「あの、朔人さん。本当にこんなのいいんですか!?」
「当たり前だ。本来なら沙夜は分家筆頭の娘。当主である俺の次の地位なのだから気にすることではない」
「ちがっ、そうじゃなくて! この着物です!」
朔人さんの前に立つ私は豪華な着物を着せられていた。
朝食後、お手伝いさんがぞろぞろと私を連れ出し、あれよあれよと着替えさせられたわけだ。
赤を基調とした豪華な花の刺繍が施された立派な着物。
詳しくない私でもわかるほど高価そうな代物だ。
「これから筆頭五家に会うのだからな。場に相応しい格好をさせたまでだ。案ずることはない、よく似合っているぞ。俺の見立てに狂いはなかった」
「だから、そうじゃなくて!」
腕を組み満足げに笑っている朔人さんに私は叫ぶ。
さっきから話が全然噛みあってない。
「こんな高価そうな着物いただけません!」
私が気にしているのはこの着物のことだ。
着付けされる前、月城さんが「朔人様からの贈り物です」とこの着物を差し出したのだ。
「なんだそんなことを気にしていたのか」
「わっ!」
でも朔人さんはけろっとした表情で私をひょいと抱き上げる。
「愛しい婚約者に物を贈ってはいけないか?」
「……っ、そういうわけじゃないです、けど」
朔人さんに見上げられ、私は思わず赤くなる。
和服に着替えた朔人さんはまた違った雰囲気で――その、正直、とても格好いい。
「ならいいだろう。それとも、贈られるのが嫌だというなら……お前が買い取るか?」
「…………ありがたく頂戴致します」
やっぱり朔人さんは少し意地悪だ。
私が観念すると「それでいい」とにっと笑った。
そして月城さんが運転する車に揺られ、移動する。
*
「わあ……」
車は都内を走っている。
車窓から見える皇居や銀座の景色に私は思わず目が釘付けになる。
「気になるか?」
「はい、はじめて見るので」
母と住んでいた頃は極々普通の住宅街。
出かけるといえば近場のショッピングモールや精々デパートくらいで。
引き取られた叔父の家も都内だったけれど、殆ど家の中で過ごしていたので外の景色なんて見るのは久々だった。
「すみません、なんだか田舎者みたいで……」
「俺にはもう見慣れた景色だが、そう初々しい反応を見るのは楽しいものだ」
隣に座る朔人さんは口角を少しだけ上げていた。
「今度、一緒に行こう」
「……え?」
するりと朔人さんは私の手を取る。
「その傷が癒え、落ち着いたら色々なところに出かけよう。沙夜と二人でなら外の世界を見て回るのも楽しそうだ」
「朔人さん……」
「だから今日はよろしく頼むぞ、沙夜」
「……はい」
朔人さんの瞳におもわずドキリとしてしまう。
まだ会ったばかりの人にこんなにドキドキしてしまうなんて、軽い女だと思われたらどうしよう。
照れくさくて体を前に戻し、身を縮こめる。
それから会話がなくなって、沈黙が流れた。
時折ちらりと朔人さんを横目で見ると、彼もそれに気付いてふっと微笑みかけてくれる。
「……!」
いたたまれなくて、私はまた前を向く。その繰り返し。
月城さんの運転は穏やかで、車内は静か。微妙な揺れが心地よく、私は思わずうとうと船を漕ぐのだった。
「――夜。沙夜」
「ん……」
朔人さんの声が近い。
「すみません、私いつの間にか寝て……」
頭に当たる堅い感触。視線をあげると、目の前には朔人さんの顔があった。
つまり私は朔人さんの肩を枕に――。
「すすす、すみません! 私ったら……!」
「お前の寝顔を眺めながらの移動は実に良いものだった。しかし、これから筆頭五家に会うというのに寝られる沙夜の胆力には驚いたよ。流石だな」
「……え」
ちらと、窓の外を見て私は固まった。
そこはさっき見ていた都内の景色とはまるで違う。叔父の家とも、朔人さんの屋敷とも異なる立派すぎる武家屋敷――。
「ここが犬神家の屋敷――俺の本邸だ」
「当たり前だ。本来なら沙夜は分家筆頭の娘。当主である俺の次の地位なのだから気にすることではない」
「ちがっ、そうじゃなくて! この着物です!」
朔人さんの前に立つ私は豪華な着物を着せられていた。
朝食後、お手伝いさんがぞろぞろと私を連れ出し、あれよあれよと着替えさせられたわけだ。
赤を基調とした豪華な花の刺繍が施された立派な着物。
詳しくない私でもわかるほど高価そうな代物だ。
「これから筆頭五家に会うのだからな。場に相応しい格好をさせたまでだ。案ずることはない、よく似合っているぞ。俺の見立てに狂いはなかった」
「だから、そうじゃなくて!」
腕を組み満足げに笑っている朔人さんに私は叫ぶ。
さっきから話が全然噛みあってない。
「こんな高価そうな着物いただけません!」
私が気にしているのはこの着物のことだ。
着付けされる前、月城さんが「朔人様からの贈り物です」とこの着物を差し出したのだ。
「なんだそんなことを気にしていたのか」
「わっ!」
でも朔人さんはけろっとした表情で私をひょいと抱き上げる。
「愛しい婚約者に物を贈ってはいけないか?」
「……っ、そういうわけじゃないです、けど」
朔人さんに見上げられ、私は思わず赤くなる。
和服に着替えた朔人さんはまた違った雰囲気で――その、正直、とても格好いい。
「ならいいだろう。それとも、贈られるのが嫌だというなら……お前が買い取るか?」
「…………ありがたく頂戴致します」
やっぱり朔人さんは少し意地悪だ。
私が観念すると「それでいい」とにっと笑った。
そして月城さんが運転する車に揺られ、移動する。
*
「わあ……」
車は都内を走っている。
車窓から見える皇居や銀座の景色に私は思わず目が釘付けになる。
「気になるか?」
「はい、はじめて見るので」
母と住んでいた頃は極々普通の住宅街。
出かけるといえば近場のショッピングモールや精々デパートくらいで。
引き取られた叔父の家も都内だったけれど、殆ど家の中で過ごしていたので外の景色なんて見るのは久々だった。
「すみません、なんだか田舎者みたいで……」
「俺にはもう見慣れた景色だが、そう初々しい反応を見るのは楽しいものだ」
隣に座る朔人さんは口角を少しだけ上げていた。
「今度、一緒に行こう」
「……え?」
するりと朔人さんは私の手を取る。
「その傷が癒え、落ち着いたら色々なところに出かけよう。沙夜と二人でなら外の世界を見て回るのも楽しそうだ」
「朔人さん……」
「だから今日はよろしく頼むぞ、沙夜」
「……はい」
朔人さんの瞳におもわずドキリとしてしまう。
まだ会ったばかりの人にこんなにドキドキしてしまうなんて、軽い女だと思われたらどうしよう。
照れくさくて体を前に戻し、身を縮こめる。
それから会話がなくなって、沈黙が流れた。
時折ちらりと朔人さんを横目で見ると、彼もそれに気付いてふっと微笑みかけてくれる。
「……!」
いたたまれなくて、私はまた前を向く。その繰り返し。
月城さんの運転は穏やかで、車内は静か。微妙な揺れが心地よく、私は思わずうとうと船を漕ぐのだった。
「――夜。沙夜」
「ん……」
朔人さんの声が近い。
「すみません、私いつの間にか寝て……」
頭に当たる堅い感触。視線をあげると、目の前には朔人さんの顔があった。
つまり私は朔人さんの肩を枕に――。
「すすす、すみません! 私ったら……!」
「お前の寝顔を眺めながらの移動は実に良いものだった。しかし、これから筆頭五家に会うというのに寝られる沙夜の胆力には驚いたよ。流石だな」
「……え」
ちらと、窓の外を見て私は固まった。
そこはさっき見ていた都内の景色とはまるで違う。叔父の家とも、朔人さんの屋敷とも異なる立派すぎる武家屋敷――。
「ここが犬神家の屋敷――俺の本邸だ」