「ここは……」
「犬神家本邸――俺の家だ」
目の前に佇む大きすぎる屋敷に私は開いた口が塞がらない。
「屋敷って……さっきまで私たちがいたのは!?」
「あれは別荘だ。沙夜の傷が危険な状態だったからな、あそこの方が近かっただけさ」
「な……」
住む世界が違うとは思っていたけれど、想像以上だ。
普通の家が何十戸も入る。お手伝いさんの数も別荘の比じゃない。
「おかえりなさいませ、ご当主様」
「――ああ」
すれ違う人たちがみんな私たちに頭を下げて道を空ける。
平然と歩く朔人さんの背中に私はおっかなびっくりしながら必死でついていった。
「朔人様、筆頭五家当主たちは既に揃っているようです」
「わかった。会議を始める前に、弥生を呼べ」
「承知致しました」
月城さんは朔人さんと話すと足早にどこかに立ち去っていく。
「あ、あの……私、こんなところにいるのは場違いな気が……」
「なにを言ってる、お前は幼い子頃ここに住んでいたというのに」
「え……」
廊下の途中で足を止めた。
朔人さんが中庭の方を真っ直ぐと指さす。
「……ああ、そうだ。沙夜はよくそこでボールで遊んでいた」
いわれるがままに私もそこを見る。
よく手入れされた中庭。一瞬ざざっとノイズが入るように、脳内に映像が流れ込む。
『――さまーっ!』
小さい手。ピンク色のボール。
それを誰かに向けて投げている。向かいに立つのは年上の男の人――。
「――っ」
頭を抑えた。それ以上思い出そうとするとずきりと頭痛が走る。
「思い出したか?」
「いいえ……まだはっきりと」
痛みに眉を顰めていると、朔人さんが私の頭を優しく撫でた。
「なに、急ぐことはない。ここで暮らせばそのうち嫌でも思い出す」
さあこっちだ、と再び歩き出した朔人さんに案内されたのはこじんまりした和室。
「ここにその『筆頭五家』の皆さんが?」
「いや、顔合わせは別の場所だ。その前に沙夜に会わせたい者がいる」
「私に……?」
首を傾げていると、すぱん! と勢いよく音を立ててふすまが開かれた。
「沙夜っ!」
「わっ!」
名前を呼ばれるなり、いきなり誰かが私に思い切り抱きついてきた。
ふわりと香るお香のような良い香り。
「ああ、沙夜っ! よく顔を見せて! こんなに大きくなって……!」
「あ、あの……?」
体を離され、ようやく抱きついてきた人の顔が認識できた。
四十代くらいのとても綺麗な女の人だ。
目に涙を滲ませて、優しい手つきで私の頬や髪を撫でる。
「犬神弥生。五家現筆頭当主――元当主悟の姉。つまりは沙夜の叔母にあたる」
「叔母……さん?」
「やっと会えたわね、沙夜。これまで辛い思いをさせてごめんなさい」
叔母さんは私を愛おしそうに抱きしめる。
「連れ帰るのが遅くなって悪かったな」
「いいえ……沙夜が無事ならそれでいいの。貴女もよく帰ってきてくれたわ。聡が酷いことをしてごめんなさいね」
「いえ……」
弥生さんはぎゅっと私の手を握る。
「沙夜、これまで色々辛かったでしょう。でもこれからは私や朔人さんがついているから安心して」
叔父とは違う優しい言葉に私は思わず目に涙がにじみそうになる。
(なんだかとても懐かしい……はじめて会ったとは思えない……)
「朔人様、弥生様、そろそろお時間です」
タイミングを見計らうように、月城さんが現れる。
「積もる話はあるけれど、それはまた今度ね。朔人さん、沙夜のことしっかり守ってあげて」
「いわれなくてもそのつもりだ」
そして私たちは顔合わせが行われるという広間に案内される。
豪華なふすまの前で立ち止まり、弥生さんは私を見る。
「沙夜……顔合わせでは私と朔人さんが傍にいるけれど、心してね」
「どういうことですか?」
穏やかだった弥生さんの顔が強ばる。
「――みんながみんな、貴女を歓迎しているわけではないってことよ」
次の瞬間、ふすまが開けられた。
「――っ」
広間に座る四人の男女。
突き刺さるような視線が私に向けられたのだった。
「犬神家本邸――俺の家だ」
目の前に佇む大きすぎる屋敷に私は開いた口が塞がらない。
「屋敷って……さっきまで私たちがいたのは!?」
「あれは別荘だ。沙夜の傷が危険な状態だったからな、あそこの方が近かっただけさ」
「な……」
住む世界が違うとは思っていたけれど、想像以上だ。
普通の家が何十戸も入る。お手伝いさんの数も別荘の比じゃない。
「おかえりなさいませ、ご当主様」
「――ああ」
すれ違う人たちがみんな私たちに頭を下げて道を空ける。
平然と歩く朔人さんの背中に私はおっかなびっくりしながら必死でついていった。
「朔人様、筆頭五家当主たちは既に揃っているようです」
「わかった。会議を始める前に、弥生を呼べ」
「承知致しました」
月城さんは朔人さんと話すと足早にどこかに立ち去っていく。
「あ、あの……私、こんなところにいるのは場違いな気が……」
「なにを言ってる、お前は幼い子頃ここに住んでいたというのに」
「え……」
廊下の途中で足を止めた。
朔人さんが中庭の方を真っ直ぐと指さす。
「……ああ、そうだ。沙夜はよくそこでボールで遊んでいた」
いわれるがままに私もそこを見る。
よく手入れされた中庭。一瞬ざざっとノイズが入るように、脳内に映像が流れ込む。
『――さまーっ!』
小さい手。ピンク色のボール。
それを誰かに向けて投げている。向かいに立つのは年上の男の人――。
「――っ」
頭を抑えた。それ以上思い出そうとするとずきりと頭痛が走る。
「思い出したか?」
「いいえ……まだはっきりと」
痛みに眉を顰めていると、朔人さんが私の頭を優しく撫でた。
「なに、急ぐことはない。ここで暮らせばそのうち嫌でも思い出す」
さあこっちだ、と再び歩き出した朔人さんに案内されたのはこじんまりした和室。
「ここにその『筆頭五家』の皆さんが?」
「いや、顔合わせは別の場所だ。その前に沙夜に会わせたい者がいる」
「私に……?」
首を傾げていると、すぱん! と勢いよく音を立ててふすまが開かれた。
「沙夜っ!」
「わっ!」
名前を呼ばれるなり、いきなり誰かが私に思い切り抱きついてきた。
ふわりと香るお香のような良い香り。
「ああ、沙夜っ! よく顔を見せて! こんなに大きくなって……!」
「あ、あの……?」
体を離され、ようやく抱きついてきた人の顔が認識できた。
四十代くらいのとても綺麗な女の人だ。
目に涙を滲ませて、優しい手つきで私の頬や髪を撫でる。
「犬神弥生。五家現筆頭当主――元当主悟の姉。つまりは沙夜の叔母にあたる」
「叔母……さん?」
「やっと会えたわね、沙夜。これまで辛い思いをさせてごめんなさい」
叔母さんは私を愛おしそうに抱きしめる。
「連れ帰るのが遅くなって悪かったな」
「いいえ……沙夜が無事ならそれでいいの。貴女もよく帰ってきてくれたわ。聡が酷いことをしてごめんなさいね」
「いえ……」
弥生さんはぎゅっと私の手を握る。
「沙夜、これまで色々辛かったでしょう。でもこれからは私や朔人さんがついているから安心して」
叔父とは違う優しい言葉に私は思わず目に涙がにじみそうになる。
(なんだかとても懐かしい……はじめて会ったとは思えない……)
「朔人様、弥生様、そろそろお時間です」
タイミングを見計らうように、月城さんが現れる。
「積もる話はあるけれど、それはまた今度ね。朔人さん、沙夜のことしっかり守ってあげて」
「いわれなくてもそのつもりだ」
そして私たちは顔合わせが行われるという広間に案内される。
豪華なふすまの前で立ち止まり、弥生さんは私を見る。
「沙夜……顔合わせでは私と朔人さんが傍にいるけれど、心してね」
「どういうことですか?」
穏やかだった弥生さんの顔が強ばる。
「――みんながみんな、貴女を歓迎しているわけではないってことよ」
次の瞬間、ふすまが開けられた。
「――っ」
広間に座る四人の男女。
突き刺さるような視線が私に向けられたのだった。