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 午後の部となり、いよいよシンの試合が始まる。服装は自由、魔法は使用可能とされている。ただ、魔法を使えるほどの時間はあまりないため、魔法は使用不可でも結果はさほど変わらないだろう。

(アストライア様……)

 試合が次に迫る中、シンは緊張よりもアストライアへの心配が勝っていた。アストライアは体調不良のため、欠席したとの連絡があったからだ。

(大丈夫だろうか)

 アストライアならば【治癒】で病気や怪我をしてもすぐに治してしまいそうな気がするシン。なのに体調不良で欠席するだなんて、考えられないのだ。

 何があったのだろうかと、不安が心を揺さぶる。シンの実力があれば、魔王城の一角にあるアストライアの自室に自力で魔法なしでも行けるのだが、今は試合が控えている。

 また、その行動によってアストライアの慈悲を無下(むげ)にすることになるとシンはわかっている。何もできない自分がもどかしくて仕方がないのだ。

「シン」
「……オリバー」

 数刻前に試合を終えてきたオリバーが、シンの肩に手を置いた。

「集中した方がいいと思うよ。シンにとってはこれがアストライア様の従者に認めてもらう一番の好機(チャンス)なんだから」
「…………」

 内心ではわかっていても、それを実行するのが難しいのだ。鍛錬中もそうだ。アストライアのことを考えなかった日など、一日もない。

「それに、アストライア様のことが気になるなら、安全に接触する方法がある」
「! 教えてくれ」
「シンはアストライア様に一途だよねぇ……。試合に勝ったら教えてあげるよ。それからでも遅くはない」
「だけど……」
「シン」

 オリバーは名を呼ぶと、強くシンの背中を叩いた。

「集中しろって言ってるんだけど? ……勝て。そうすれば教えてあげるから」
「……わかった」
「ん、じゃあ丁度試合も終わったみたいだし、行っておいで。僕は待ってるから」

 オリバーに背中を押され、シンは歩く。そして、「ありがとう」と言って会場に足を踏み入れた。

「ほんと、アストライア様が関わると変わるよね、シンは」

 そんなオリバーの呟きは、シンに届かなかった。ーーシンは、オリバーによって試合に勝つことだけ、思考を巡らせていた。

 大衆に見つめられる中、シンは視界を広げた。




「さあ始まりました一回戦! 対戦するのはーー」

 シンはもう一度ルールを確認した。

 一つ目、剣を持つこと。
 二つ目、魔法は使用可能。
 三つ目、勝利は相手を気絶させるか降参させること。

(ルールは単純。問題は、相手なんだが……)

 シンはそこで初めて前を向いた。

(! あいつは……)
「久しぶりだなぁ、人間」
「…………」

 対戦相手はーー前にシンにアストライアの悪口を言った三人組の一人だった。

「前はオズヴィーン様に庇われたから運が良かったな。だが今回はお前だけだ。十分に苦しむといい……!」

 男は口角をニィッと上げて高笑いした。

 だが、どうしたことだろうか。

「試合、開始っ!」
(【隠蔽】【風吹】【固定】)
「お前なんかに俺様が負けるわけ……うおおおおっ!」

 格好つけている間に、シンは自分の姿を消し、会場に砂嵐を起こし、男を固定した。そして、首元に剣をあて、【固定】を解除させる。

「くそっ、降参だ…………っ」
「し、試合終了ーー!」

 シンは剣を下ろし、会場を後にする。その時、シンはあることに気づいた。

(限界まで虐めるの、忘れてた)

 一応殺生は禁止されているが、死ぬ寸前で止めればいいだけの話だ。まだアストライアの悪口を言われた分の報復は一割にも満たしていない。

(今ならまだ、なんとかすれば……)
「シン」

 低い、シンの名前が響いた。

「師匠……」

 絶妙なタイミングで訪れた師匠、オズヴィーン。試合報告をしようかと思ったシンだが、今はそのような状況でないと知る。

「シン、私が言いたいことが何かわかるか?」

 眼差しが冷気を帯びている。

「……申し訳ございませんでした」
「何について?」
「…………」

 さすがオズヴィーン。大体のことは謝罪すれば何とかなると思っているシンのことをよく理解している。

「シン、謝罪したことによって契約したと同然と捉えられた場合、君は逃げられない。よく考えた言動をするように」
「……わかりました」
「よろしい。それではもう一度聞こう。私が言いたいことが何かわかるか?」
「……わかりません」
「だろうな」

 当然の回答である。

 オズヴィーンはシンの手に触れると、魔力を流し込んだ。

「っ……何をなさっているのですか」
「魔力を補充している」
「それでは師匠の魔力が減ります。何も、私の魔力の充電器ではないのですから、そんなことしなくても……」
「なら、私がシンの魔力の充電器になる前に、無益な魔力の消費はやめてくれ。最終戦までとっておくのが得策だぞ? あんな雑魚(ざこ)に使うようなものではない」
「……ですが、あいつは」
「わかっている。記憶力はいいんだ。よく覚えているよ」

 オズヴィーンは名ばかりの騎士団長ではない。騎士団に所属する者の名や顔、戦闘パターンや(くせ)はほとんど覚えている。もちろん所業などもだ。

「あの程度なら、剣だけで容易に勝てた。魔法を使う必要などない」
「……言い訳にはなりますが、師匠から関節技をかけられても俺に挑発している時点で、反省の色は見られません。今回でもう、懲りてくれると嬉しいのですが、それでもまだ直らない場合はーー」

 シンは殺気を帯びた目をしていた。

「攻撃と【治癒】の連続で『死んだ方がマシだ!』『殺してくれ!』などと言うまで応戦致しますので、ご許可を」
「…………」

 オズヴィーンは引き気味にシンを見た。シンはぶつぶつと「殺す……絶対に殺す……今度こそ逃がさない……」と呪われたように言っている。

 もちろんオズヴィーンが許可を出すはずもなかった。

「だめだからな」
「…………だめですか?」
「だめだ」
「ちょっとくらいは……」
「だめだからな?」
「……はい」

 まあ、ここまで言えばシンもよほどのことがない限り問題は起こさないだろう。

 歓声が起こる。どうやら試合は終わったようだ。コツコツと足音が響く。シンとオズヴィーンの方へやって来たのはオリバーだった。

「お疲れ様です、オズヴィーン様」
「オリバーか。試合はどうだった」
「当然勝ちましたけど……?」
「ふっ、相変わらずだな」
「お褒めいただき光栄です」

 そう言うと、オリバーはシンの方を向いた。

「ちゃんと勝ったみたいだね」
「半殺しにするの、忘れてた」
「わーお。そんなに嫌な相手だったんだ。意外だな。シンにもそういう好き嫌いとかあるんだね」
「……なんか、ものすごく馬鹿にされた気分なんだけど」
「えー? 気のせいだよ」

 おそらく気のせいではないのだが、シンはオリバーの言う通りだと思うことにした。

「……で? 勝ったんだけど?」
「ん? ……あぁ、あれね。後ででいい?」

 オリバーは背後にいるオズヴィーンを目で指した。

(たしかに、聞かれない方がいい話だもんな)
「わかった」
「ありがとね。話は変わるけど、今回の剣術大会にヒューリ様が出場するって話、聞いた?」
「ヒューリ様が?」

 ヒューリは筆頭魔術師だ。剣での試合に興味があるとは思えない。それ以前に、ヒューリは剣を使えるのだろうか。いつもヘラヘラとしている姿からは想像もできない。

「びっくりだよね〜。しかも、結構強いみたいだよ?」
「ふぅん……」

 少なくとも、ヒューリの手には剣だこはない。あるのは魔法の実験をしたことによる火傷などだ。

 呼気からはいつも回復薬の匂いが漂っている。研究に没入しているため、眠気を感じないようにしているとか。魔法を習いに行くと、半分くらいは目の下にクマができている状態で現れる。研究室では当たり前と化した風体だそうだ。

「ちなみにこのままヒューリ様が勝ち抜くと、オズヴィーン様とあたるんだよね」
「!? 師匠と?」

 シンはオズヴィーンに視線を移す。オズヴィーンは「本当だ」と頷いた。

(騎士団長と筆頭魔術師の戦い……なにが起こるか想像もできないな)

 剣術ではオズヴィーンよりも強い者はとらず、魔術ではヒューリに並ぶ者はいないと言われている。魔界でも随一の実力者である二人の対戦……剣術と魔術のどちらが優れているかを争うものとも捉えられる。

(……見てみたい)

 そんな戦いに興味を持たない者はいない。それはシンも含めて。

「楽しみでしょ?」
「……あぁ。すごく見てみたい」

 さて、剣術(オズヴィーン)魔術(ヒューリ)はどちらが強いのか。それを考えるだけで、皆、興奮するのだった。