「アストライア! 久しぶりだなぁ!」
「レオンハルトにーさま!」

 親族との控え室に入り一番初めに口を開き、一番初めにアストライアに抱きついたのは、一番上の長男だった。「高い高ーい!」をする青年こそ、アストライアの兄にして王位継承権第一位のお方。
 名をレオンハルト・エイベルという。
 アストライアと同じアプリコットの髪にネイビーブルーの瞳をした、16の青年だ。アストライアよりも8歳年上の第一王子で、ニコニコと笑っている。
 金髪碧眼の美しい容姿のレオンハルトはまさに絵に描いたような王道の王子だ。白い王族衣装がよく似合う。

『レオンハルトお兄様は面倒見の良い好青年って感じよ。王立学校の剣術大会では堂々の一位! 首席だから頭も良いし、非の打ち所がない、私も尊敬するお兄様よ』

 立ち振る舞いからそれがわかる。王族の下の気品を保ちつつも親しみやすい笑み(本物)を浮かべている。頭良し、容姿良し、首席&王立学校剣術大会の優勝者。
 アストライアの言う通り、非の打ち所がない王子である。

「レオンハルト。アストライアを振り回すのはやめろ。せっかくの綺麗なドレスに皺がつく」
「ユリウス……」
「ユリウスにーさま!」

 ユリウス・エイベル。
 第二王子で、プルシャンブルーの長髪にアストライアと同じローズレッドの瞳をした青年だ。歳は14。王立学校では魔術の部門においてトップの成績を誇るアストライアのもう一人の兄だ。

「大丈夫だよ、ユリウスにーさま。私、知ってるもん! ユリウスにーさまは私がレオンハルトにーさまにとられちゃうかもって思ったんでしょ?」
「あ、アストライア……っ」

 どうやら図星のようだ。

「でも忘れないでユリウスにーさま。私、ユリウスにーさまのこと大好きだよ。もちろんレオンハルトにーさまも!」
「! ……レオンハルト」
「言いたいことはわかるぞユリウス。……俺たちの妹はなんで可愛いんだっ!! だろ?」
「当たりだ」

 レオンハルトを太陽とするならばユリウスは月。冷静沈着で、物事を客観的にみて判断することができる。が、学生の時とプライベートの時は顔を使い分けており、王立学校では『氷の貴公子』と呼ばれているがまあ、家族の前ではこんな感じである。
 ちなみにユリウスは昔、アストライアに魔法の指導をしたこともある。アストライアの師匠とも言えるだろう。

『ユリウスお兄様はとっても目がいいの。眼鏡をつけているけど、あれは良過ぎる視力を抑えるためなの。魔力察知に長けていて、遠距離でも目標に当てることができるのよ。近距離戦なら勝率は私の方が高いけど、遠距離となればユリウスお兄様以上の使い手は見たことないわ』

 魔力操作が得意なのだろう。ユリウスはいくつもの魔法を同時に展開、発動することができる。器用なのだ。

「あらあら。レオンハルト兄さんもユリウス兄さんもアストライアちゃんが可愛いからって浮かれすぎ。……でもアストライアちゃんが可愛いのは事実。わたしもアストライアちゃんとぎゅーしたいわぁ」
「ラウアノースねーさまもぎゅー、する?」
「いいの?」
「いいの!」
「じゃあ……ぎゅー!」
「ぎゅー!」

 ラウアノース・エイベル。
 コーラルレッドのふわふわとした髪にアイボリーブラックの瞳をした第一王女だ。雰囲気は柔らかく、アストライアをちゃん付けで呼んでいる。
 互いにぎゅーと抱きつき笑い合う二人。
 レオンハルトとユリウスの兄コンビ二人はそんな微笑ましい光景に惚ける。

「あぁ、妹たちが可愛すぎる」
「天使だ……」
「いいな、ユリウス。絵になるとはこのことだと今思う」
「私もだ。大いに共感するぞレオンハルト」

 歳は13。第二王妃シャノンの娘だ。アストライアとの関係は異母姉妹となる。第一王妃のリリスエッタ派と第二王妃シャノン派の二つの派閥がバタバタと火花を立てているが本人たちはとても仲がいい。愛らしい姉妹で何よりである。

「アストライア」
「! フェイランにーさま!」

 フェイラン・エイベル。
 アイボリーブラックの髪にコバルトグリーンの瞳の第三王子だ。ラウアノースと同じくアストライアの異母兄妹で、ラウアノースの弟だ。目が前髪で覆われていて見えにくく、また、無表情のため感情を読み取りにくい。
 しかしアストライアは知っている。フェイランは感情の起伏が小さく見えるが、実は心の中で喜んだら起こったりしていることを。
歳は12。シンと近い。

「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、フェイランにーさま。見て? このドレス。可愛い?」
「うん。似合ってるよ」
「もう、フェイランったら! ちゃんと可愛いって言いなさい!」
「ララ……」

 そんなフェイランだが姉のラウアノースには弱く、ラウアノースの頼みは断ることができない。
 フェイランは顔を若干歪ませる。
 ちなみにララというのはラウアノースのフェイランだけが呼ぶ愛称である。アストライアたちはラウアだ。

「……可愛い」
「ありがと! フェイランにーさま!」
「いい子ね、フェイラン」
「な、撫でないで……」
「いい子のご褒美」

 ラウアノースに頭を撫でられ照れるフェイラン。だが逃げたり抗ったりしない。ラウアノースを傷つけないためだ。

(なるほど)

 シンは数分の間この兄妹を観察してわかった。まず一つ、アストライアは親族の前では幼い子供を演じている。
 魔王謁見の時もそうだが、アストライアは無害で無邪気な幼児になっている。相手に好意を持たせ、敵意を失わせ、そうして自分の居場所を作っていくのだ。
 アストライアの兄妹間の位置は守ってあげたくなる愛らしい末っ子。まだ小さいから、弱いから、無知だから……そんなありえるはずもない印象を抱かせて懐に入り込む。それがアストライアの生きるための手段なのだろう。
 そしてもう一つはーー

「で、」
「!」

 場の空気がレオンハルトの一言、一音によってガラリと変わる。緊張感のあるピリピリとした空気だ。シンはこの空気を知っている。これは試される時の空気だ。

「人間の貴様がこぉんなに可愛い俺らの妹であるアストライアの護衛? 冗談ならここではっきりと言え。もし冗談ではないのなら……」

 ゴクリと唾を読む。

「貴様がアストライアに相応しい男か、見てやる」

 まるで「娘は嫁にやらん!」という父の台詞だ。

「レオンハルト。お前だけ見るのはずるい。私も見させてもらう」
「私はアストライアちゃんが決めたことにつべこべ言う気はないけれど……もしもシンくんがアストライアちゃんを傷つける害となるなら、その時は容赦しないわ」
「僕は許さない。父さんを悲しませ、リリスエッタ様を殺した同じ種族の人間をアストライアの従者になんてさせない」
(今、はっきりした)

 アストライアの兄妹はライゼーテと同じく、アストライアを溺愛している。

「レオンハルト兄さん、僕があいつと戦う。いい?」
「珍しいな、フェイラン。お前が自分から行くだなんて。……次は俺にやらせろよ?」
「いいよ。……ユリウス兄さん」
「かまわない。どうせ私はアストライアをフェイランの攻撃から守らなくてはならないからね。存分に暴れてこい。瀕死にさせてもいいぞ」
「ありがと」

 そういうとフェイランは剣を取り出し、シンに向けた。

「剣、出していいよ。僕が許す。これは命令だよ。魔法を使ってもいい。拒否権はないと思ってね」
「…………」

 シンはアストライアに視線を向ける。

「シン」
「はい」
「さっきの約束、守ってね」
「!」

 さっきの約束、というのはシンが先刻アストライアに言ったことだろう。

『俺が貴女を支えます、ティア』

 フェイランに勝たなければそれは不可能となる。つまりアストライアはシンに勝てと言った。そして勝てると信じている。

「……承知しました」

 恭しく一礼すると、シンは剣を取り出し構える。魔力を体内に巡らせ、フェイランを見失わないよう、しっかりと捉えた。

「【防御】【結界】【修復】【修繕】【自動治癒】」

 ユリウスが防御の結界を張る。そして部屋に攻撃が当たっても自動で治るようにした。

「戦闘、開始!」

 レオンハルトの合図でフェイランとシンの戦闘は始まった。