王族に攻撃をすれば敵と見なされ、反逆者として捕えられる。だがフェイランは剣術と魔術の使用を認めたため、ここからは勝敗がつくまで使用可能だ。
 だが使用可能と言っても、フェイランを傷つけることは許されない。使っていたのは防御のためのみ。シンはそれを理解していた。

「っ……」
「攻撃しなくていいの? そんなんじゃ僕には勝てないよ」

 言われなくてもわかってる。
 そんな思いは胸にしまっておく。
 フェイランの剣撃は美しい。迷いがない。威力もそこそこあるが勝てない相手ではない。
 しかし王族という肩書きがシンの攻撃の手にブレーキをかける。アストライアとまた離れるかもしれないという恐怖が、シンを襲う。

「シン……」

 アストライアは苦戦するシンを心配そうに見つめている。シンの考えはアストライアにもわかる。シンが負けるとは思っていないが、それでも心配してしまう。
 もしシンがいなくなってしまえば、アストライアはアストライアでいられなくなってしまうから。

「アストライアちゃん」
「! ラウアねーさま」
「シンくんのこと、心配?」
「……うん」
「あらあら。アストライアちゃんらしくないわね。いつもは自信満々なのに」
「ラウアねーさま……っ」

 少し恥ずかしくなるアストライア。
 くすくすとラウアノースに赤面する。

「もうっ、からかうのはやめてくださいラウアねーさま!」
「ごめんごめん。からかったつもりはないのだけれど……ふふっ」
「ラウアねーさまぁ〜〜!」

 二人のやりとりを見ていた兄二人は「妹最高! 可愛い!」と推しまくる。全くシンを見ていない。さっきのかっこよかった台詞はどこへ行ったのやら。

「じゃあアストライアちゃんのお姉さんとして、私から一つ教えてあげる。……どんな時でもアストライアちゃんの信じた道を、人を、信じなさい」
「信じる……」
「えぇ。私はフェイランを信じてるわ。あの子は厳しいかもしれないけれど、ちゃんと誰かを思って行動することができる素敵な子よ」

 アストライアもそれは知っている。表情が顔に出にくいだけで、フェイランもレオンハルトやユリウスと同じように兄妹を愛している。
 ラウアノースと一緒の時はそれがよくわかる。フェイランは兄妹のために強くなったと言っても過言ではない。ラウアノースやアストライアを守るために強くなるのだと、昔言っていた。
 それにね、とラウアノースは続ける。

「フェイランはシンくんのこと、きっと認めると思うわ。フェイランが大事にしているのは心。シンくんがアストライアのために本当に行動できるのかを試しているのよ。だから、傷つけたり殺したりなんて絶対にしないわ」

 フェイランを一番近くで見てきたラウアノースにはわかるのだ。フェイランはシンを傷つけないと。その理由にアストライアは関わっている。
 アストライアやシンは知らないが、アストライアの兄妹は皆、アストライアが“アストライア様”や“愛らしい妹”を演じていることに気づいている。
 だからシンをアストライアの従者からは外せないと思っているのだ。これは言わばシンの覚悟を確かめる戦いだ。
 シンをアストライアの従者から外せば、アストライアが怒ることを知っているし、もう“アストライア”になることはできないとわかっている。
 四人ともアストライアを愛しているのだ。

「レオンハルト兄さんは剣術大会にいたからシンくんの実力をわかっているはずよ。アストライアちゃんの従者に認めたくないのは、シンくんが従者になったらアストライアちゃんが頼ってくれなくなると思っているからだと思うわ」

 大いにあり得るとアストライアは苦笑いする。

「ユリウス兄さんはシンくんの魔術の才能をとっくに見抜いているはずよ。今は使い方を観察してるってところかしら。シンくんは魔力の量も質も十分過ぎるほどある。認めたくないのはアストライアちゃんの従者になることじゃなくて、自分よりも優れているっていう事実なんじゃないかと私は思うの。だって、ヒューリおじさんの愛弟子なのでしょう? 気になって仕方がないのよ」

 ヒューリにはシン以外の弟子がいない。ヒューリが規格外すぎて、皆着いていけないのだ。だがシンは違った。人間ということもありヒューリの何かに刺さったのだろう。
 愛弟子と呼ばれているのは師弟関係が長く続いているからだ。飽きっぽいヒューリがここまで長く続けているのは魔術ぐらいである。

「フェイランはさっきも言ったようにシンくんの覚悟、心を試しているわ。実力は十分にあるとわかっているから、フェイランが認めればレオンハルト兄さんもユリウス兄さんも認めてくれるはずよ」

 フェイランはレオンハルトやユリウスから信頼を得ている。実力もあるが、人(魔族)を見る目があるのだ。

「だからきっと大丈夫よ、アストライアちゃん」

 ラウアノースが後ろから抱きつく。
 アストライアは質問をした。

「ラウアねーさまはどう思ってるの? シンのこと」
「んー? さっきも言った通り、私はアストライアちゃんが選んだ子だから心配はしてないわ。アストライアちゃんもフェイランと同じようにいい目を持ってるもの。け、ど、もしシンくんがアストライアちゃんを傷つけたり泣かせたりしたなら話は別よ? 殺すことはないだろうけど、同じくらい……ううん、それ以上の痛みと苦しみを与えるわ」
「ラウアねーさま……」

 最後の方はすごく怖かったが、ラウアノースがアストライアを大切に思っていることはわかった。

「ラウアの言う通り、俺らはあいつが何かしない限りは手を出すつもりはないぞ? アストライア」
「私もレオと同じだ、アストライア」
「レオにーさま、ユーリにーさま」
「フェイも俺らと同じはずだ」
「きっと、な」
「……うん」

 シンを信じて、アストライアは決着を待った。
 そしてシンはついにフェイランに勝つ方法を見つけていた。

「そろそろ終わりにしようか」
「そうですね。……フェイラン様」
「なに?」
「先にお詫び申し上げます」
「……わかった。いいよ」
「ありがとうございます」

 シンはそう言うと、間合いを詰め、連撃を始めた。

「……やっぱり抑えてたね」
「全力は出すな、と師匠から言われておりますゆえ」
「そう。オズヴィーンか。許すよ」

 シンは六割ほどの力を出して、狙いに攻撃を当てる。右上、左真ん中、(つば)近く……壊れそうなところを全て攻撃していく。
 魔法で威力を上げ、一点に集中して壊していく。

「っ……」

 そしてーー

「! ……君の勝ちだよ、シン」

 パリンとフェイランの剣が粉々に砕けた。
 これでフェイランは魔法のみの戦いとなるため、不利となり、シンの勝利が確定した。
 ユリウスが結界を解く。
 アストライアはシンの方に走った。

「シン……っ」
「アストライア様、勝ちました」
「うん」
「約束はお守りました」
「うん」
「私は貴女の隣にいてもよろしいでしょうか」
「私がそれを望んでいるのよ、シン」

 すると、シンは跪き、アストライアの手を取った。そして、アストライアの甲に口付けを落とした。

「! し、シン……っ」

 少々アストライアには刺激が強かったようだ。頬を薔薇色に染めて慌てている。滅多に見れない光景だ。

「貴女を支えさせてください」

 こうしてアストライアとシンは兄妹との面会を終え、生誕パーティに姿を現すのだった。