夢を見た。
 私は子供で、その目の前に大きな黒い犬がいた。

「……どうしたの?」

 私の数倍も大きなその犬は、私を威嚇している。
 目を血走らせて、牙を剥き出して。
 誰も近づくなというように、唸っている。

「怪我……してるの?」

 その犬の体は傷だらけだった。
 黒い毛でよく見えないけれど、ぽたぽたと血が滴り落ちている。
 毛を逆立たせ、私を拒絶しようとする彼がとても辛そうで、苦しそうで。
 私はそっと手を伸ばした。

『――触ルナ!』
「――っ!」

 吼えられた拍子に、牙が手の甲に当たった。
 血が流れる私の手を見て、一瞬その子はたじろいだ。

「大丈夫だよ」

 それでも私は手を伸ばした。
 私の目からはぽろぽろと涙が零れる。
 傷が痛いのもあったけれど、あまりにもその子が辛そうだったから。

「大丈夫だよ。あなたはひとりじゃないよ。わたしがいるよ」

 最初はそっと鼻先に触れる。
 その犬は唸るのをやめ、眉間を撫でさせてくれた。
 そして彼は謝るように、私の傷をぺろりと舐める。

「おちついた? もう、大丈夫だよ」

 頭を優しく撫でるとその子は気持ちよさそうに目を細めて、ゆっくりとその場に座る。
 安心したように眠った彼を私はぎゅっと抱きしめた。

「うふふ……あなたは大きくて、とってもあたたかいのね……」

 ふわふわで、あたたかくて、とてもいい匂いがする。

「ずうっとあなたと一緒にいたいな」

 私が稀に見る夢の話。
 きっと、私が知らない、私の記憶の夢――。