「……変じゃないかとそんなに心配しなくても、大丈夫ですよ。十分すぎるほどかわいくなってます」
「人の内面を見透かしたかのように……うるさいな、お前は。ここから放り落とすぞ」
「相も変わらず、内面はヤマアラシのように凶暴でまったく可愛くはありませんがね」

 使用人の女性の手によって綺麗に着飾らされた彼女は、私を肩に乗せて、神社への石段を登っていた。
 紺色がかった水色の――ラベンダー色というよりは、庭のライラックによく似た色の――ワンピースを着て。
 白いカーディガンを羽織って、艶のある髪の毛は、軽く緩やかに巻かれて、肩に落ちていた。

 調子に乗った使用人の女性は、薄化粧まで施すものだから、私は子供の肌には悪いのではないかとひやひやしながら見ていた。だが、本人は初めてする化粧というものに興味津々といった様子で、止めることができなかった。
 だが、結果としては、美しい彼女の姿を見る事ができたのだから良しとしよう。そう思うことにした。

「そういえば、今日は友人に会いに行くと聞いていたのですが、なぜ我々は神社へ向かっているんでしょう」
「それはな、その友人というのが、ここの神社の宮司の息子だからだ」
「ああ、前に行っていた、あの知り合いの方でしたか」
 私は、納得した。

「跡を継ぐために、都会で神道系の大学へと通っていたんだがな。この春卒業して、働き始めるまでの間、数日だけここへ戻ってくるんだと」
「ここで働くのではないのですか?」
「一旦別の神社で働くらしい。勉強というか、修行だと。実体として在る人間のために働かず、神など本当にいるかどうかもわからない者のために、人生をかけて修行をするなど、殊勝なことだな」

 彼女は、どこか拗ねたように、口をとがらせながら言う。

「それにしても、ハル様。友達いたんですね。あなたに使える私の身としては、とてもほっといたしましたよ。このまま生涯、あなたが一人でいて、寂しく孤独死するかと思っていましたので」
「うるさいな。本当にこの石段の上から落としてやろうか?」

 彼女は、私の首をつかむと、腕を突き出した。視界が、長く下へと続く石段でいっぱいになり、私は恐怖であわてて謝った。


 そうこうしているうちに、彼女は石段を登り切った。
 私は、彼女の肩の上から、果たして彼女のような人間の友達が、どんな人間だろうと興味津々とあたりを見回して探した。
 きっと、ただものじゃないと思って。
 しかし、あたりにいるのは、一見して普通の人間の老若男女である。

「まさか、姿を消せるとか、特殊能力者……!」
「おい、お前。今何を考えているのか分かった気がするが、杞憂に終わらせるために質問をしてやろう。
私みたいな人間に面と向かって付き合える人間が、人外だなどと考え始めているのではないだろうね?」
「ぎくっ……」

「……そんなにわかりやすい反応をされると、怒るのを通り過ごして、あきれであくびが出てきそうだよ」

 彼女は小さくため息をつくと、あたりを見回しはじめた。しかし、その友達はいないのか、ふうと吐息をつくと、参道を外れて、小さな小道へと足を踏み入れた。

「ハル様、どこへ行かれるのですか?」
「その男の家のほうに行くのさ。神社にいなければ、十中八九家にいるのだろう」

 しばらく行くと、和風の大きな屋敷が雑木林の奥にあるのが見えた。
 彼女がそちらの方へと歩みを進めた時、縁側から段ボールをぽいっと庭に投げる若い男性が見えた。庭に段ボールが小山になっているところを見るに、どうやら家の中の荷物を片付けているらしい。
 私がもしやと思って、彼女を見上げた時、私は思わず小さく息をのんだ。


 彼女が、うれしそうに笑っていた。

 日頃いつも無表情を崩さなかった……崩したとしてもほんの少ししか崩さない彼女が、満面の笑みでほほ笑んでいたのだ。

「……」

 その表情もほんの一瞬で、男性がこちらを振り返った頃には、いつもの無表情に戻っていた。

「あれ、ハルじゃないか。来るのは夕方じゃなかったっけ」

 男性は額の汗をぬぐうと、軍手を脱ぎながらこちらへとやってきた。三角巾をとると、さらさらとした髪の毛がぱさっと零れ落ちる。
 世の中一般でいうと、凛々しい男前という部類に入るだろう、男だった。

「暇だったからな、散歩ついでに様子をのぞきに来た」
「まじか……それなら夕べの間に掃除を終わらせておくべきだった……。都会でハイソにあか抜けた俺を、見せて自慢するつもりだったのにー!」

 くっそーっと、悔しがって見せる男に、彼女は呆れ顔で言った。

「何がハイソだか。中身が芋のくせに、磨いたって悪くてポタージュ、良くてマッシュポテトにしかならないだろう? 中身がデロデロなんだから」
「うっわー、きつい物言い、四年前から全然変わってねー。変わったのは身長と、見た目だけかよ……お兄ちゃん、泣いちゃう」
 男は、腕で目をこすり、泣く真似をした。

 互いに互いをよく知っているからことできる、言葉の掛け合いに、私は夫婦漫才を見ているようだと思った。私は羨ましいような、何だか水を差したいような不思議な気分になった。

――私だって、ハル様とずっと一緒にいたのに。

 そんな言葉が心をよぎった。妬みの感情など、機械ごときが持ってはいけないこと。だから、私はその心の言葉を無視するため、口を開いた。

「ハル様は、見た目も変わりませんよ。今朝までは、ぼさぼさの機械油まみれだったんですから」
「……っ、こら! フユ、お前ッ……!」

 さっと、彼女の顔が気色ばんだのに、私は彼女の本音を引き出すことができたような気がして。男への対抗心が満たされた気がして、どこか満足していた。

「……おお、ウサギがしゃべった……。お前の父親の発明品か」

 しかし、そんな私の心に気づきもしない男は、私の頭に手をやるとガシガシと撫でた。

「俺は、ハルの友達……ってか腐れ縁の柾といいます。今月大学を卒業したばっかりのぴちぴちのイケイケな二十二歳です。よろしく」
 へにゃっと笑った柾に、彼女はあきれまがいの視線を送る。

「自分で自分をぴちぴちのイケイケとか、自身の価値を冒頭からあからさまに下げに来る自己紹介だな、柾」
「えーいいじゃん、こういうのは絡みやすさをアピールしたもん勝ちなんだから。えーっと、フユちゃんだっけ、よろしく」
「こちらこそ……」

 私は、柾に軽く頭を下げた。すると、彼は「ハルに似なくてフユちゃんは素直でかわいいなあ」と屈託なく笑ったので、彼女は、柾の尻を思いっきり蹴飛ばしたのであった。
 段ボールの山に、頭から突っ込む柾を前に、彼女はふうと一息をつくと言った。

「粗大ごみの片付けも終わったし、おばさんに挨拶しに行くか」

 家の玄関の方に向かう彼女の肩の上から、段ボールの山に刺さる柾を見返す。
 そして、自分が柾でなくて良かったと思いつつ、前を向いた。