帯刀の妻、阿漕が世話しているという姫君の話を聞けば、なんともかわいいというじゃないか。
 僕はかわいい女の子の噂を聞くと、好奇心が(うず)いてしまう。
 血筋もよいと聞くし、すぐにでもその姿を見てみたい。僕を見れば、きっと姫君も夢中になってくれるだろう。
 身分もいいし、出世頭といわれ、教養もあれば顔もいい。女性にとったら申し分ないはず。
 それなのに何度手紙を書いても一向に返事がないのはなぜなのか。まじ、解せぬ。
 それだけ無垢(むく)でこういうことに慣れてないので恥ずかしがっておられるのだろうか。それにしても普通嫌なら嫌で返事くらいあってもいいものを、どうして連絡くれないんだ。
 こうなると段々燃えてくる。意地になってでも返事が欲しい。

 ――これ以上返事がもらえないと辛いので、手紙書くのやめちゃいそうになります。だからお返事下さい!!

 最後の頼みに書いてもやっぱり返事はもらえなかった。
 益々どんな姫君なのか気になって、絶対会わないと気がすまない。
 そんな時、阿漕から手紙が来たと帯刀が見せにやって来た。中納言家が一家総出で石山詣に行くと書いてある。
 これは家族、家来や侍女たちも全員参加する一大イベントのはず。そうなると何日か泊りがけで暫く帰って来ない。これは中納言家が留守になりチャンスだ。
 阿漕の手紙によると、姫君は絵巻に興味があってそれを見せにくればどうかともある。絵巻を口実に口説けということだろう。
 帯刀も先に絵巻を預かって姫君に予め見せておくと言うが、いやいやいや、返事もくれないような人なのに会えるという保障もないのなら、ただ見せてやるだけでは勿体無い。ケチといわれようとも、ちょっとこれは出来かねぬ。
 だから自分で紙に絵を描いちゃった。指をくわえて拗ねている自画像。その隣に僕のお気持ち表明も綴った。

 ――つれない態度のお方に僕の笑みを見せず、絵も見せず

 返事をくれないお返しにこれくらいのささやかな抵抗は許されるだろう。へへへ。
 それを帯刀に渡しておいた。
 そしていざ、姫君の元へ行こうとしたら雨が降ってきた。傘を持てばどうってことない。
 気にせず中納言邸に行って帯刀を呼び出せば、僕の顔を見るなり「雨だから来ると思ってなかった」と言われた。
 なんだそれは、失礼な。
「こっちは雨の中やってきたんだぞ。すぐに会いたい。とにかく垣間見せろ」
 帯刀に案内させれば、帯刀はまだ渋っている。
「もし押しかけたところで、万が一お気に召されなければどうするんですか?」
「その時は、潔く逃げるだけだ。ハハハハ」
 帯刀は顔を顰めていたけど、無理やりに案内させた。
 帯刀が立ち止まり「しーっ」と口元に指をあてる。ここにいるんだと思って僕は興奮してきた。
 僕がそっと格子を開けて覗けば、阿漕と一緒に姫君がいた。姫君の着ているものはみすぼらしいが、髪が顔にかかった横顔は品性があって魅力的だった。
 おっ、なかなかかわいい子じゃん。
 もっと見たかったのに、明かりが消えて辺りが真っ暗になってしまった。
「さあ、少将、顔が見れてこれで満足でしょう。屋敷までお送りしましょう」
「ちょっと待って、これだけで僕を帰らす気か? ここまで来たんだから、帯刀も手伝え。阿漕を呼んで、姫君を一人にしろ。そのとき忍び込むから」
「ええ~」
 乗り気ではなかったが、命令には逆らえず帯刀は上手く阿漕を姫君の部屋から追い出し、姫君から遠ざけてくれた。
 あとは姫君が寝たときに忍び込もうとしたが、琴を弾きだして歌を詠み始め中々寝ない。
「早く寝ろよ」
 小さく呟いて、寝ろ、寝ろと呪文を唱える。それでも寝ない姫君。どこまで夜更かしするんだ。お肌にもよくないのに。このままでは朝になってしまうじゃないか。もうこれ以上待てない。
 僕はとうとう忍び込み、この場所から救うつもりで姫君をこの胸に抱いた。
 びっくりして慌てる姫。でもこの状況になったら覚悟を決めるはず。そのうち姫君も喜んでいいムードになると思っていたのに、姫は泣きじゃくる。僕が夜這いに来ればみんな喜ぶというのに、歓迎されないなんて信じられない。
「どうしてそんなに泣くの!?」
「だって、だって」
 それでももう後戻りはできない。こんな状態になった以上、慰めるのも面倒くさくなって、何もいわずにことを済ませちゃった。てへ、ぺろ。
 しくしく泣いて中々姫君は心許してくれなかったけど、そういう部分も含めてあまりにもかわいらしいのでこちらはどんどん愛おしくなっていく。
 誠に想像していた以上のかわいらしさだった。こうなったら結婚せずにはいられない。
 そして次の日。また泣かれたらどうしようと多少は心配していたが、二日目はあの殺風景だった部屋に装飾、食べ物、衣装と色々と用意してあり、結構居心地がよかった。阿漕が頑張って揃えたのだろう。あいつは出来る子だから。
 お陰で昨日の涙が嘘のように姫君も落ち着いて心のままに夜を僕と一緒に過ごしてくれた。昨晩は急なことで心の準備がなかったのだろう。
 性格もよく、姫君を知れば知るほど僕は夢中になっていく。ああなんて素晴らしい人なのだろう。僕は姫君に会えてよかった。姫君を一生大切にしたい。
 そして三日目はとうとう結婚が成立する日。そんな日に限って大雨が降ってしまう。
「こんなに豪雨じゃ外へ出られないじゃないか」
 これはしゃーないと帯刀に断る旨を申し出た。本当にすご土砂降りだったんだもん。傘を持っていても意味がない。
 そのように阿漕に連絡をしてもらったけど、帯刀と阿漕は手紙のやり取りが激しく、阿漕が僕のキャンセルに怒っている様子。
「阿漕は無理してでも来いといってます」
 帯刀は阿漕を怒らすのは嫌だから雨天決行したそうだ。
 でもしゃーないやん。こんな大雨なんだから。まるで泳げるような雨だよ?
 僕は天気の悪さで諦めモードにいると、帯刀はがっかりした様子で肩を丸めてため息吐く。そして、土砂降りの中、外へ出て行こうとする。
「ちょっ、待てよ」と咄嗟に呼び止める僕。
「拙者だけでも行って事を納めてきます」
 帯刀は阿漕と僕との両挟みでどうしようもなく、覚悟を決めて雨の中を行こうとするからそんなの放っておけなくなってしまった。だって乳兄弟だもん、僕たちは。
「わかったよ、それなら僕もいくよ」
 僕の言葉で帯刀の顔がぱっと明るくなっていた。
 しかし、滝のような雨の中を難儀しながら歩いていると、途中で御所に向かう行列と出会ってしまって盗人と間違えられてしまう羽目に。
 刀で切りつけられそうに大ピンチ。
「決してそのようなものでは滅相もございません」
 なんとか潔白を証明しよう必死になっていた時、僕たちの足が白いとのことで盗人ではないと向こうが勝手にいいだした。なんとか誤解は解けたけど、その理由がおかしくて笑ってしまった。
「足が白いからって、受ける~~」
 だけど、ぬかるみと思ったらうんこまみれの地面で土下座していたことに気がつき、驚愕だった。
 体中臭くてこんな状態で会えるわけがない。引き戻そうとしたら、帯刀がいいこという。
「こういう状態になってまで行くことに意味があるんです。姫君も拙者たちの苦労をわかってきっと感動ものですよ」
 だけど本当にその通りだった。
 この状態できたことでどれだけ姫君を愛しているか歌で思い切り主張すれば、また今夜も一緒に素晴らしい一夜を過ごせることができた。
 姫君もきっと嬉しかったことだろう。ちょっとうんこでくさかったかもしれないけど。
 でもこれでとうとう結婚成立! やったぁ!
 でもそんなに喜んでいられなくなってしまった。翌日になるとあの中納言一家が予定より早く戻ってきてしまったからだ。これでは僕の存在がばれてしまう。今はまだ秘密裏にしておかないと。
 姫君を助けるにはまだまだ準備が必要だ。今日のところは見つからないように帰らねばならない。
 姫君よ、それまで耐えてくれ。
 必ず、僕が助け出し、北の方の仕打ちに復讐してやるからな。
「やられたらやり返す。倍返しだ!」
 最初はそこまで思ってなかったのに、北の方を見るとふつふつと怒りが湧き起こり、僕は姫君を虐めた北の方を憎く思うようになっていくのであった。