ー僕は猫。
茶色と白色の毛をマーブル模様に混ぜたような色の日本猫だ。
自由を謳歌して、この地域を牛耳るために下見の旅に出ている。
牛耳る理由?そんなの、美味しい猫ご飯を独り占めするために決まっている。
自由を謳歌するには、お腹を空かせてなんていられないのだから。ー

僕が生まれたおうちがどこかは覚えていない。だけど、人間の住んでいるおうちだったことはうっすら覚えている。
そのおうちには、僕のお母さんや兄弟たちもいて、ずっと一緒にいられるんだと信じて疑わなかった。
気が付いたら、どんどん兄弟たちはいなくなっていて、最後には僕とお母さんだけがそのおうちに残っていた。
兄弟がいなくなっていくたびにお母さんが泣きながらおうちの隅々まで探し回っていた姿を僕はきっとずっと忘れない。
僕が人間に連れられて、そのおうちから連れ出される時も必死に僕のことを呼んで泣いていた。

-ごめんね、お母さん。お母さんを残していってごめんね。いつか、いつか会いに帰ってくるからね。-

それから僕はそう心に誓った。お母さんのあんなに悲しそうな声を、忘れることなんかできずに僕はずっと心の中で繰り返し聞いている。
今よりうんと幼かった僕は、それからしばらくは人間が嫌いだった。
僕がそのあと連れて行かれた場所は見たことのない場所で、でもなんだか嫌な場所だった。「びょういん」という名前のおうちだということを、僕を連れてきた人間の言葉からなんとなく知った。
他にも僕と似たような姿や大きさの猫や見たことない姿をしていて「ワン!」と吠えるモフモフ毛むくじゃらがいて、僕の順番はどうやら最後らしく、小さな四角い部屋に詰め込まれた。
お母さんの声の次に忘れられない声と言ってもいいくらいに、方々から悲鳴が聞こえる。中には怖すぎてずっと怒ってるモフモフもいて。

僕はこの後とんでもなく嫌な思いをすることになるなんて思わなかった。
「わくちん」という見た目は水、中身はよくわからない何かが入った小さな入れ物を青い服を着た「せんせい」と呼ばれる人間が小さく振って、先のとがったソレに吸い取って僕の首の後ろに刺してきた。
あいつはそれから僕にとって悪魔的存在に昇格した。あいつは何があっても好きになってやらないと元々人間嫌いなくせにさらに嫌いになった。

それが終わったら今度はさらに人間ばかりがいるところに連れていかれて「ばっくやーど」にある「ケージ」というものに僕は入れられることになった。

ふかふかのベッドが用意されて、ジャラジャラした白い粒がいっぱい入った入れ物がそばに置かれて、見たことない何かの形をしていて小さな毛むくじゃらなものが僕の好奇心をくすぐってくる。凄く手を出したいけど、あれは何?触って大丈夫?で、でも気になる…少し触るくらいは…と好奇心に任せて触れば、その小さなものはコロコロと転がっていってしまった。


わぁ!びっくりしたぁ…
でも、なんだか楽しい。そう思った僕はひたすらそれを追っかけていた。

どれだけ経ったのか、今まで前を通り過ぎていくだけだった人間が僕のいる「ケージ」の前で立ち止まり、入口を開けようとする。
今度は何をされるのか、「わくちん」みたいなろくでもないやつをまた刺されるのかと思うと怖かった。

「怖いねぇ、怖い怖い。ご飯だけは食べようね〜。」

そう言ってその人間は僕を捕まえた。
ありったけの力を振り絞って暴れていたら突如として僕の鼻が美味しそうな匂いに誘われて、勝手にその匂いを探す。

「ほらほら、これからの君のご飯は当分これだからご飯は食べるんだよ〜」

なんで人間の言葉を聞いてやらなきゃいけないんだと思った。お母さんと僕を、お母さんと兄弟たちを引き離しておいて!と強く思っていた、はずだった。

でも待てよ、と僕はもう一度考えた。いつか会いに行くのなら、ご飯は食べる必要がある。
そう思った僕はもう止まることなどできなかった。
思っていたより美味しいその柔らかい「ごはん」
をただただ食べた。

いつか、いつかお母さんに会いに行くためには仕方ないんだ、そう心を燃やしながら。
「ごはん」を食べ切った僕はまた「ケージ」とやらに戻される。
大好きなお母さんもそばにいない、嫌いな人間ばかりに囲まれて、知らない誰かの気配と匂いは感じるこの場所で少しの間、過ごすことになった僕の猫生がこの先どうなるのかと、この時の僕は不安で仕方がなかった。

それからどれだけの日が経ったのか、今度はガラス張りでいろんなものが並んでいるのが見える場所へ移動となった僕はまた違う出会いに遭遇することになる。

目まぐるしく変わる環境や景色に、早速眩暈がしそうだった。