「――な、なななっ!」

 男の人とお風呂――!?
 状況を理解した瞬間、私の顔は真っ赤になって体を抱えた。

「なにを慌てている」
「だ、だって!その、私……いきなり、そんな!」

 思い返せば婚約者とか、花嫁とか色々いわれていたような気がしたけれど。
 だけど私はまだ十六歳で、恋愛経験なんてほぼ皆無に等しくて。
 それなのにいきなりこんな状況になったら慌てるなといわれても慌ててしまう。

「なにを勘違いしている。これは治療だ」
「――へ?」

 朔人さんは真面目そのもので、その視線は私の左腕に向けられている。
 そのまま彼の視線をたどった私は目を丸くした。

「これ……」

 襦袢の袖が捲られ素肌が露わになった左腕。
 イヌガミの爪で傷付けられた二の腕の傷が、赤黒く染まっていた。
 血が固まっているわけじゃない。文字通り傷口が黒く、傷の周辺は煤でもついているかのように真っ黒に染まっている。

「堕ち神に負わされた傷は『呪い傷』となって体を蝕む。このまま放っておくと、腕が腐り落ちるぞ」
「腐――」

 衝撃的な言葉に私はすぐに抵抗をやめた。

「この傷は犬神家の血筋しか治すことができない。同性を呼ぶ時間がなかったからな、俺で許せ」

 よく見ると朔人さんも着物を着ていて、お互い全裸ではない。本当にこれはただの治療のようだ。

(勝手に勘違いして……私ったら……恥ずかしすぎる)
「触るぞ――」

 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。
 自己嫌悪に浸ろうとするのもつかの間、朔人さんの手が傷に触れた。

「――っ!」

 左腕に激痛が走る。藻掻こうとすると朔人さんはがっちりと私の体を押さえつけた。

「痛むだろうが耐えてくれ。毒を抜ききらないと傷が治らない」

 傷から血を掻き出すように触られる。
 白いお湯が赤く黒く染まっていく。

「この湯は特別な薬湯だ。呪い傷の毒を抜き、お前の体を清めてくれる。もう少しだ――」
「っ――!」

 痛みから逃れるように体を動かせば、ばしゃばしゃとお湯が揺れる。
 目に涙を滲ませ、私は無意識のうちに朔人さんにしがみ付いていた。
 朔人さんは私の左腕を持ち上げ、傷口に口をつけたかと思えばそのままじゅっと血を吸った。

「――よし、これでいい。よく頑張ったな」

 口から血を吐き、唇の端についた血を拭いながら私を見て微笑んだ。
 私は腕の痛みと、お湯の温かさと、朔人さんと二人きりの状況に頭がクラクラして――。

「――おや。ウブなヤツだな」

 再び意識を失ってしまうのだった。