな強力な縛りは一方が裏切るだけで双方の命を絶たせる非常に恐ろしいもの。

「死の契約。あの日、貴方はあの鬼との間に大きな契約をした。手首に残るこの痣こそがその証拠」

死の契約。
白夜が裏向きに編み出したとされるものだ。
史上最高難易度の契約とされ、使えるのは一度きり。
そんな契約を白夜と時雨は交わした。
それは後に二人が婚約者から夫婦として、この隠世を治めることへの意志表明。

「僕の役目は時雨殿を御守りすること。加護を与えたのは身の安全を確保し、全力でお仕えする為です」
「うん。青龍のお陰で私は何不自由なく暮らせてる。ありがとう」
「貴方のお役にたてるなら本望です。しかし間違っても貴方は御神の子。御神の子は神聖力こそが第一。なら一刻も早く、邪気の少ない安全な現世へとお戻りになるべきなのです」
「それは…」

確かに時雨は異能のない人間。
長くここで生活すれば身が持たない日が今後来ないとは限らない。
例え白夜の妖力と青龍の加護があれど油断はできない。
何より神獣がそう警告しているのだ。
そうなる未来が来ることを暗示しているのだとすれば。

「時雨殿、貴方はご存知ないのです。御神の子がどれほど貴重であるか。本来なら隠世にいること自体論外なのですよ」
「そうなの?でも御神の子って言われても正直まだよく分からないや。自分がそこまで凄い存在だったなんて半信半疑だから」

異能がない。
だから普通の人間としてしか生きられない。
時雨はずっとそんな考えで生きていたのだ。
それを御神の血と突然言われても直ぐには信じられなかった。

「いいですか?この契約は言わば呪いです。条件などと…あの鬼がそんな生温い言葉ごときで本当にこの契約を取り付けたとお思いですか?あの鬼は貴方を逃がすつもりがない。そこには何か理由がある。貴方でなければいけない何かが」
「…」
「理由はともあれ。何か裏があることは間違いありません。万が一にも、この呪いが時雨殿を侵すようなことがあれば。その時は僕はアイツを殺さなければならない」
「え、それはダメだよ!殺すなんて!」
「それだけ我ら神族にとって御神の血は大切なんです。絶対に傷つけさせはしない。貴方を守るのはこの僕です」

時雨がハッと顔を上げれば、青龍はジッとこちらを見つめていた。
死の契約は片方に支障をきたせば双方に負担がかかる。
白夜に何かあっても時雨に何かあってもダメ。
言わば天秤の重さは一定に。
少しでも片方へ偏りをかけてはいけないのだ。