「表彰台からの景色はどうだった? シン」
「改めて思ったが、すごく狙いやすくないか? 全方向からの攻撃が可能な中央で表彰をするのは危険だと思う」
「僕、そういうのを求めたんじゃないんだけどなぁ」

 剣術大会は幕を閉じ、シンは表彰を終えた。今はオリバーと散歩中である。そして来たる1ヶ月後、シンはアストライアの生誕パーティーにて再開することになる。

「でも惜しかったね。準優勝だなんて」
「当然の結果だ。師匠の方がはるかに強い。俺はフェイントをして隙をついただけだ。そして師匠には隙をつかれてもすぐに俺に攻撃できた。圧倒的な力の差がある。いい経験ができたし、俺は納得している」

 シンは始めからオリバーの戦法で戦うふりをしていた。
 超巨大火焔系絶対詠唱魔法用魔法陣を作り、シンが絶対詠唱魔法を発動させるとオズヴィーンにわざと認識させ、警戒感を強めさせた。
 絶対詠唱魔法の超巨大魔法陣を作成するのには時間がかかるし、魔力も消費する。なのでそこまでして作り上げたものがフェイントだとは思いにくい。
 そこを利用してシンは突いた。

「でも、発動させればシンの勝ちだったでしょ? オズヴィーン様に魔法陣を魔力で染められたにしろ、魔法陣を作成したのはシン。シンの魔力の方が魔法陣もすぐに染まりやすいし、一度染めたから少ない魔力で染めることも可能だった。なのに発動させなかったのは何故?」

 魔法陣を魔力だけで作成する時には、自分の魔力が必要だ。他者の魔力を借りて作成することは難しい。
 完成後の魔法陣に他者が魔力を注げば他者が使うことができる。だが、他者の魔力の下にあるのは魔法陣を作成した者の魔力。もう一度染め上げるのに必要な魔力は少なく済むのだ。

「……優勝することもできた。でも、魔族たちが求めているのは適度に強く、いざ殺すとなった時に殺せる人間だ。アストライアを守れるほどの強さを求めつつ、魔族の脅威にならないくらいの丁度良い人間でなければ、どんなに強くても敵と見做(みな)される」

 つまり、だ。

「そうか! シンは優勝しちゃ“いけなかった”んだ!」
「そういうこと」

 シンが優勝してしまえば魔族たちは早く殺さなければと躍起になる。だからシンは優勝してはいけなかったのだ。

 また、オリバーの戦法では魔族たちからは認められない。ルール違反ではないが、魔術で決着をつけたも同然だからだ。そして、剣術大会でそのようにして優勝した者を、魔族たちは認めない。
 フェイントとして利用することでギリギリセーフの判定が出るし、結果的に剣術で決着をつけたので勝敗に文句をつけることはないのだ。

「……そうですよね? ヒューリ様」
「どーしてオリバーに続いてシンも僕のことがわかるのかなぁ……?」

 ヒューリが茂みから現れる。

「…………」
「はーい、僕がシンの代わりにヒューリ様に言わせていただくと……『ヒューリ様の視線はいつもじとっとしてるからすぐにわかるんですよね』だそうです」
「(代行ありがとう、オリバー)」
「(このくらい誰にでもできるよ、シン)」
「ちょっとそこぉ……? 二人の世界を作らないでくれない? 仲間外れはやめてよ〜」
「いや、ヒューリ様が原因ですから」
「オリバーの言う通りです。その歳での覗き見はそろそろやめた方がいいですよ、ヒューリ様」
「二人とも本当に冷たいねぇ……」

 ヒューリは悲しそうな表情を作る。だが演技であることは知っているので二人の冷たい目は変わらない。ヒューリはシンの方を向く。

「僕の言葉の意味はわかったみたいだね」
「はい。アドバイスありがとうございましたヒューリ様」

 あんな表情をヒューリがしたのは初めてだった。

『この大会に参加する意味はなんだ?』
『……意味、ですか』
『それがわかればきっと上手くいく』

 それだけを残して立ち去ったヒューリ。あの言葉の意味は、アストライアの従者として認められるためにはオズヴィーンに負けるべきだ、ということだった。
 それをわかったシンもそうだが、やはり魔界には飛び抜けた者が多い。変人、超人含めても、だ。

「でも、シンの絶対詠唱魔法は見てみたかったなぁ! 今度兄さんに交渉してみようかな?」
「いえ、結構です」

 ヒューリの教えだと二、三発絶対詠唱魔法を撃たせられる気がする。そうシンは思ったので丁寧に遠慮しておいた。

「それにしても、シンに戻って本当に良かったよ。シノちゃんの件はこのアドバイスでチャラだよ?」
「……嫌です」
「えー、嫌かぁ……」
「はい。なので何か一つ、俺の願いを叶えてください。いつかでいいので」
「シンがそんなこと言うなんて珍しい……わかった。叶えられる範囲ならどんな願いも一つだけ叶えてあげよう!」

 シンはヒューリに言質を取った。

「じゃ、またね。僕はやりたい実験がたんまり溜まってるから」
「早めに終わらせた方がいいですよー」
「シンの言う通りですよー」

 適当に言うと、ヒューリは苦笑しながら帰って行った。

「……で?」
「はいはいわかってるって。アストライア様に安全に接触する方法でしょ? シンって本当にアストライア様ラブだよねー。ほんっとうに一途」
「褒めてないで早く教えろ」
「褒めてはないからね?」
「わかってるに決まってるだろ」

 オリバーは深いため息をつくと、シンを手招きして違う場所に移動する。移動中にシンはオリバーに方法を聞くことにした。

「接触は手紙で行う。アストライア様宛てってことはもちろんのこと、シンが書いたってバレないようにしてもらう。書くのは……そうだな、魔力液にしよう。【透明】で隠せばなんとかなると思う」
「魔力液? 俺でも知ってる。ものすごく希少で高価な物だ。俺は魔力液を変えるほどのお金なんて持ってないからな?」

 魔力液は魔力を液化した物だ。魔力は物体を持たない力。そのため魔力を液化するのは非常に難しいことで、市場にもその値が高すぎてあまり出回らない。
 自分の魔力を液化すればいいだけのことなのだが、シンはその方法を知らない。ヒューリに教わっていない。
 魔力液に関する身近なものだと魔力の回復薬だろう。魔力の回復薬は魔力液とその他諸々によって作られるものだ。ちなみに値段は当然魔力液より高い。そのためヒューリが王城で作っている。
 すごぉくすぐに回復するが、すごぉくとにかく不味い。調薬する過程でわざと苦味成分を入れているらしい。ヒューリでも回復薬を一つ作るのに一時間はかかるので、軽い気持ちで消費させないためだろう。
 だが性格の悪いヒューリのことだ。長い回復薬を飲んだ時の兵士の滑稽な反応を見たいからという私情も含まれていると思われる。

「シン。シンにはいつもヘラヘラしてるけどごくたまに頼りになるヒューリ様がいるじゃないか」

 ヒューリがいない今だからこそ言えることをオリバーは言う。シンは若干引きつつも肯定する。

「てことで魔力液に関してはヒューリ様に頼もう! シンを女体化させた対価にしてはいいんじゃない? ヒューリ様、魔力液を作るのはものすごく面倒だって前に言ってたし」
「……いいかも」
「でしょ? どのくらい用意してもらおうか?」
「どうせなら大量に要求しよう。あって損はない。場所に困ったら売ればいいんだし。ヒューリ様の魔力で作られた魔力液ならめっちゃ高く売れるし」

 そんなヒューリにとっては可哀想な話をしながら城下町を抜け、森を抜け、シンは見知らぬ場所に着いた。
 白い壁に緑が映える(つた)が絡みついている。木とレンガを組み合わせて造られた二階建ての家は大きく美しい。木の温もりが周囲の木々の風景と合っている。

「ここは……?」
「ん、僕の別荘」
「!?」

 見た限りでもかなり広い。土地代、建築代、維持費など、お金がなければ成り立たない家だ。さすがエーレンルーア家と言ったところだろうか。財力が垣間見える。
 するとーー

(! あれは……)

 そこにはシンがシノの時に会った少女、フィノエルーラがいた。オリバーと再会を果たしたのだろう。決勝前、シンはフィノエルーラとオリバーを会わせていた。

『エルをオリバーと会わせることができるかもしれない』

 オリバーが許可を出したのでシンはフィノエルーラとオリバーを会わせることができた。オリバーにフィノエルーラの名前を出した時、オリバーは微かな反応を見せた。知り合いなのかもしれない。

「本当に男の子なんですね、シノ」
「シノは本名バレると面倒だったから使ってた仮名だよ、エル。……シン。俺はシンって名前なんだ」
「シン……素敵な名前ですね」
「ありがと」

 シンはオリバーを睨む。
 エルと会話をするために来たんじゃないぞ、と。

「わかってるって、もう。……アストライア様と接触するにはピノに手伝ってもらう方が安全なんだよ」
「ピノ?」
「フィノエルーラのこと。今そこを突っ込まない。話を戻すよ? ……ピノはアストライア様の専属メイドなんだよ」
「!? そうなのか?」
「オリバー様の言っていることは本当だよ。専属メイドに任命されたのは最近だけどね。見習いとして働いてたんだ」

 まさかの事実にシンは驚愕する。

「でもいいのか? エル。バレたらエルも処罰を受けるかもしれないのに」
「全然大丈夫だよ。ただ危険なのは同意する。だから、一回だけにして欲しい。それでいいなら私は構わないよ」

 それに、とフィノエルーラは続けた。

「アストライア様、元気なかったから。きっとシンのお手紙を読んだら元気出ると思う」
(そういえば……)

 アストライアは体調不良を理由に剣術大会を欠席していた。シンはずっと気になっていたのだ。

「ティアの体調は大丈夫なのか!?」

 アストライア様からティアに呼び方が変わっている。そのことにシンは気づいていない。

「……体は大丈夫なんですけど、心が少し。ここからは他言しないようお願いします。アストライア様はシンに会いたくて体調不良を理由に欠席したんです」
「!? どういうことだ」
「アストライア様はシンに会いたくて会いたくて仕方がないんです。だからシンを見てしまったら抑制が効かないからって、フローラ様が」
(そう、なのか……?)

 フィノエルーラの言葉を全て信じきることができない。驚きや懐疑の念もそうだが、何よりアストライアがシンにそれほど会いたがっていることが信じられないのだ。
 オリバーがシンの肩に手を乗せる。

「なら、早く書かないとね、手紙」
「アストライア様のためにもお願いします、シン!」
(ティアの、ために)

 何を書こうかシンはずっと考えていた。たった一回だけ。一方通行しかできない、大切な手紙の内容。アストライアへの届けたい想いを綴った手紙。

(ティアが、元気になるような)

 そんな、たった一通の手紙の内容。

(…………決めた)
「よし。まずはヒューリ様に魔力液を1リットルほど作ってもらおう。エル。手紙が書けたら教える。その時にまたよろしく頼む」
「! もちろんですっ!」

 そして数日後、アストライアには手紙が届いた。その間、ヒューリの実験室からは絶望の叫びが幾度も聞こえてきたという。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 アストライアは自室にて、フィノエルーラから剣術大会の結果についてまとめた書類を受け取っていた。

「ありがとう、エル」
「いえ。アストライア様の専属メイドとして当然のことをしたまでですから」

 アストライアはページをめくる。そこには優勝したオズヴィーンの名前と優勝インタビューが書かれていた。そこには一言、「騎士団長の名に恥じぬ功績を残したまでです」とのこと。

「やはり優勝はオズヴィーン様でした。騎士団長の座についているだけあって、すごく早くて強かったです。私もあんなふうに動けたらなぁと思いました」
「オズヴィーンは本当に努力家だもの。堅実で実直。誠実で謙虚。オズヴィーンに勝てる者がいるとしたら、それはヒューリおじさまやおとーさまくらいじゃないかしら?」
「ヒューリ様ならオズヴィーン様と本戦出場をかけた試合で戦っていましたよ? 剣術対魔術の熾烈な戦いは見ていてとても楽しかったです。盛り上がりは最高潮でした」

 アストライアはページを一つめくる。

「あら、ヒューリおじさまも出てたのね。意外だわ。いつもは『面倒だから』か『筆頭魔術師は忙しいんだよ』のどちらかでほぼ全ての行事に参加していないの……に……」

 そこでアストライアの言葉は途切れた。次のページに剣術大会で十位以内に入った者の名前が書かれていた。当然、準優勝したシンの名前も。

(シン……シンの名前だ……)

 アストライアは興奮を抑えられない。たった二文字の名前が書かれているだけだと言うのに。

「では私はここで失礼します」

 フィノエルーラはニコラと笑い、「最後までよくお読みくださいね」と言うと立ち去って行った。

(最後まで……何かあるわね)

 アストライアは最後のページをめくる。そのはずみで数枚の紙が落ちる。何かと思いアストライアは拾う。

「! これ、もしかして……」

 他の紙も急いで拾い、順番をそろえる。全て白紙だ。何も書かれていないただの紙だ。だが、アストライアは紙に細工が施されていることに気づく。

(僅かだけど魔力の痕跡がある。……あぁそうか。【透明】で隠しているから気づきにくかったのね)
「【解除】」

 しかしアストライアの【解除】以上に強く魔法がかかっているためか、何一つ変化しない。アストライアの魔法は強力だ。【透明】をかけたものは相当な実力者だろう。

(なら、魔力出力を上げるしかないわね)
「【顕現しなさい】」

 通常の詠唱では無駄な魔力を消費せずに使うことができる。省エネモード的な感じだ。そのため話し言葉での詠唱だと魔力の加減が難しくなるため、アストライアの場合、通常の詠唱の魔法よりも強くなる。

(こうやって魔法を発動させるのはいつぶりかしら)

 昔は【凍って】と言ってしまったため、【氷結】よりも魔法の効果が強くなり、兵士たちを氷漬けにしてしまった。あれはシンと出会って王城に来る少し前のことだ。
 アストライアは魔力が高濃度で量も多く、魔法の精度も高いため、普通の詠唱魔法でも他者より効果が強まる。アストライアはそれを理解してわざと発動させていたような気がした。
 しかしアストライアの記憶には残っていない。昔のことなのであまり覚えていないのだ。覚えているのはシンと出会った時のことくらいである。

(よし、できたわ)

 紙に魔力液による文字が浮かび上がる。アストライアは【整頓】で順番を揃える。最初にも最後にも書いた者の名前が書かれていない。だが全文を読み終えた時、アストライアは誰がこれを書いたのかわかった。



――――――

 初めて出会った時のことを、覚えていますか。
 傷だらけの私を癒し、拾ってくれた貴女のことを、私は今でも鮮明に覚えています。
 絶対、強くなるから。
 いつの日か、貴女のこと守れるようになるために。
 そう、私は誓いました。
 別れの時、貴女は涙を拭ってくださいました。
 そして、私にならできると励ましてくださいました。
 私が頑張れるのは、貴女がいるからです。
 貴女が原動力なのです。
 貴女の隣にいてもいいように、貴女を支えられるようになるために。
 命が芽吹く春も、
 新緑が輝く夏も、
 月が照らす秋も、
 白銀が覆う冬も、
 私は貴女に近づくため、今日も小さな一歩を踏み出しています。
 少しだけ、本音を言わせてください。
 とても寂しいです。
 すごく苦しいです。
 貴女の隠れた世界が色褪せて見えるほどに。
 貴女は私の全てだから。
 長くなりましたが、貴方と再びお会いできる日を楽しみにしております。
 ここからはただのひとりごとです。
 けれど、貴女に届いて欲しいひとりごとです。
 一つだけ、聞かせてください。

 私の名前は貴女に届いたでしょうか。

――――――