午前九時、約束の時間を過ぎても彼への着信に返事はない。

「…………」

 二年前の夏、彼からの告白で私達の交際は始まった。
穏やかで物腰が柔らかく、言動から誠実さが溢れている『悠誠(ゆうせい)』という彼の名をそのまま形にしたような人だった。
社会人二年目での出逢い、私に起こった紛れもない奇跡。
学生時代、不器用が故に恋愛に触れられなかった私に訪れた初恋、運命の出逢いだった。

「そっか、今日はそういう日か……」

 耳元にあてていたスマートフォンを下ろす。
諦めきれずにいる隠しきれない気持ちが、私に数秒間画面をみつめるように働きかけるけれど、その気持ちすらしっかり状況を理解した。
彼の好きなモデルが着ていた濃紺のワンピースに白のヒール。会えない彼の好みだけを詰め込んだコーデはさすがに心が痛んだ。だから耳には買ったまま放置していた大ぶりのピアスを合わせた。これは私の寂しさを埋めるため。
ひさしぶりに通すピアスホールが痛む、心ほどではないけれど。

「いってきます」

 私達のデートは、集合時間の三十分前に通話を挟む。
いつの間にか当たり前になった私達の(おきて)、その通話の中で彼に名前を呼んでもらうことが私にとっての幸せ。

羽唯(うい)

 眠たさの残る声で、柔らかく、包むように彼は私の名前を呼ぶ。
この幸福感が、私が同棲を拒む言い訳の一つになっているのかもしれない。
私は、私生活に自信がない。
料理はまともにできないし、洗濯物は一人暮らしのはずなのにすぐに溜まってしまう、掃除は行き届かないし、掃除中に余計散らかることすらある。
外の世界から解放された家の中では、私の中にある全ての『ちゃんとした人間スイッチ』が切られてしまうのだ。
きっと誰かとの共同生活が始まったら、それなりに綺麗な生活ができると思う。でもそれ以上に、私自身が保たれないような気がする。
付き合って二年とすこし、同棲の話が出る度に『デート前の通話とか、私は結構好きなんだよね』といって彼からの話を流している。
申し訳ないけれど、私は結構小賢(こざか)しい。
そうやって言葉を操って、都合のいい優しさをもらい続けたいと思ってしまっている。
あえて理由をつけるなら、私は彼が好きだから。決して離れたくないからだ。

「角を曲がってすぐの三番シアターへお入りください、ごゆっくりどうぞ」

 券売機で映画のチケットを購入し、指定された席につく。
彼との初デートを思い出す、思い出すためにここへ来たといっても過言ではない。
あの日と同じ『感動』を売りにした恋愛映画をみる。ただ一人、ポップコーンも持たずに私は大きすぎるスクリーンに吸い込まれることを選んだ。
難病を患った彼女と、その主治医である彼の話。
時間を重ねていくにつれて深まっていくふたりの愛と、それを残酷に裏切るように病状が悪化していく様子が生々しく、それでいて繊細に描かれていた。
きっと彼とみた映画も似たような内容の映画だったと思う。
その時、私はその映画を味わうことはできなかった。
感動する映画を『感動した』と受け取れる『正解』の彼女になれているか、観終わった後にどんな感想を言うべきか、彼は退屈していないか。そんなことばかり考えて結局、涙の一つも頬を伝わなかった。
今日の映画は健康体な私にとってどの描写も非日常的なものだったけれど、涙が止まらなかった。
映画は一人でみる方が好きだったりする。
感情の正解も、感想の訂正もしなくていい、それにメイクが崩れることなんてすこしも気にしなくていいから。

「お姉さん、上映中すごく感動していらっしゃいましたよね」

 席をたち、目の下に当てていた手巾(ハンカチ)(カバン)へしまった瞬間、見覚えのない少女から声を掛けられた。
何か悪いことをしてしまったのか、上映中のマナーに反してしまったのかと焦燥が走る。

「えっ……すみません、ご迷惑かけちゃいましたかね……」

「いえ、隣に座っていた者なんですけど……お姉さんの反応が嬉しくて」

「嬉しい……私の反応が、どうしてですか」

「信じていただけないかもしれませんが、この映画の脚本を描いたのが私の姉なんです」

「お姉様が……素敵な映画ですね、本当に」

「もうこの世界にはいないですけどね」

「え……」

「生まれつき身体が弱かったんですよね。映像系の会社員として働いていたんですけど、身体的に厳しくなってしまって命の最期として幼い頃から映画が好きだった姉は映画の脚本に挑んだんです」

「そう……だったんですね」

「その脚本が、姉が生前勤めていた会社への持ち込みで形になれたんです」

「本当に、素敵な作品でしたよ……この作品にも、そして貴女にも出逢えてよかったです」

「その言葉、姉に聴かせたいです。この映画は姉の理想と後悔が詰められたものなので……」

「理想と後悔……?」

「この映画、病を患う彼女を献身的に支える恋人の様子が描かれているじゃないですか」

「そうですね、本当に暖かく」

「姉の当時の彼氏は、それと真逆の人だったので」

「真逆……ですか」

「姉の身体ことを知って、動けなくなっていく姿をみて『将来がみえない』と言い残して連絡が取れなくなったんです」

「……そんな過去をお持ちだったんですね」

「姉がこの作品を描いた最後の日、息を引き取る三日前に言ったんです『これを観た誰かが幸せな恋人と重ねて涙を流せる瞬間があったら嬉しい』って」

「……」

「お姉さん」

「はい」

「姉の願いを叶えてくださって、本当にありがとうございます」

「いえ、こちらこそお姉さんのお話を聴かせてくださりありがとうございました」

 涙の後には、素敵な出逢いがあった。
もっと感想を伝えたかった、別の世界へ旅立った彼女へ届くほどの言葉を伝えたかった。
繊細に描かれるふたりの心の動きが美しかったと、突き刺さる病の生々しさを、残酷に心を置いていって進んでしまう時間への惜しさを、私の拙すぎる言葉で、溢れるほど伝えられたらよかった。
でも、その全ての感情を含んだ涙を視界に入れてもらえたことが嬉しかった。
すこし、いや、かなり恥ずかしかったけれど。

「この後は……」

 彼とはこの後、すこし離れたイタリアンのレストランでランチをした。
息が詰まるほど洗練された世界観のお洒落な店内で、服の汚れを気にしなくて済むようにピザを注文し細心の注意を払いながら口へ運んだ。だから、きっとその日のワンピースは白だった。

「すみません、日替わり定食一つください」

「かしこまりました、プラス二十円でご飯のおかわりが無料になりますがどうなさいますか」

「それなら……おかわり無料の方で、お願いします」

 上品さに欠けていると言われてしまうだろうか。
確かにお洒落なレストランも嫌いではない、それでも私は気を遣わない定食の方が美味しいと感じやすい。
いろいろな人がいる、休憩中のサラリーマン、子連れの夫婦、小学生か中学生くらいの初々しいカップル、雑多な空気感に緊張感が解けていく。
そして私が(まと)っているのは濃紺のワンピース、何も気にしなくていい、私は私の食べたいものを食べたいだけ食べられる。
今日のお昼は私にとっての天国。

「お待たせいたしました……遅くなってしまって申し訳ございません」

「お気遣いありがとうございます」

 もう一つ思い出した、私があの日ピザを注文した理由。
それは、レジ横から作り置きされているピザがみえたからというすこし戸惑ってしまうような理由。
料理が運ばれてくるまでの時間に、話すことが見当たらなかった私がとった最善の方法。
料理が来てしまえば『美味しそう』といった安直な言葉で会話を繋ぐことができるけれど、それまでの沈黙が私は怖くてしかたがなかった。考えていた映画の感想は、内容を理解していないせいで何一つ頭に残っていない。
そう考えるとあの日の感想に『楽しい』は相応しくないような気がしてきた。

「楽しくなかったわけじゃ、ないと思うんだけどね」

 昔からのくせ、美味しいものを口にすると本音が溢れてしまう。
料理とは何の関係もない、そんな言葉が溢れる。

「ごちそうさまでした」

 顔のみえない返却棚に向かって、独り言のように呟く。
この後の予定は特にない、予定がない時、私は決まってあることをする。

「次に会った猫についていこう」

 無意味な時間なのかもしれない。
ただ路地でみかけた猫に、公園の草むらに隠れていた猫に、気づかれないようについていくのだ。
どこへ辿り着くかはわからない、一度だけ人の家の敷地へ足を踏み入れてしまいそうになったことがある。
とても気まずかった。

「猫……」

 何となく、猫にすら巡り会えないような気がする。
ここでペットショップに立ち寄って機械的な出逢いを選択することはしたくない。
私は偶然を求めている、彼との出逢いのような運命的な偶然を。

ー*ー*ー*ー*ー

 大学を卒業して、社会人一年目を迎えた私の趣味は帰宅前に書店へ立ち寄ること。
その書店はカフェと併設されていて、自炊を避けたかった私にとっては好都合な場所だった。
会社で学んだことを自分なりにまとめ直して、好きな恋愛小説を片手にその日の気分にあったものを頼む。都心のわりに人も多すぎず『レトルトのような味』と言われれば否定はできないけれど、何より温かいご飯が食べられることが一人暮らしの私の寂しさを埋めた。

 恋愛小説を読んでいたのは、学生生活の過去を誤魔化すため。
流れるままに高校へ進学した私は、学業にも流行にも無頓着で友好関係はおろか恋愛なんて縁すらなかった。
だから私はずっと中学生が夢でみるような甘い恋の話に浸っていた。
二次元キャラクターを追いかけていたこともあり、私は妄想が得意だった。きっとそれが私が話に浸かっていられた理由。

「すみません、お隣いいですか」

 そこへ声をかけてきたのが、彼だった。
所作に落ち着きがあって、それでも年齢はそこまで離れていないようで。
初対面のはずなのに、どこかで会った事があるような感覚を覚えた。
これは運命の人の特徴らしい、根拠もないインターネットの記事で読んだ知識の一部にすぎないけれど。

ー*ー*ー*ー*ー

 彼との出逢いを丁寧に思い出しても、猫とは出逢えないままだった。
彼からの着信も来ないまま、私は今すごく孤独である。
私が暮らしているアパートは、姉から譲り受けたものだった。

「羽唯もはやくいい人みつけて幸せになりなよ、お姉ちゃん応援してるから」

 姉は幸せそうな顔でそう言って、家の鍵を私に預けた。
学生時代から付き合っていた彼氏との同棲が決まったらしい。
姉は私と違って流行に敏感で、自身の体型や容姿にやや過敏なところがある。家を出る四時間前に起きて毎朝メイクやヘアセットをしたり、デートの日はポーチを三つほど持っていき全てにコスメを詰めていた。
共同のクローゼットの四分の三は姉の服で埋まっていて、言葉や食事のマナーにも女性らしい品がある人だった。
大抵の姉妹は次女の方が賢く育つらしい、姉の失敗をみて知らぬ間に学んでいくことが多くあるからだ。
私はその『大抵』に当てはまれなかった、成績も容姿も周囲からの評価も常に私の上には姉がいた。
それを妬んだことは一度もない、私はそれほど私の姉が好きだったから。
私のことを唯一可愛がってくれたのは、他でもない姉だったから。

 だから、それまでふたりで暮らしていた部屋から姉がいなくなった日は酷く寂しかった。
その日から練習していた自炊を辞めて、あの書店へ行くようになった。
一人暮らしに憧れていた私が姉と一緒に暮らしていたことも、本なんて好きじゃなかった私が本を読むようになったことも、部屋が散らかりやすくなったことも、彼と出逢って結ばれたことも、全ての動機はきっと『孤独』だった。
そんな寂しいことに、今更気づく。

「ん……」

 腰のあたりに振動が伝う、スマートフォンが私の静寂を切り裂く。
素直に期待してしまう。

「はい……」

「羽唯……よかった、休みの日に会社からの電話なんて嫌よね。でもすこしお願いしたいことがあって」

 数秒前の期待が馬鹿馬鹿しくなる。
それでも落ち込みはしなかった、電話の相手が私が慕っている上司だったから。

「いえ、それは全然大丈夫なんですけど……何かトラブルでも起こりましたか?」

「先週受験日だった模試があったと思うんだけどね、当日受けていない生徒が複数人いて……模試監督の担当講師の欄に羽唯の名前が書いてあったから確認したくて」

 中学受験を対象とした塾の講師である私にとって、この手の内容は珍しいことではない。
入社当初は戸惑うこともあったけれど最近は躊躇うこともなくすぐに会社へ向かう、休日であっても髪を結って車を走らせる。

「……わかりました」

「申し訳ないんだけど、一度こっちに来てくれると助かるんだけど……」

「すみません、今日だけはちょっと厳しいかもしれないです」

「あら、お出掛け中?」

「実は今デート中なんです」

「お相手はこの間の飲み会で話してくれた彼氏さんかしら」

「いえ、今は私とデート中です」

「ちょっと詳しく聴きたいわ」

「デートって心が幸せで満たされるじゃないですか」

「それは好きな人といるからそうよね、でも羽唯は今一人なんでしょ?」

「ただの一人じゃないですよ、私自身と言葉を交わしているような……そんな時間です。すこし寂しいですけど、私、今すごく幸せで満たされてるんです」

「羽唯からそんな言葉を聴ける日が来るなんてね」

「え……?」

「羽唯は一人じゃ立っていられないような子だと思っていたから、もちろん可愛らしいって意味で言ってるわよ」

「私もすこしは大人の女性になれましたかね」

「なれてるわ、素敵よ」

「ありがとうございます、なので今日は申し訳ないです」

「申し訳なくなんてないわ、じゃあ違うお願いをしてもいい?」

「私に叶えられることなら……」

「そのデートにしかない魅力を教えてよ、私も今度の休日やってみたくて」

「……帰り道が寂しくないことですかね」

「帰り道……?」

「誰かと遊んだ帰り、飲み会の分かれ道って寂しいじゃないですか」

「確かにそうね」

「でも私は私だから、帰り道の寂しさはないんです。家に帰って眠りにつくまで幸せなままなんです」

「素敵な幸せのみつけ方ね、教えてくれてありがとう。最後まで気をつけて幸せをまっとうするのよ」

 彼女との通話で、すこしだけ私だけの時間に違う色が芽生えた気がする。
午後五時、不意に画面に映ったデジタル時計に気づく。
彼とのデートでの解散時間は夜が明けた先の朝、それと同じ濃度の満足感が私の中にはある。

「……帰ろっかな」

 結局、猫には会えなかった。
奇跡的な出逢いも、彼からの着信もなかったけれど、今日はそういう日のような気がする。
私の家は彼の家から二駅分ほど離れた場所にある、移動すら億劫な時にはギリギリ会えないような距離。

「ただいま……」

 返事は返ってこない。
数少ない高校時代の友人は全員結婚して、きっと今頃『ただいま』の一言に暖かさを与えられている。
すこしだけ、羨ましいと思ってしまう。
寂しがりやの独りよがりな私がそんなことを思う資格なんてないけれど。

ー*ー*ー*ー*ー

「ねぇ、知華(ちか)

「どうしたの?」

「結婚するってどんな感覚?」

「『感覚』っていうほど、たいして特別なものじゃないよ。私の場合はね」

「そっか……それならなんで結婚したの?」

「何もない人生にステータスをつけるためなのかもしれない」

「ステータス……?」

「学歴もなくて、趣味もなくて、仕事も楽しいって思えないから『結婚』っていう形に当てはまれば、それなりに充実に生きてるようにみえるかなって思っただけ」

「相手のこと、好きだからじゃないんだ……」

「好きだけだったら付き合ってるカップルの関係で止まっていいと思うんだよね、結婚なんてめんどくさい手続きしないままでいいと思う」

「……確かに」

「好き以上に金銭面とかの事情があったんじゃないかな」

「……虚しくならないものなのかな」

「私はそもそも結婚に期待とかしてなかったからね、どうせ何年かしたらお互いに相手の愚痴を吐いてても不思議じゃないし。そうなるならメリットが多い方が幸せになれるような気がしたんだよね」

「私、結婚に夢をみてたのかも」

「私もちょっと前まではそうだったんだよね、でもちゃんと冷静に考えたら『愛があったから結婚しました』って言えるほどロマンチックなものじゃないような気がしてさ」

「……そうなの?」

「好きって思ってから、両家の親に挨拶をした認めてもらえたら書面に必要事項を記入して、左手の薬指に金属の輪をはめて、膨大なお金を使って綺麗な数時間を過ごして……それでも与えられる称号が『結婚』っていう二文字だけなの、なんとなく小さいような気がしてるんだよね」

「それでも知華は『結婚』を選んだんだね」

「そうだよ。私なんて魅力が無いに等しいような人間だからさ、婚期逃したら誰も振り向いてくれないし、老後は当たり前のように独りだろうし、そう考えたらおとなしく籍を入れた方が手っ取り早い気がして」

「そっか……結婚なんて私には程遠い話だけど、他人事じゃないような気がしてきた」

「羽唯は可愛いし、いい人なんてすぐにみつかると思うよ」

「結婚したらそこでゴールって考えたら、ちょっと寂しいね」

「ゴールではないんじゃない?」

「え?」

「子供を授かったり、相手方の両親との付き合いもあるし……たぶんゴールとかないよ、ちょっと嫌だけどね」

「そっか……知華は子供のこととか視野に入れてるの?」

「まだわからないよ、でも相手は私より遥かにしっかりした人だからきっと幸せな選択をとれると思う」

ー*ー*ー*ー*ー

 二十歳の頃、結婚したことに悲観的だった彼女との話を思い出した。
その話をした当時は、彼女の言葉と自身の思想を重ねて安堵していたけれど彼女から子供を授かったと報告を受けた瞬間に、どこか壁ができたような気がした。
結婚をステータスと語っていた彼女が、心から幸せそうにその形を語る姿をみて、私は勝手に独りになった。
彼女は素直になったから、(ひね)くれた幸せから足を洗えたのだと思う。
今更になって後悔に襲われる。

「……え」

 数センチ先のスマートフォンから、振動が聞こえる。

「……はい」

『遅くにごめん、羽唯』

 あえて相手の名前を確認せずに通話を受けたのは、その相手を察していたから。

「大丈夫、急に電話なんて悠誠にしたら珍しいけど……何かあった?」

「いや、今日……一緒に出掛けるって言ってたのに忘れちゃって」

「今、思い出してくれたんだ」

「そうなんだよね、ごめん……でもちゃんと思い出したよ」

「思い出したことで忘れてたことが帳消しになるんだね」

「好きじゃなかったら思い出さないでしょ」

「……本当に好きだったら、そもそも忘れないよ。頻繁に会うわけでもないのに」

「……」

「いいよ、ちょうどいいきっかけをくれてありがとう」

「え……きっかけってどういう意味?」

「今日ずっと一人で過ごしてわかったんだ、いろんなことを思い出して答えがわかったよ」

「答え……」

「別れよ、この数年間のこと終わらせようよ」

「羽唯がそう思ったのは今日のことが原因?そうだとしたら……」

「違うよ、そもそもの私の思想癖の問題」

「……」

「悠誠が拒まないなら、本当にその選択をとるよ。私は『別れを引き留めてほしい』とは思ってないことだけは、先に伝えておくね」

「僕は……いいよ、その答えで」

「そっか、じゃあ今忘れてることは思い出さないままでいてね。忘れたまま、記憶から消してね、私のこと」

「え……」

「それじゃあ、今までありがとう。幸せにね」

 幼い、私は人を傷つける幼さを抱えている。
通話越しに別れを告げた、本当はもうすこし一緒にいたかったけれどこれ以上彼を振り回すことは気が引けてしまった。
本当は恋愛映画のような恋に堕ちてみたかったし、笑顔でウエディングドレスを着てみたかった、それでも私にはその理想を辿ることがあまりにも難しかった。
私は私のことを忘れない、忘れられるわけがない。
そして全てを理解して、場合によっては抱き締めることができる。
私は私を生き直したい、この心を忘れないように、『思い出した』なんて言わないように。
私は生涯をかけて、私と手を繋いで生きていく。

 そんな言葉を頭では並べているけれど、最後に素直になるとしたら私はきっとたった一つの言葉を選ぶ。
彼のことが大好きだった、と。