白鬼の封印師 二

それからはひたすら自分を磨いた。
今まで手を抜いてきたことにも積極的に取り組んだ。
学問はもちろん、専門的な知識や社会で学ぶに必須なもの。
経済や法的義務に至るものまで、それら全てを余すことなく叩き込んだ。
あの時に言われた言葉がずっと頭から離れない。
都合のいい型に大人しくいられたら。
そんな自分を一度は否定され、そんな否定された自分の存在価値は違う形で生かされているように思えたのだ。
汚い連中へ耳を傾けるな。
それは型にハマることで意識しないのではなく、自らの姿勢で自らの人生を覚悟して突き進む術を学べと。
ならばその気持ちにお答えしよう。
そんな撤夜の変わりようには周りも驚いた。
だが決して良いものではない。
まるで利用価値が上がったとでも言いたげに。
誰もが手のひら返しに近づき始め、媚びを売りに来る始末。
妖の女は色目を使い、未だ権力に溺れる老豪は自身を身売りする。

ああ、彼もこんなお気持ちだったのか。

むせかえるような香水が鼻を貫き、吐き気を催す。
鬼頭家に仕える筆頭分家というのなら、自分は確実に格好の餌食だ。
向けられる目は以前にも増して強まっていった。
それが良い意味でも悪い意味でも。
でもそれでも撤夜には何も残らなかった。
どれだけ高く評価されようが…それが彼から向けられたものでなければ何の価値もなかったから。
何も感じない。
だが着実に変化していった。

「今日から若様の補佐官に配属されました。鬼灯徹夜です」

それから数年の月日が経った。
補佐としての初仕事で訪れた鬼頭家。
撤夜は数年ぶりに彼へ挨拶をした。
噂には聞いていたが、あれから若様の存在は高校入学と同時に周りを轟かせ、何をやるにも無双しており誰一人として敵わなかったらしい。
会うのは披露宴の時以来だろうか。
目の前に着座する若様は以前にも増して妖力の気配が強まっていた。
変わらないのは何者にも染まらない、その冷酷な表情に浮かべる千里眼だけ。

「…ふーん。ま、ちょっとはマシになったんじゃね?」

久しぶりにお会いした若様は幾分か背が伸びた様子で美しさにも磨きがかかっていた。
他人を馬鹿にする態度は相変わらずのようだが。
撤夜のことも覚えてくれていたようだった。

「光栄です。貴方様にお仕えする今日この日を心待ちにしておりました。誠心誠意、全力で務めさせて頂きます」
「は、別に認めた訳じゃねぇから。高望みするだけ無駄だぞ。例え鬼頭家直属の筆頭とはいえ、一度でも俺が使えねぇと判断すればお前は即クビだ」

それだけ言うと白夜は視線を逸らした。
その日から二人の交流が始まった。
浴びせられる嫌味に冷たい態度。
それに動じることも臆することもせず、撤夜は与えられた仕事を全うした。
最初こそは警戒していた白夜だったが、ひと月も経てば徐々に撤夜の話に耳を傾けてくれるようになった。そして半年も経てば無駄話を挟む仲にまで成長した。
互いに媚びることもせず、ありのままをぶつけ合う。
そうしてれば分かってきたこともあった。
薄々感じてはいたが…やはり若様の性格はゴミだったらしい。
言い寄る女性相手に毎度ながら接点を持つ。
だが後の面倒ごとを大いに嫌うクズさ。
その後始末を全て自分に押し付けてくる様子に何度舌打ちをしたか数え切れない。
だがそれでも彼は彼だった。
泣こうが怒ろうが関係ない。
冷酷非道な顔で裏切り者には一切の容赦をしない残酷さ。
それが鬼頭白夜であることに変わりはなかった。
ムカつくとこもあるけど、自分を変えた存在に密かに憧れた。
皆が恐れ慄くその姿を追って。
ただひたすら側に仕い続け、気づけば数年が経とうとしていた。
いつしか白夜が撤夜をクビにすると言うことも自然となくなった。
それは撤夜を補佐官として。
その身に仕えることを認めた、白夜なりの意志表示だったのではないだろうか。


「なあ…夜…撤夜、おい撤夜!」

名前を呼ばれハッと意識が戻った。
過去の思い出にふけ込んでいたようだ。

「何してんだよ。この後、呼ばれてんだから早く来いって」

見れば白夜が声をかけて部屋を出ようとするとこだった。
急いで後に続くようにして書類を纏めると立ち上がる。

「ボーっとして、どうかしたのか?」
「いえ、失礼致しました。しばし考えごとを」
「あんなに俺の顔を見つめちゃって。もしかして惚れた?」
「やめて下さい。気持ち悪い…」
「強がんなって♡あんなご熱心に俺の顔拝んでたもんな。でも悪ぃな、俺が興味あんの、時雨と時雨の胸と尻だけなんだわ」
「(クソ野郎かよ)」

一瞬でも憧れを抱いた過去への自分を悔いたい。
結局のところ、この男の変態度は脳みそを取替えでもしない限り変わることはない。

「貴方のような方を婚約者にもつだなんて。今なら彼女のお気持ち、痛くお察ししますよ」
「俺とあいつは両想いなんだから無問題だっつーの。キスだってしてくれたんだぜ。もう俺のこと大好きじゃん!!」
「させた、の間違いでは?」