「両親が私を守るために死んだってどういうことですか!?」
「……本当に覚えていないようだな」

 驚く私に、朔人さんは寂しそうに手を離す。

「娘のお前には犬神家に縛られず、平凡に生きてほしかったんだろう。当主の贄嫁になんてならずに、な」

 贄嫁――養父がいっていた言葉だ。
 私が朔人さんの贄嫁となるということは――。

「朔人さんは私を殺すつもりなんですか?」

 怯えながら見ると、朔人さんと目が合った。
 赤い瞳が光っている。獰猛な狼に睨まれたように背筋が凍り、動けなくなる。

「そうだ。いつか、俺はお前を喰う。骨も残さず……お前の母のように」

 傷だらけの母の亡骸を。空っぽの骨壺を思い出す。
 あんな風に私も死ぬ。怖い。
 逃げなきゃいけないのに、体が動かない。
 それよりも、朔人さんの瞳から目がそらせない。
 朔人さんはゆっくりと私に近づいて、顎をくいと持ち上げた。

「清水沙夜。お前は俺の贄嫁だ。それは変わることはない」
「……っ」

 ――殺される。
 でも、どうせ私は行き場所がなかった。家族だってもういない。
 それならここで死んで早く両親の元にいったほうが――。

「だが、いつ喰うかは俺が決める。少なくとも、今でない」
「――え」

 ぽん、と頭の上に手を乗せられた。

「――月城、入れ」
「はっ」

 音も立てずにふすまが開かれた。
 そこにはさっき車を運転していた男の人が跪いている。

「これは月城、俺の側近だ。なにかあればこの男に頼め」
「よろしくお願い致します。沙夜様」
「え……え……?」

 月城さんという人は深々と私に頭を下げる。
 一体なにが起きているかわからず、私は呆然と朔人さんを見上げる。

「私は……殺されるんじゃ?」
「そんなに死にたいのか?」
「……いえ」

 首を振ると、朔人さんはふっと口角を上げた。

「それならいつか死ぬときまで、ここにいろ。ここはお前の家だ。好きにするといい」

 そういうと朔人さんは立ち上がり、部屋の外へと向かう。

「夜更けに悪かったな。とにかく今は休め。これから嫌がおうにも大変な日々が待っているだろうからな。お前は犬神家の嫁なのだから」

 そうして朔人さんは扉に手をかけ、こちらを向き変える。

「お前は俺の贄嫁だ。だからこそ、何人たりともお前に触れさせることは許さない。お前を喰っていいのは俺だけだ。だから安心して眠るといい」

 ぱたん、そうして扉が閉じられる。

「安心しろ……っていわれても」

 いつか自分を喰おうとしている人物の前で、安心なんてできるものなのだろうか。
 部屋に一人残された私は、一抹の不安を抱えながらため息を零すのだった。