拙者、北の方の三の君の婿となられた蔵人の少将の家来として仕えていました時、同じお屋敷で阿漕と知り合いました。
 その美しさはもちろんですが、はきはきとした明るさ、聡明なところなど、すぐに惹かれてしまい、なんとか文を交わすことができました。
 そして三日連続、阿漕の住まいに通い詰めめでたく結婚に至ったのです。この時代は三日通えば結婚が成立する、超最速事実婚です。簡単そうに思われるかもしれませんが、そこまでの手紙のやりとりが大変だったのです。まだ知り合う前は直接渡せませんから、信頼置ける方を通じて預かってもらって配達していただくのです。
 文を交換し、歌を詠めばそれに対しての歌を返してくる。達筆な字を書く阿漕の文は、拙者の心にいつも深く届き感動が半端なかったです。拙者は阿漕にメロメロでした。
 文を交換していたものの、阿漕は美しかったので誰かに盗られないかとハラハラでした。今、こうやって無事に結ばれて本当に幸せです。
 その後も新婚ですので、しょっちゅう彼女の部屋に通い、一緒に横になっては寄り添ってお互いのことを話しておりました。阿漕と一緒にいられることがこの上ない幸せな一時でした。
 ところか阿漕は急に泣きだすんです。
「どうしたの、阿漕?」
「姫君様がどんどんおやつれになっていくのが見てられないの」
 落窪の君を心配していてもたってもいられない様子で、色々と辛い境遇にいることを話してくるのです。
「姫君になんとしても素敵な殿方を探して、その方に姫君をこっそりさらってほしいわ」
 ちら、ちらっと、時折り拙者を意識して見ていたので、これは拙者になんとかしてほしいということだなと感じました。
 さらうとは誘拐みたいで物騒ですが、それほど身動きできない状態だったのでしょう。
 拙者もとてもお気の毒に思いました。
 この話を右近の少将、道頼(みちより)様にお話しました。
 拙者の実の母が少将の乳母(めのと)だったので拙者とは乳兄弟(ちきょうだい)なんです。身分は違いながらも、同じ乳を飲んで幼少から知っており友情を交えながらの主従関係で結ばれ、絆も人一倍強く拙者には信頼できるお方です。
 少将は、見た目はいい男なんですが、かなりの好色もの。面食いなので、女の子はかわいくなければならないと平気で思っているようなお方です。(今更ながらなんちゅう奴や……)
 今日もどこかにかわいい子はいないか、噂を聞けばすぐに会いにいってしまうという、かわいい子限定の女好きでございます。
 落窪の君の話をすれば、かわいいというところにすぐ反応されて早速興味を持たれました。
「なんとも(いたわ)しい。本当は高貴なお方なのにお気の毒な。ぜひ私にこっそりと会わせてくれ」
 速攻でお気持ち表明されるので、却ってこれでいいのだろうかとこっちが不安になりました。
 やはり順序というものがあり、まずは手紙の交換をするのが一般的です。いきなり会わせるわけにはいかないんです。それってストレートに手を出します宣言ですから。会うという事は一晩を共にする逢瀬(おうせ)なのです。
 さすがにまずいと思って、ちょっと訊いてみますと曖昧に答えれば、少将は身を乗り出してせかしだします。これはこっちが「ええ……」と思わず引いてしまいました。
「大丈夫だから、案内してくれればいいから」
 少将の言葉を言い換えれば、場所さえわかったら自分ですぐに部屋に忍びこめるから、ということです。これはさすがにやばい。
 あまりにもしつこいので、とりあえずお待ちになるように諭し、その様を阿漕に報告したんです。
 そしたらなんと「だめぇ!」と強く断られてしまいました。心の中ではなんで? と疑問符で溢れました。
 少将はイケメンではあるのですが、かなり有名なプレイボーイなので、阿漕にとっては信用置けないと思ったのでしょう。
 一目会うだけで収まるわけがなく、絶対手を出す、いや、出したいと少将の心の内を確信していたんだと思います。図星でしたから、こちらもあせあせ。
 でも一応は協力したので少しは(ねぎら)ってくれてもいいのにと、ちょっと不満になって口をとんがらしていましたところ、阿漕も頭ごなしに断って悪かったと思ったみたいで姫君に話してみると言ってくれました。
 少しだけ任務を果たせてほっとしました。
 阿漕にとっても姫君を救えるかもしれないチャンスですから決して悪い提案ではなかったはずです。
 あの少将だと、心配になってしまうのは仕方のないことですが、阿漕なら上手くやってくれそうな気もしていました。
 それから少将はすぐにどうなったと結果を訊きにきました。
 まずはやるだけのことをやった感を強調しました。(←ここ大事)
 そして正直に思わしくないことを伝え、姫君の状況もあまりにも悪くて簡単に行きそうもないことを述べたのですが、その後の少将のお言葉に気が滅入りました。
「とりあえず潜り込めばいいんだよ。そこで気にいったら連れて帰るし、そうじゃなかったら全てをなかったことにすればいい」
 なんという身勝手な言い分でしょう。拙者の脳裏には怒る阿漕の顔が浮かぶ、浮かぶ。
 悪気もなく少将は笑いながら懐から手紙を取り出して「渡してこい」と命令され、それを乗り気しないながらも受け取り、阿漕の元へと向かいました。
 阿漕も全てを悟ったようにあまりいい気がしなかったみたいです。
「手紙渡してどうするのよ」
 どうするって、一応は姫君を助け出せる唯一の策になるかもしれないじゃないですか。
「とにかく返事お願い」
 そこは阿漕が上手いことやってと思いながら丸投げしてしまいました。
 だけどその後は一向に姫君からの返事がない。
 少将も何度も書いて、その都度拙者も阿漕に渡すのですが、姫君は一度も返事をよこしませんでした。
 そのままに時だけが過ぎていったある日、少将にチャンスが訪れることになるのです。ほとんど強行突破の無理やりでしたけど……。
 拙者も少将の策略に加担しなければならなくて、阿漕には後でえらく叱られました。
 色々と少将には振り回されて、その度に阿漕にも色々と言われて、二人の間で右往左往。
 でもこれでよかったと思えるときが来る。そうなることを願って、拙者、思いっきり頑張ります。例え泥まみれになろうと、糞まみれになろうと、体を張って踏ん張る次第でございます。
 阿漕、愛してるよ~。