鬼灯撤夜(ほおずきてつや)
鬼頭家分家・鬼灯家の嫡男であり、彼はこの世で唯一、鬼頭白夜に刃向かえる人物だった。
鬼灯家は鬼頭家の従兄弟にもあたる身である。
生まれた嫡男は鬼頭家での補佐官として代々その役目を担ってきた。
鬼頭家が管理する数ある分家の中でも上位に位置する由緒ある家系であった。
現在、鬼頭家当主である鬼頭深夜の補佐には撤夜の父親が就任している。
そんなだから鬼灯家の嫡男として生を受けた撤夜も、自然と白夜の補佐官として将来は鬼頭家に仕えることを幼い頃から約束されていた。
また撤夜本人も備え付けらえた教育下の元で、自分に与えられた近い将来は何となく感じ取っていたのだ。
白夜との交流は過去にも何度かあった。
抜群の分析処理能力と優れた知性を誇り、周りからの評判も凄まじかった撤夜は白夜と並んで一目置かれる存在になった。よわい二十六という若さで鬼灯家では史上最年少にして鬼頭家へ仕えた、分家の中でも鬼頭家にその優秀さを痛く知らしめた逸材だった。
「若、口の方はもう十分です。早く手を動かして下さい」
「は?お前はこの俺に黙れと言いてぇの?」
「速く業務を終えれば、それだけ長く彼女との時間に多くの時間が割けるのでは?若はそんな時間さえ、勝手たる自身の横暴さで棒に振るおつもりですか」
「は、ほんとお前ぐらいなもんだよな~、この俺に媚びへつらうこともしねぇでそんな態度でいんの。ま、だからこそ俺はお前を補佐に指名したんだけどな」
白夜は屈託なく、へなりと笑った。
それはいつも見せる冷酷非情なお顔とは違う。
無邪気さと何処か未熟さも入り混じった子供じみた笑顔だった。
机へと突っ伏していたその身を起こせば、漸くやる気を出したのか大人しく目の前に置かれた書類へと手を付け始めた。そんな様子を撤夜は静かに見つめた。
別に仲が悪い訳でもない。
互いを良き仲間として、だが時に良きライバルとしても過ごしてきた間柄だったと思う。
自分勝手でクソ程にムカつくその性格は昔と何ら変わりはないが。
それでもそのお側にお従いする日を嫌だと思ったことは自然となかった。
「(一度スイッチが入れば沼り込む性格なのか)」
何だかんだ我儘を言いつつも、彼女の話題を出してしまえば大人しく業務を遂行する我が主人を私はコッソリと観察した。
どんなに優秀で、どんなに周りから過大評価され期待されようがそこに嬉しがる過去の自分はいなかった。目の前に置かれた役目をただひたすらこなす。
言わば機械のようで空っぽの人生。
価値を感じない。
感情にも乏しい。
滅多に笑うことさえなければ、鬼頭家の分家ともあって自分に近寄る者もいなかった。

——お前、ほんとつまんねーな。

それが鬼頭白夜との出会いだった。
ある日、父に連れて行かれた鬼頭家の披露宴。
千年に一度と称される、純血の血を宿したご子息様の噂は聞いてはいた。
隠世では男は十六で立派な成妖として認められる。
今回はそんなご子息が成妖されると同時に初めてその姿が正式に公の場へと公表される重要な日でもあった。
鬼灯家は鬼頭家の分家。
当然、参加を余儀なくされた。
父が鬼頭家の現当主に仕える身であるならば、自分はきっとご子息に仕える身となるのだろうと僅かながら感じとった。
実際、当主に続いて現れたその子はとても神秘的だった。
妖にしては珍しい、淡く、だが一瞬の隙さえ見せることのない輝きに満ちたアメジストの瞳。
透き通るような白く冴えわたる髪質。
純血の血と称されるのも頷けるほど美しく容姿端麗なお姿と放たれる妖力。
とっくに成妖済みの自分でせえ、その存在にはつい彼が自分よりもまだ幼い身であることを忘れてしまいそうになった。立ち振る舞い、作法。
全てが完璧だった。
放たれる妖力はその年にしては似つかなく恐ろしい程に強大で、多くの者達が着座するその場所から酷く怯えてきっているのが印象に残った。