長月。
明け方、母屋を出れば草木を濡らす朝露が降ちれば白く光り輝く秋の始め。
暑苦しい夏の季節は徐々に涼しさを覚え、太陽は動きを変えれば昼夜の長さを変化させていく。
「時雨ちゃ~ん、そっちのも持って来て~」
「はーい!」
時刻は昼八つの未の刻。
あれから慌ただしく鳳魅さんに連れられてやって来たのは、中庭を出ると蓮池を抜けて奥へと繋がる道を歩けば辿り着く、開けた平地へと現れた柘榴が実る沢山の果樹林だった。
赤く熟れた実が一本の木には何個もついていて、今まさに収穫どきとも言えた。
「はいはーい!じゃあ今からこれを収穫していくよ~」
着いて早々、鳳魅さんは大きなカゴを手渡せば柘榴の実を収穫するよう私に言い渡す。
意味が分からず説明を聞こうとするも既に鼻歌交じりに一人、作業を始めてしまった彼には諦めを覚えると自分も同じように取り掛かった。
「いい匂い」
近くにあった実を一つもいで鼻を近づける。
甘さの中に甘酸っぱさが広がるみずみずしい香りだ。
取り敢えずこれを収穫していけばいいんだよね?
カゴを足元へと置くと、近くにあるものからせっせと収穫してはかごの中へと入れていく。
「時雨殿」
カゴの半ば半分まで差し掛かったところ、声をかけられて振り返れば青龍さんの姿。
あ、いけね。
つい夢中になっていたせいでこの人の存在をすっかり忘れていた。
「僕も何か手伝いますよ」
「ありがとうございます」
「敬語はいりませんよ。時雨殿は僕のご主人様なんですから」
白蛇さんへの定着が強すぎて本来の彼に未だ慣れることが出来ない。だが彼からはにこやかなスマイルがマスク越しに伝わってくる。
「分かり…分かった。じゃあこれを一緒にお願いできる?」
「はい!」
青龍さんは私からの指示に素直に頷けば隣でせっせと収穫をしていく。
「(なんか嬉しそうだな…)」
様子を盗み見てみれば彼はどこか嬉しそうだった。
「お、沢山採れたじゃないか。じゃあ今からこれを母屋に持ってくよ~」
暫くすると同じく柘榴でカゴをいっぱいにした鳳魅さんがやって来た。
「分かった。これだけ採っちゃうね!」
急いで私も残り僅かとなる実を摘み取ろうとする。
するとやや手の届かない高い位置にまだ何個かの実が残っているのを確認できた。
あれはどうやって採ろうか。
見上げるように顔を上げれば考える。
うーむ、やっぱ私じゃ届かないよね。
でもどうせなら採りたいんだよな~。
…あ、もしかしたら。
「青龍さん、お願いしたいことがあるの」
「どうされました?」
「うん、あれなんだけど。私の背じゃどうにも届かなくて。青龍さんなら採れたりしないかなって」
青龍さんは私よりも背が高い。
だからあの実も採れるかも知れないと思い、この際頼んでみた。
「ああ、あれですね。お安い御用です」
そう言うと青龍さんが浮き上がった。
そしてそのままその場所まで移動すれば、瞬く間に手には実を抱えた状態で降りてきた。
「す、すごい!青龍さんは空を飛べるんだね」
「青龍ですからね。龍の姿に戻ればもっと高くまで飛べますよ。今度何かの機会に乗せて差し上げますね」
彼はにこやかにそう言うが。
果たして青龍の背中に乗るだなんていいのだろうか。
でもそう言われれば乗ってみたい気もするかも。
龍の背中に乗るだなんて、生きてても滅多に味わえない経験だ。いや絶対に味わえないか?
実を受け取り、カゴを背負おうとすれば彼はこれを手で制す。
「重いですから僕が運びますよ」
「え、でも」
「遠慮はいりません。僕の役目は加護するだけではありません。普段は時雨殿の護衛として、世話係としても役目を務めます。ですから何でも仰って下さい」
護衛に世話係…。
四神にそこまでの扱いをさせてしまうのは果たしていかがなものか。
だってこの人、もの凄く偉いんだよね??
でも眷属として加護領域にいる手前、断っても逆に失礼になるかもしれない。
「…じゃあお願いしようかな」
「はい、お任せを」
カゴを背負う彼と来た道を並んで歩いていく。
少しさっきよりも日が傾いただろうか。
草むらからはコオロギの鳴き声が聞こえてくる。
「だんだん秋ですね~」
「そうだね。徐々に隠世も寒くなっていくと思うし」
「そうなれば現世には春が来ますね」
そうか、現世と隠世とでは季節が真反対だったな。
こっちが寒くなっていくのであれば、向こうは逆に暖かくなっていくのだろう。
あれ以来、現世には行けていない。
白夜様も最近は忙しそうにしているせいか安易に行きたいなどと自分からは頼みにくいのだ。
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど。青龍さんは以前、母上にお仕えしていたの?」
母上の存在を思い出せばあの日の記憶が蘇る。
ならばこの際思い切って聞いてみることにした。
「ええ、彼女とは藤宮家で出会いました。互いに相性は悪くありませんでしたから直ぐに仲良くなったんです。その後は色々あって契約を結びました」
なんだろう…
今、上手く言葉を濁されたような気がする。
母上の旧姓は藤宮。
なら青龍さんはそこにいたって認識でいいのかな?
「時雨殿は美椿殿によく似ておられます」
「!」
「今度は僕が貴方を御守り致します。ですから安心して下さいね」
そう言って青龍さんは微笑んだ。
だが私を通して誰かを見ているのか、彼の瞳は合っているようで合っていなかった。
もしかすると母上を…
「ささ、もう直ぐ着きますよ」
見えてきた母屋へと向かっていくそんな後ろ姿に、私は彼の気持ちには気付かない振りをして後に続いた。
明け方、母屋を出れば草木を濡らす朝露が降ちれば白く光り輝く秋の始め。
暑苦しい夏の季節は徐々に涼しさを覚え、太陽は動きを変えれば昼夜の長さを変化させていく。
「時雨ちゃ~ん、そっちのも持って来て~」
「はーい!」
時刻は昼八つの未の刻。
あれから慌ただしく鳳魅さんに連れられてやって来たのは、中庭を出ると蓮池を抜けて奥へと繋がる道を歩けば辿り着く、開けた平地へと現れた柘榴が実る沢山の果樹林だった。
赤く熟れた実が一本の木には何個もついていて、今まさに収穫どきとも言えた。
「はいはーい!じゃあ今からこれを収穫していくよ~」
着いて早々、鳳魅さんは大きなカゴを手渡せば柘榴の実を収穫するよう私に言い渡す。
意味が分からず説明を聞こうとするも既に鼻歌交じりに一人、作業を始めてしまった彼には諦めを覚えると自分も同じように取り掛かった。
「いい匂い」
近くにあった実を一つもいで鼻を近づける。
甘さの中に甘酸っぱさが広がるみずみずしい香りだ。
取り敢えずこれを収穫していけばいいんだよね?
カゴを足元へと置くと、近くにあるものからせっせと収穫してはかごの中へと入れていく。
「時雨殿」
カゴの半ば半分まで差し掛かったところ、声をかけられて振り返れば青龍さんの姿。
あ、いけね。
つい夢中になっていたせいでこの人の存在をすっかり忘れていた。
「僕も何か手伝いますよ」
「ありがとうございます」
「敬語はいりませんよ。時雨殿は僕のご主人様なんですから」
白蛇さんへの定着が強すぎて本来の彼に未だ慣れることが出来ない。だが彼からはにこやかなスマイルがマスク越しに伝わってくる。
「分かり…分かった。じゃあこれを一緒にお願いできる?」
「はい!」
青龍さんは私からの指示に素直に頷けば隣でせっせと収穫をしていく。
「(なんか嬉しそうだな…)」
様子を盗み見てみれば彼はどこか嬉しそうだった。
「お、沢山採れたじゃないか。じゃあ今からこれを母屋に持ってくよ~」
暫くすると同じく柘榴でカゴをいっぱいにした鳳魅さんがやって来た。
「分かった。これだけ採っちゃうね!」
急いで私も残り僅かとなる実を摘み取ろうとする。
するとやや手の届かない高い位置にまだ何個かの実が残っているのを確認できた。
あれはどうやって採ろうか。
見上げるように顔を上げれば考える。
うーむ、やっぱ私じゃ届かないよね。
でもどうせなら採りたいんだよな~。
…あ、もしかしたら。
「青龍さん、お願いしたいことがあるの」
「どうされました?」
「うん、あれなんだけど。私の背じゃどうにも届かなくて。青龍さんなら採れたりしないかなって」
青龍さんは私よりも背が高い。
だからあの実も採れるかも知れないと思い、この際頼んでみた。
「ああ、あれですね。お安い御用です」
そう言うと青龍さんが浮き上がった。
そしてそのままその場所まで移動すれば、瞬く間に手には実を抱えた状態で降りてきた。
「す、すごい!青龍さんは空を飛べるんだね」
「青龍ですからね。龍の姿に戻ればもっと高くまで飛べますよ。今度何かの機会に乗せて差し上げますね」
彼はにこやかにそう言うが。
果たして青龍の背中に乗るだなんていいのだろうか。
でもそう言われれば乗ってみたい気もするかも。
龍の背中に乗るだなんて、生きてても滅多に味わえない経験だ。いや絶対に味わえないか?
実を受け取り、カゴを背負おうとすれば彼はこれを手で制す。
「重いですから僕が運びますよ」
「え、でも」
「遠慮はいりません。僕の役目は加護するだけではありません。普段は時雨殿の護衛として、世話係としても役目を務めます。ですから何でも仰って下さい」
護衛に世話係…。
四神にそこまでの扱いをさせてしまうのは果たしていかがなものか。
だってこの人、もの凄く偉いんだよね??
でも眷属として加護領域にいる手前、断っても逆に失礼になるかもしれない。
「…じゃあお願いしようかな」
「はい、お任せを」
カゴを背負う彼と来た道を並んで歩いていく。
少しさっきよりも日が傾いただろうか。
草むらからはコオロギの鳴き声が聞こえてくる。
「だんだん秋ですね~」
「そうだね。徐々に隠世も寒くなっていくと思うし」
「そうなれば現世には春が来ますね」
そうか、現世と隠世とでは季節が真反対だったな。
こっちが寒くなっていくのであれば、向こうは逆に暖かくなっていくのだろう。
あれ以来、現世には行けていない。
白夜様も最近は忙しそうにしているせいか安易に行きたいなどと自分からは頼みにくいのだ。
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど。青龍さんは以前、母上にお仕えしていたの?」
母上の存在を思い出せばあの日の記憶が蘇る。
ならばこの際思い切って聞いてみることにした。
「ええ、彼女とは藤宮家で出会いました。互いに相性は悪くありませんでしたから直ぐに仲良くなったんです。その後は色々あって契約を結びました」
なんだろう…
今、上手く言葉を濁されたような気がする。
母上の旧姓は藤宮。
なら青龍さんはそこにいたって認識でいいのかな?
「時雨殿は美椿殿によく似ておられます」
「!」
「今度は僕が貴方を御守り致します。ですから安心して下さいね」
そう言って青龍さんは微笑んだ。
だが私を通して誰かを見ているのか、彼の瞳は合っているようで合っていなかった。
もしかすると母上を…
「ささ、もう直ぐ着きますよ」
見えてきた母屋へと向かっていくそんな後ろ姿に、私は彼の気持ちには気付かない振りをして後に続いた。