【四章】



 ついにアストライアの生誕パーティの日となった。天気は快晴。雲ひとつない青空が広がっている。風は心地よく、爽やかだ。
 主役のアストライアは朝から大変だ。
 まず初めに大量の贈り物を選抜し、それが終われば軽食を食べてドレスに着替える。そして久方ぶりに会う兄妹たちに会うのだ。
 贈り物の整理はメイドたちに任せれば良いだけのことなのだが、物が増えると良くないとのことで、いる・いらないの選別をするのだ。
 末っ子の第二王女とはいえ、贈り物・貢ぎ物の類をもらうことは多い。中には刺客が差し向けた物も入っている。
 王族の肩書は面倒なのだ。

「では、ドレスの着替えを行います」
「素敵なお姿にいたしますね、アストライア様」
「ありがとうフローラ、エル」

 生誕パーティで一番大変なのがドレスの着替えだ。ドレスを着て髪を整えれば終わり……なのだが、主人(アストライア)の出来はメイド(フローラたち)の腕にかかっている。
 いかに可愛らしく、美しく仕上げるか。
 メイドの腕が問われる作業なのだ。
 ゆえに本来ならば10分で済むアストライアの支度は大幅に延長され、2時間もかけて行われる。
 アストライアは「魔法でちゃちゃっとやればすぐなのに」と言うが、フローラとフィノエルーラは頑なに譲ろうとせず、自分たちの手で仕上げようとする。
 今日は何を言っても無駄だと悟ったアストライアは着せ替え人形と化し、静かに終わりを待つのだった。

「今回のドレスはアストライア様と同じ瞳の色をした鮮やかなローズレッドのプリンセスドレスにしようと思っています。フリルやリボンはランプブラックなので可愛らしさもありつつ全体的に大人っぽい印象になります。アストライア様にぴったりなドレスかと。いかがでしょうか」
「そうね。そうしましょ。問題は……」

 基調色(ベースカラー)はローズレッド。これはいい。瞳の色と合っているし、なによりアストライアも気に入っている色だからだ。
 従属色(アソートカラー)としてフォレストグリーンの刺繍がワンポイントとして施されているのが素敵だ。ドレスの裾を金糸で縁取りされているところも同じである。
 強調色(アクセントカラー)はランプブラック。ランプブラックは茶色と黒色の中間ぐらいの色だ。フィノエルーラの言う通り、ローズレッドだけだと甘すぎなので引き締まって落ち着く。
 そう、ドレスはとても良い。問題はドレスではなくーー

「髪型とアクセサリーですね」
「えぇ」

 ドレスも髪型もアクセサリーも、全ては身につけた者を引き立てるためにある。目立ち過ぎるのはいけないし、かと言って空気のようになるのも良くない。とても難しいのだ。

(どうしようかしら……)

 普段ならフローラやフィノエルーラに任せるアストライアだが今日は違う。

(今日は特別な日だもの。今日だけは私も考えたい)

 二年ぶりのシンとの再会の日。アストライアがずっと待ち侘びた、特別な日。だからこそ、いつもはどうでもいいと思っていることも、真剣に考える。そう、特別な日だから。

「コサージュ? このドレスには少しうるさいわ。違う方がいい」
「リボン? 可愛いけどちょっと違う」
「ツインテールはだめ。このドレスに似合わないと思う」

 あれやこれやと考えるが、なかなかいい案が浮かばない。悩むアストライアにフィノエルーラが提案をする。

「ガラス細工でできた薔薇のバレッタなどどうでしょうか。髪はハーフアップにし、サイドで編み込み、バレッタで留めればとても素敵なものになると思います。ハーフアップは上品ですし、このドレスに似合うかと」
「薔薇のバレッタ……どれ? 見せて」

 フィノエルーラが指示し、アストライアに薔薇のバレッタを見せる。
 ガラスでできた精巧な薔薇はキラキラと輝いており綺麗だ。蔓や棘もガラスでできているようでとても美しい。華やかだしドレスにもよく合っている。

「これにするわ。髪型もエルの案でいきましょう。あとは……」

 アストライアは胸元に視線を落とす。黒のレース生地とフリルがあしらわれている。そこが少し物足りなく感じたのだ。

「ブローチはないかしら? 赤い、真紅の美しいものがいいわ」
「それでしたら贈り物の中にあったはずです。確かこの辺りに……ありました! 贈り主はエーレンルーア家ですね」
「見せて」
「かしこまりました」

 メイドから受け取り、アストライアはブローチを見る。楕円形で周りは金色で縁取られている。光の当たり加減でアストライアのローズレッドやルビーレッドに見える。

(……あら、これ、もしかして……)

 アストライアはブローチに微量な魔力が籠っていることに気づく。周りに気づかれないよう、気をつけて解析を始めた。

(【隠蔽】【顕現】【整頓】【序列】)

 あらゆる魔法を使って解析をするアストライア。十数秒もすると解析は終わった。

(やっぱり。魔力を流すと色が変わる魔石なのね。この魔石は……ピーコックブルーになるんだわ……!)

 ピーコックブルーはシンの瞳と同じ色だ。エーレンルーア家はオリバーの家元だ。オリバーはシンと仲が良いと聞いたことがあるアストライア。わざとやったに違いない。
 またはシンがエーレンルーア家の名を借りてアストライアに送ったか……どちらにせよとても嬉しい贈り物である。

「これ! フローラ、これをつけるわ」
「ふふっ、承知しました」

 フローラは微笑み、アストライアからブローチを受け取る。

(シンはどのくらい成長したのかしら)

 アストライアはメイドたちに体を委ね、二年前のことを振り返った。


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「緊張してるの? シン」
「……悪いか?」
「ううん。いいと思うよ? 珍しいシンが見られて僕は満足」
「…………」
「嘘だよ?」

 シンとオリバーは騎士団の控え室にて話していた。話題はもちろん、アストライアについてだ。

「今日は特別な日だもん。しかたないよ」

 オリバーはシンの緊張を少しでもほぐそうと話しかけていた。

「この二年間は長かった?」
「……どうだろう。初めの頃の師匠との稽古は地獄のように感じたから長かったように思えたけど、最近は一日、二日でさえ煩わしく思ったし……日によるな」
「うわー、アストライア様ラブ発言だー」
「アストライア様ラブ発言って……」
「でも正しいでしょ? 一途に想い続けてるんだし。アストライア様もそうらしいから相思相愛だよ。両想い。らぶらぶじゃん」
「らぶらぶ……」

 らぶらぶ、という言葉をシンは否定したかったが、なぜだかしっくりしてしまう。

(そんなんじゃないのに……)

 オリバーの言い方ではシンとアストライアが恋人のように聞こえてしまう。それが少し恥ずかしく、だが否定したいのに否定できない複雑な心境に陥る。

「まぁこの話はこの辺にして……シンってなんでも似合うよね」
「ものすごく話が変わったな」
「まぁまぁまぁ」

 けど、とオリバーは続ける。

「騎士団の服、よく似合ってるよ」
「そうか? ありがとう」

 騎士団の正装は黒を基調とした戦闘服だ。戦闘服といっても軍や自衛隊の迷彩服や動きやすさ重視の硬いものではなく、パーティなどでも馴染む形や色だ。
 学ランに似た形をしており、縁取り以外は全て黒。マントも当然黒だし、携帯している剣の鞘も黒である。もちろんマントの裏には暗器があるし、防寒などもバッチリだ。
 戦闘服のデザインにはヒューリも加わっている。見た目と機能性、どちらも重視された特別な戦闘服だ。剣や魔法の攻撃をくらってもそれらの衝撃を吸収する素材となっており、万が一怪我をしても自動治癒機能付きなので死亡率は低い。最強の戦闘服と言えるだろう。

「……そうだオリバー。師匠が見当たらないんだがどこにいるか知らないか? 警備について聞いておきたいことがあるんだが……」
「オズヴィーン様? ごめん。知らないな。シンの言う通り、ここにはいなさそうだね。……てか、警備について聞きたいのはアストライア様のことがあって?」
「それ以外にあると思うか?」
「ないね。オズヴィーン様を信用してないの?」
「そうじゃない。これは気持ちの問題だ。俺がアストライア様の護衛として側にいることになったのは嬉しいが、やっぱり少し怖くてな……」
「シンにも怖いって感情あるんだね」
「俺をなんだと思ってるんだ、オリバーは」

 訝しげな視線を送るシン。
「ごめんごめん」と軽く謝るオリバーにため息をつく。

「さ、シンは時間だよ。行っておいで、アストライア様のところへ」
「……ありがとうな、オリバー」
「僕はなにもしてないよ?」

 オリバーは首を傾げる。

(いや、してくれたよ。俺をここまで連れて来てくれたのは、オリバーがいてくれたことが大きく関わっているから)

 けど、そんな思いは口にしない。
 少し恥ずかしいからだ。

「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」

 こうしてシンは、アストライアの待つ控え室へと向かうのだった。